HOODのブログ -31ページ目

夢枕


故人が夢枕に立つという話を耳にする。亡くなった家族や友人などが夢や枕元に現れるのだと。

最初に断っておくが、私は噂に聞く心霊現象やスピリチュアル思考を信じてはいない。世間で言うところの幽霊を見た事
も数回あるが、それでも『気の迷い』に近いと思っている。

だが、昨日の朝方に久しぶりに祖母が夢枕に現れた。祖母は機嫌があまり良くなくて『最近、寝不足』だと言う。しかも、その原因が壁にかけてある『能面』にあるらしい。見れば、確かに祖母の部屋…(それは、見た事もない間取りの部屋だった。)…には小面が飾ってある。『夜、目が覚めると能面が私を見ているようで気持ちが悪い…』で、外してくれと言うので、私は手伝って能面を壁から外して面箱に仕舞った。

これで祖母が眠れるようになるのか、疑問だな…と思ったところで目が覚めた。

こんな話もある。今から二十年前くらいのある日。実家から都内に上京する際に、さて…出掛けようとする私を仏間から祖母が呼ぶ声がした。それは、あまりに明確な呼び掛けであったので、ひとまず仏間に行き仏壇を見ると、そこには『腐った饅頭』が供えてあった。当時、多忙であった両親は、饅頭を仏壇に上げて忘れたらしい。

『これを、下げろという事か…』

生前、生真面目だった祖母ならば、確かに『腐った饅頭』は嫌に違いない。


さて、昨夜の夢だが…祖母は何を私に伝えたいのか。夢など自律神経の延長に過ぎないのだが、ちょっとだけ注意してみるか。

やはり愛機は必要


ミノルタXE…発売は1975年であったか、ライカ・コパル両社によって開発されたシャッターを搭載、静かなレリーズ音と滑るような巻き上げ。

このXEの損壊寸前ジャンクを二十年も前に骨董屋の主人に頂いた。そして、ほぼジャンク状態のまま(外側が壊れていたが、完璧に撮影は可能だった…)で、初めて能楽を撮影した。
ジャンクで撮影依頼を受けるとは、あまりにいい加減な奴と思われるだろうが、写真家の初陣において、華やかな機材が揃うのは稀な人だと思う。最初はカメラ一台にレンズ数本であろう。


そのジャンク機も幾度か部品を買い集めながら、修理と整備を繰り返し、今でも手元にある。

XEについては幾度かブログに記している。当機はけっして推奨できるカメラではない。今さらの旧式なフィルム一眼であり、発売年数が四十年近く経過し、常に故障の危機にあるからだ。

それでも、いつしか次第にXEのジャンク機を集めてしまった。最初の一枚を保証してくれたカメラという意味合いもあるが、非常に使っていて気分が良い機械なのだ。快適な操作感は、仕事で使用している一眼デジカメとは全く異なるものだ。

仮にフィルムが無くなれば単に無意味な機械に過ぎないが、フィルムが無くなっても私は当機を下げて歩くかも知れない。

ただ見たいシーンにカメラを向けてファインダーを眺める。そしてシャッターを切り、巻き上げる。

それは、フィルムがないのに虚しい撮影をしている風狂な老人と見なされるか、それでも盗撮として警察に連れて行かれ取り調べられ、しかし、フィルムが入っていないのだから…どうしようもあるまい。

それでも迷惑行為として立件されるのだろうか。

だが、そんな空想や心配は無駄なのだ。私の撮影する行為自体に芸術としての結果があるとすれば、ファインダーから眺めた世界が私の作品世界なのだ。もはや、外の世界は無関係になっているはずだ。

しかし、まだ私は現実の世界に生きているし、ありがたい事にXEも元気だ。フィルムもある。

狂気に身を委ねるには先は長い。


ぁあ、九月なのか。

何か忘れているような感情を抱えて、毎日の時間が私の横を過ぎてゆく。

気晴らしに少し謡ってみる。あえて不協和音っぽい発声で声を出してみた。

基本的に能・謡の発声は絶対音階ではない。音階の軸線を波打つように上下して流れてゆく。さらに、その軸を壊した謡い方なんて、もしかしたら面白いかも…やってみるが、単にズレた音の並ぶだけで、素人判断の徒労なのかもしれないな。


某所で能役者のリハーサル見た。
巧みな長刀使いは、役者の身体や精神が刃先に集約されたように鋭く、生命感を舞台に刻む。あのような長刀の振り出し方も稽古を重ねれば、いつの日か素人でも手に出来るのか。


そうして成すこともないままに、記憶の中に朧気に閉ざされて行く。