語り部
歴史の語り部という役割は、果たして当事者なのか。
あるいは、当事者達から聞き書きをし、または記録を編纂した識者が、語りを起こすものなのだろうか。
軍記物として著名な『平家物語』だが、成立から育成され定着する過程では、各諸本が世にでて、約百年ほどかかっている。百年の間に、様々な逸話が挿入されたり、省略されて室町時代に至る。
そこで能楽の大成者世阿弥の手によって、一連の修羅能として作品化された。
『髪について…』のブログで紹介した『実盛、清経』は、その平家物語を題材にしているわけだ。
…大河ドラマ『清盛』が不振という。あれほど各人物に迫った内容なのに、なぜ?古典愛好者には、おおむね好評なんだよ…。
『平家物語』は、百年の間に虚飾や演出が入ったから、あれは嘘だろ、嘘ばっかで史実ではない…という批判をたまに耳にする。
まず、そういう人はまず最初から縁がない。無理に物語世界に接しても発展がないからだ。
史実から離れて、物語化する作業を求められたのは、時代に対応する普遍性(娯楽化でもある)を高めた結果なのだ。
おそらく先の大戦についても同様だろう。しかし、現在でも生存者がおり実証である以上は、まだ物語にはならない。また、物語化することは当事者達への冒涜になる。あくまでノンフィクションノベルの段階であり、むしろ詳細な記録を残す作業は、まだ終わってはいない。
ある青年の戦争体験談…弐
戦艦武蔵…日本海軍、当時の日本国が使える資材を投入して建造した技術の結集。
老人の話は続く…。
…武蔵は、どんな艦でしたか?
とにかく大きくてね。二つの戦艦を貼り合わせたような構造ぢゃないかな。デカイから部署が違うと水兵同士なんか互いの顔も知らない…自分の持ち場しか判らない…そういう感じに見えたよ。
そう、武蔵が沈むときは、もうフネは滅茶苦茶。
なんとか頑張って泳いで、駆逐艦に拾ってもらったら甲板に倒れて気絶した。
ところが、駆逐艦には死体やら重体者が多くて山積みになっていた。そのまま俺も運ばれて、そこへ並べられたらしい。
で、そいつらを片っ端から海へ投棄してゆく。
投げ込もうと、俺の体を持ち上げた時、突然に何か叫んだらしい。
こいつ、生きてる、生きてる!って。
後で、あの時に寝込んでいて叫ばなかったら、お前は俺の手で海に放り込まれていたよ…と、下士官に言われたそうた。
老人は、本当に自分の人生を勝負できたのは戦後復興だったと云う。…戦争はね。生き方を庶民は選べないんだよ…。
でもね…南の海は綺麗だった。透き通るような色でね。
それは、楽しかったな。
実は、一部省略している。ひとつは詳細に聞けなかった事があり、さらに戦闘状況が悲惨であるためだが、老人が確率上でも、劇的に幸運の持ち主であるからだ。幾多の若者達に、その幸運はなかった。
老人曰く、苦しいときこそ『泣かないこと、まずは諦めないで、何より笑いを忘れない事』と教えてくれた。
笑いか…苦しい時は、一番難しいんだよね。
ある青年の戦争体験
昨日の十二月八日は、日本が対米戦争を仕掛けた真珠湾攻撃の日。
今、どれだけの日本人が意識して昨日を考えたのだろう。
国防とは、あるいは国家と個人の関係など、そうしたコメントも選挙とも重なった影響か、政治家などからは、あまり聞こえてこない。
本当の国益とは一体なんだろうか。
私は軍事史や戦記記録を読むのが好きで、実際に体験した方からの話を聞いたりもする。いわゆるミニヲタという範疇に入る。
戦争は当事国同士の人の命を奪う。必ず奪い、人生を破壊する。
だが…生き残る命も必ずある。それを運と考えるか。あるいはロマンの一つとして、叙情史として眺めるか。
先日のブログで紹介した戦争経験者の老人。私がどうして海軍を選んだのですか、と質問した事があった。
老人曰く、『俺の家は、中学を出て就職しなきゃなんない状態になっちゃってね。そんな時に戦争になりそうだってさ。どうせ兵隊に取られて歩き回るならば、海軍に志願して飛行機に乗って、さっさと死んだ方がマシかな…まぁ、そう思った。ところが、身長が高すぎるのでお前は飛行機は駄目だって…。で、水兵になった。』
レイテ沖で艦が撃沈されて、仕方なく泳ぐんだけど、俺は若かったから、海中でも元気だったんで回りに声かけたり、そしたら、波間に味方の駆逐艦がこちらに向かってくるのが見えたの。
で、味方の駆逐艦が見えたぞ、たすかるぞーーって。周りを励ましたらね…みんな、ほっとした笑顔浮かべて、吸い込まれるように沈んで消えてしまった。
今まで泳いでいて、見えていた仲間の黒い頭がスーッと、きえたんだよねぇ。


