最終地…四
最後の神社。
実家からは西側の方角に当たる。
常陸の名刹『静神社』の分社…静神社。
もはや日が暮れた。
辺りは真っ暗。
餅配りの初詣。今年で何回目だろう。
廻らなかった年も何回かはあるが、やらなかったら大地震が来た。
もはや、神との契約に近い。
しかし、日本の神と人との関係に契約なんかあったのか?
昨年も、同様の内容でブログ更新を書いている。
いったい、私は何をお願いしているのか?
いや…別に何も。
撮影が上手く出来ますように、とか。
あまり強い願いを込めてはいない。
各神社を三時間以上歩き回って、その苦行こそが願いかも。
何も考えず、歩き回れる状況が幸せか…?
我々は、神様が近くにあれば、何かを願ったり祈ったりする。逆に言えば、神は何でも良いのだ。
そういう拘りのなさで、日本人は神と接してきた。
アイドルグループのメンバーが靖国神社に詣でようが、私には違和感はない。それは古来からの神の利用方法だった。
そこに神様がいたから…単純な理由だ。
カマドに神、便所に神、家には家内というカミさん(このカミ様は俺にはいない…代わりに貧乏神がいるらしい)
歩き疲れた。
来年は車を使う、自転車を買って廻ることにする。
参拝…参
さらに廻って北側…素鳶神社。
可愛らしい狛犬が守っていて、とくに子犬の狛犬が良い。
昭和十三年の奉納とある。当時は、バスで乗り付けるくらいに、人々で大きな賑わいを見せたと氏子の方から聞いた。
この社の背後には、樹齢四百年以上の大欅がそびえている。
巨木愛好者の解説によれば、かって神社とは神木を植えて木そのものを神の社にみなした…と。
とすれば、この欅が御神体なのだろう。
今月十四日は鳥追(うーほい)祭…どんと焼きをするために、田んぼにヤグラが組まれていた。
この神社やヤグラ、欅の風景、色彩は正月らしい季節感があって良い。
ここまで、実家より徒歩二時間近く。
日も傾いてきたし。
まだ、最後の西側に廻らなきゃ…ちょい足が痛い。




