語り部 | HOODのブログ

語り部

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歴史の語り部という役割は、果たして当事者なのか。
あるいは、当事者達から聞き書きをし、または記録を編纂した識者が、語りを起こすものなのだろうか。

軍記物として著名な『平家物語』だが、成立から育成され定着する過程では、各諸本が世にでて、約百年ほどかかっている。百年の間に、様々な逸話が挿入されたり、省略されて室町時代に至る。
そこで能楽の大成者世阿弥の手によって、一連の修羅能として作品化された。
『髪について…』のブログで紹介した『実盛、清経』は、その平家物語を題材にしているわけだ。
…大河ドラマ『清盛』が不振という。あれほど各人物に迫った内容なのに、なぜ?古典愛好者には、おおむね好評なんだよ…。


『平家物語』は、百年の間に虚飾や演出が入ったから、あれは嘘だろ、嘘ばっかで史実ではない…という批判をたまに耳にする。
まず、そういう人はまず最初から縁がない。無理に物語世界に接しても発展がないからだ。

史実から離れて、物語化する作業を求められたのは、時代に対応する普遍性(娯楽化でもある)を高めた結果なのだ。

おそらく先の大戦についても同様だろう。しかし、現在でも生存者がおり実証である以上は、まだ物語にはならない。また、物語化することは当事者達への冒涜になる。あくまでノンフィクションノベルの段階であり、むしろ詳細な記録を残す作業は、まだ終わってはいない。