参拝…弐
次は…実家より東方にある香取神社の分社。
狂言には末社の神というものが出てくる。庶民の生活に寄り添うような名もない神だ。そういう神様は、日頃の暮らしと共に生きている。
もっとも、鉾香取神社は由緒正しい。末社など呼ぶには失礼にあたる。どうも私には偉い神様は、あまりに偉すぎて簡単には現れないように思えたり…仕方なく、美女の巫女を立て、艶やかに踊らせると、ようやく現れるわけだが。
そう…映画『大魔神』が見たい。貴方は見たくないですか?埴輪みたいな顔した神像が、少女の危機に『憤怒の大形相』…悪い奴等を皆殺しにして、破壊の限りを尽くす。どっちが凶悪なんだか判断に迷うくらいの大暴れ。
そんな魔神を見た少女の涙に、魔神は怒りを納める。
そんな魔神、実は単なるオッサンでヲタ趣味が多少。おそらく、その少女推しなのはバレバレだな。
…Ψ(ΦωΦ)Ψ
古い神社に杉木立は付き物だ。以前、北関東でも有数の神社に参拝した折りの事。樹齢数百年の杉の大木が、山の参道にあった。私が何気なく大杉に近づいた時…『パシーーン!』と幹全体の鳴る音が響いた。
霊験など信じないのだが…一瞬だけ呼吸が止まりかけた。
そんな経験があるためか、開発の度に伐採される雑木林の木々を見ると、妙に悲しくなる。
木の生命に、いつから人は鈍感になってしまったのだろう。
毎年の恒例行事
正月は帰省して、実家近所の神社に餅を配りつつ参拝をするのが、私の毎年年賀行事だった。。
今年は寝正月を決めて、酒飲んで引き込もっていた。だが、…やはり気になる。
気になり出すと、嫌な予感まで脳内に妄想化しそうである。
急ぎ帰省して回ってきた。
歳始めの行事を見送ると、何とも気持ちが悪いものなのだ。
最初は、実家より南方に当たる山王尊神社…夏祭りには『大六天』と記した提灯が下がる。確か『大六天』は怖い神様なのだが、強い力を転じて疫病や飢饉を避ける江戸庶民の考え方なのだろう。
数年前、氏子や町内会が資金を出し合って立派な御輿を再興した。市内でも指折りの大御輿だ。
古い山桜の巨木が境内にあったが、近年は衰えが目立つ。この付近は急速に開発が進み、神社が道路に接しているために、広がった枝を伐採した結果なのが惜しまれる。
心の中…その自由の確証
靖国能舞台
買い物で近くのコンビニへ。寒い…冷え込むね。
昨夜、雑煮の出汁に使った昆布を千切り。葱、大根の尻尾も千切り。シメジ、豚肉少し、盃一杯の日本酒、味噌大さじ二杯、残り物のご飯…雑炊を作る。
結構、旨い。酒の香りと味噌が程好い。
箱根駅伝で母校を応援する人は少なからずだろう。また、特別にマラソンが好きであるかは別として何か人を魅了するスポーツの一つ。
ある時、私は学生時代に陸上長距離の選手だった友人へ質問をした。
『マラソンランナーって、走りながら何か考えているの?』
友人…何にも考えてないよ。練習終わったら夕飯は何にしょうか、頭のなかで歌っている時もあるし。とにかく走り出した自由な時間だから…監督やコーチ、先輩の目からも束縛されないしさ。
マラソンは自分自身と戦う孤独なランナー…というよりも、走っている時間が自由であるから好きだ、というのが答えだった。
ところで、自由って…何でしょうか。
某国民的アイドルグループのメンバー二人が『靖国神社』へ初詣…それが、一部メディアの話題になっていると云う…しかし、たかが初詣だぞ。
どの神様を拝もうが個人の自由であり、詣でる心の中まで問う事は不可能だ。
私も『靖国神社』には学生時代から少なからず縁がある。幾度か舞台奉納もしてきた。特別な宗教は持たないが、舞う時は真摯な気持ちで神前に立つ。
そこには神々もあり、たぶん戦争で失われた戦没者もいる。



