トンボの羽音
秋が近づく。
小さなイナゴが珍しく顔を見せている。稲穂が次第に重くなってきた。
実り始めた水田の上をシオカラトンボのつがいが飛ぶ。
小麦色をした雌が稲の並ぶ水面に卵を産んでゆく。蒼い色の雄が懸命に周囲を回りながら、雌の産卵を愛しげに見守っている。
『…おーい、君たち~。この田んぼは、もうすぐ水を抜いてしまうんだ。そこで産卵しても無駄になるだけなんだよ~』
『おーい…駄目なんだよ』
定められたように産卵をしてゆくトンボの雌。
だが、せっかくの行為も無為に終わる。彼らの子供たちは世に出る事もなかろう。
我々は日々の生活、明日の未来をどう暮らしてゆこうか。様々に手段を考え巡らして、結果を希求した人生の選択していると思っている。
しかし、別の視点から我々を眺める者があれば、人間もトンボと同様に無為な行動を繰り返している、小さな生物に見えるに違いない。
明日を信じる事が、必ずしも生きてゆく証になるとは限らない。
言い換えれば、生命には等しく保証も安泰の約束などもない…しかし、それを知恵として用いるだけ人は聡明である。ゆえに死を認識する苦しみは強い。
そこに持ち合わせた『楽しむ、笑う』…本来は過酷で惨めな生命であるからこそ、人が身に付けた最良の治癒法なのだろう。
そして、生命群の中で一番助かりたいと願望しているのが人類という事になる。

