人のために力を尽くすこと
昔、父親が現役の会社員であった頃、勤める工場長が交代した。
で、その工場長は工場内全てのマニュアルや各ラインの総点検を管理職等に発令。
父は、ほぼ休み返上で、マニュアル作成、生産ラインが何とかと、ぶつぶつ言いながら連日勤めに出ていった。
後に、その工場長氏は社員等に○○天皇とまで言われるくらい厳しい管理職であったらしい。
某天皇氏、曰く、…今日が、前任者の引き継ぎであっても事故やラインのトラブルが発生すれば、例え赴任初日であっても私の責任である…。
当時のメーカー会社員の有給でさえ、まずは冠婚葬祭、あるいは急病のみに使用され、他の事には使えないのが当たり前の時代。まして普通の土日が休みになるとは限らない。
そうやって日本の技術と発展に貢献したのだと思う。
企業戦士であった父の世代、今とは社員制度が違うから同一の視野でモノは言えないが、確かに環境は違う。
しかし、やはりトラブルや事故を未然に防ぐというのは、実は利用者にも、社員達においても最大のサービスなのだ、と言えるだろう。
原発事故も、もっと原発事業のサービスとは、何かと考えれば防げたかも知れない。
人のために尽くすこと…そこに見返りがあって、それは賃金なのか、あるいは支払いなのかは、私には解らない。が、お金だけで換算しても展開しない理念があるように思えてならない。
日がな一日
痛みに耐えて、寝たきり老人のような一日。
ふと、関係ないのだが祖母の話を思い出した。
祖母が一時期借家暮らしをした時の事だ。
祖母の隣室は若い夫婦だった。
私も祖母の部屋に遊びにいって、その二人に挨拶して際に顔は見ている。ごく普通の若夫婦だった(今は記憶にない)
で…この夫婦なのだが。突然、深夜に男が怒鳴る、物を投げるなど妻を罵声する声が聞こえるのだとか。で、しばらくすると二人の笑い声や、いちゃつく声。
休日は、朝から始まるときもあり、隣室の祖母は心配になったそうだ。
夏のある時、一連の騒ぎがあった後に部屋の前を見たら、玄関に座って仲良くアイスを食べていたそうだ。
明治三十三年生まれのお嬢様育ちで、お堅い祖母には理解し難い有り様であったようだ。
『おばあちゃん、それ…そういう趣味の二人なんだよ』
したり顔の私(私、小六)
『本当にあるんだねぇ…あぁ、言うの。私は小説だけかと思ったよ』
『おばあちゃん、そういう小説読んだの?』
『……』
言語性便秘
師走になった。
年末、月始めから寝込んでいる。
まさに、この痛みは爆弾に近い。
マジに油断した。
つい調子も悪くなかったので、体内に潜む病持ちであることを忘れていた。動物にとって、体が自由に動かないというのは命取りな危機を孕む。
吐き気を催すようなロキソニン鎮痛剤を服用しつ、回復を待つ。
苛つく…。
こういう時はな。
脳内でギャグを考えるんだ。まずは一人ボケを練る…。
んーーー、出ない…言語性便秘だな。
ひとつ、謎解きが浮かんだが、間違いなく超個人的な理由で、同志に抹殺(殲滅、あるいは総括、または粛清)されそうな一句だ。仕方ない、これは墓場まで持って逝こう。
んーーー、痛い。
出ない。
写メは一瞬を捉えたNHKのカメラマンを誉めたい。こういう表情を演じているんだね。


