日光浴
こどもの日
某地に宿泊二日目。。
日中は移動しながら、夜は宿へ戻る。
世間の連休を横目に黙々と任務をこなす。
しかも、気持ち良い晴天…久しぶりに暑くなってきた。
そんな初夏の昼下がり。
撮影機材背負って、抜け道をゆく…公団団地の公園を横切り…ふと?
ん…?
長い縄みたいなヤツがいる。
蛇だ。
一見、背は銭形模様でマムシみたいだが、これは違う。
青大将の若い個体だね。
完全に日光浴中だ。
花壇に寝そべり気持ち良さそうだが…私を見ても動く気配はない。
尻尾を指で押してみた。
動かない。
つまんでみた。
動かない。
蛇の視線は私を見ているが、どうやら眠いらしい。
『まぁ…達者で暮らせよ』と言い残して立ち去った。
この団地と公園…あと数ヵ月後には取り壊されてしまうんだよね。
蛇の住む場所なくなってしまうのか…。
どうなるんだろ…あいつ。
脳と主語…能と主・客観その弐
昨夜から引き続き。
…脳は主語を理解できないので、悪口を言うと、脳が自分自身に悪口を言っていると判断して自分も傷つく。人をけなしてばかりいる人が自己嫌悪に陥っていくのは、そのため。
そして、より人に対して攻撃的になってゆく…。
という話。
これは、日常に対する警鐘と考えた方が良いんだろう。
しかし、私なども『ちっ!』と、心の中で舌打ちをする。
あるいは、まともな挨拶も出来ない大人を見ると、脳裏では悪口雑言を並べ立てる。
それが良くないわけだね。
ん…ちょっと、待てよ。
Ψ(ΦωΦ)Ψ
『みぃちゃんが可愛い、大好き!』と言っている俺の脳は主語変換をしているわけだから…『俺が可愛い…』と言っている事にならないか?
『やっぱ、みぃちゃんの太股はセクシィ~ペロペロ』とか、これってマジにまずいだろ。
ぐぬう…。
でもさ、この論で展開すれば、かならず主語は一人称のみで脳内処理されている。つまり…自分しか愛せないし、他人を攻撃しても結果は自らを傷つけでいる自傷行為だ。
しかも、次第に他人への攻撃性が強くなるってのが嫌だね。
友人とのメールや、接続したネットで攻撃性の強い人っているけど、そういう落とし穴なんだろうか。
※予めお断りしておくが、ブログ内に登場する『みぃちゃん』とは、世界的アイドル峯岸みなみの意である。
脳と主語…能と主・客観
こんな話を、最近耳にする。
…脳は主語を理解できないので、悪口を言うと、脳が自分自身に悪口を言っていると判断して自分も傷つく。人をけなしてばかりいる人が自己嫌悪に陥っていくのは、そのため。
そして、より人に対して攻撃的になってゆく…。
『他人を呪う人は穴二つ』という事か。
主語を脳が判断出来ないというメカニズムが今ひとつ、私の脳内で納得しかねるのだが…。
…とある旅僧が、古事に所縁の場所を訪ねる。そこへ思わせ振りな女が現れ、歌にまつわる縁起話を始める。女は、その昔話の女主人公を三人称で語り始めるのだが…佳境に入り、突然に『その時、私は…』と一人称に転換して、実は主人公の幽霊であることを旅僧に明かす。
主語の転換という視点で考えると、三人称で語っていたものが、いつしか私自身に変化してゆく。
現れた女が本人の幽霊であったであるにせよ、先の論に沿えば、女の脳内では主語を理解できなかった…ということか。
いや…多少、我田引水に過ぎるな。
人の心理を裏側から見て、女は自分の話を客観的には語れなかった。次第に主観へ導かれていった…と理解できる。
気になるのは…より人に対して攻撃的になる…と言うことだ。
Ψ(ΦωΦ)Ψ
みぃちゃんのアンチな方々は、要注意だね。『消えろ!』なんて書き込んでいると、自分が消えちゃったりしてさ。


