ある青年の戦争体験談…弐
戦艦武蔵…日本海軍、当時の日本国が使える資材を投入して建造した技術の結集。
老人の話は続く…。
…武蔵は、どんな艦でしたか?
とにかく大きくてね。二つの戦艦を貼り合わせたような構造ぢゃないかな。デカイから部署が違うと水兵同士なんか互いの顔も知らない…自分の持ち場しか判らない…そういう感じに見えたよ。
そう、武蔵が沈むときは、もうフネは滅茶苦茶。
なんとか頑張って泳いで、駆逐艦に拾ってもらったら甲板に倒れて気絶した。
ところが、駆逐艦には死体やら重体者が多くて山積みになっていた。そのまま俺も運ばれて、そこへ並べられたらしい。
で、そいつらを片っ端から海へ投棄してゆく。
投げ込もうと、俺の体を持ち上げた時、突然に何か叫んだらしい。
こいつ、生きてる、生きてる!って。
後で、あの時に寝込んでいて叫ばなかったら、お前は俺の手で海に放り込まれていたよ…と、下士官に言われたそうた。
老人は、本当に自分の人生を勝負できたのは戦後復興だったと云う。…戦争はね。生き方を庶民は選べないんだよ…。
でもね…南の海は綺麗だった。透き通るような色でね。
それは、楽しかったな。
実は、一部省略している。ひとつは詳細に聞けなかった事があり、さらに戦闘状況が悲惨であるためだが、老人が確率上でも、劇的に幸運の持ち主であるからだ。幾多の若者達に、その幸運はなかった。
老人曰く、苦しいときこそ『泣かないこと、まずは諦めないで、何より笑いを忘れない事』と教えてくれた。
笑いか…苦しい時は、一番難しいんだよね。
