HOODのブログ -358ページ目

推しメン

HOODのブログ-CA3A0520-0001.jpg

峯岸みなみ…みぃちゃん。

いまさら『推しメン』という言葉も手垢が付いたか。


いや、まだ懐メロでもないし主なメンバー達も二十歳前後が大多数だ。

私は何を言いたい?

AKB48…?

突如にハマった。
ちょっとした仕事のミスで人生の奈落に落ち込み、やけ酒の果てに血を吐いた。で、ふとテレビを付けたら…彼女らが歌っていた『君の心にも川がある…』

まさに『心の内、ビビっと感じるままに』である。


悪しき商業主義、口パク集団、楽曲はパクリなど散々に陰口を言われているが…とりあえずアンチは横に置いておく。


私もアイドル好きであることは声を大にして認めよう。
軽薄な喩えになるが、能楽を大成した世阿弥だって室町時代の超アイドルであった…はずである。
人々が踊ったり歌う楽しさとは、表現方法が違うだけで共有されているものだ。

一応、能の仕舞という舞踊を趣味とする私から見た意見だが(来年で稽古三十年目←ここマジに自慢話だな)… 実際にやってみると、曲によっては彼女達の振り付けは口パクで踊るにしても大変に辛い。いったい一曲のダンスをステージや公演で何回踊ると次の新曲に入るのか。

まっ、語ると長い。

巨岩もやがては砂になる

HOODのブログ-CA3A0426.JPG

曾爺さん達の人生に共通するのは、明治維新の直後か最中に生まれて、歴史的に時代が変容する中で青春を過ごした事だ。そこで『西洋近代』を肌で学んだ事実だ。

あの空気というものは想像するしかないのだが、薩摩長州派閥による新国家主義と江戸の気質を真面目に受け継いだ大多数の人々による社会が明治時代なのだ、と思う。

最近でも、『維新』という文脈政治が流行しているが、当時は『維新政府』による近代の夜明けなどという実感があったかは疑わしい。
単純に新しい文化(西洋の近代主義)を取り入れなければ、江戸社会が保たない文化思潮にあったのが理由ではないのか。

要は『維新』と名乗るならば、全く新しい産業技術や文芸、あるいは習俗が生活に導入されて初めて成立するものだ。

結果的には明治維新も学ぶ先にあった欧米との戦争で、失わなくて良かった日本人気質、価値観まで焼失して塵芥と化した。

その代価として今の生活がある。
父方の池野伝吉は戦争直後に『今度の戦争は負けて良かった』と言い残した。
この発言の総意に私は賛同は出来ない。
しかし、一つの新しい近代社会が成立展開、自ら崩壊する過程を体験した一人として、あまりに惨めな悔しさに思わず吐露した言葉なのだろう。
写メは水戸弘道館の石畳模様。

池野伝吉

HOODのブログ-CA3A0538.JPG

母方曾祖父を出したので、こちらは父方曾祖父の池野伝吉・著書『身体強健術』より…(この本は、おそらく日本で初めて紹介されたストレッチ身体体操の本である。未だに、古書店では絶賛発売中…残部僅か)


曾祖父池野伝吉は長年、英語の教員や翻訳をして明治初中期から昭和初期の教育現場で働いた。

山形県内の農業高校校長時代には、『農家の実習に英語など必要ない』という周囲の意見を退けて、正課授業に英語を導入した功績がある。

とても及びもつかない秀才なのだが…曾孫の私が似た所と云えば…酒。やはり酒好きであったようだ。
(下戸説もある)


先の大戦の際には、反対の意見発言をした人で、戦時下は官憲の監視を受けていたと祖母や叔母から聞いた。
戦争には身を投じて大反対であったが、娘婿の一人が召集を逃れるために(醤油を飲んで)免れた事実に激怒した話が残る…その娘婿は苦学して帝大に入ったため、あの戦争で死にたくなかったのだろう…だが、それを理解したうえで、終生曾祖父は戦後まで、この行為だけは許さなかった。

そういう意味で、頑固さのDNAは私の中に強いと感じたりする。