HOODのブログ -265ページ目

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鬱蒼とした水戸城下の車道。瞬間、雉がかん高く鳴いた。

この場所で何代目の雉なのか。

まさか江戸時代から続く雉一族だったりしてね…。

不可思議な体験と落ちるリンゴ

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深夜、ようやく帰宅した。

さて、明日から大相撲が始まる。

昨日、五月十一日付朝日新聞に『国技館に都市伝説』と題した記事があった。

国技館向正面の廊下に…不思議な現象と体験談が掲載されている。

何しろ、国技館の近くには回向院もある。もし、出るものが存在するのならば花道の辺りを漂うはずだ。


だが…!
あえて言いたい。

能の作品は、現行曲の多くに幽霊劇を含む。平家物語を始めとして歌の名所旧跡にさ迷う魂たちの歌舞劇でもある。

何より、私が声を大にして訴えたいことは…『幽霊が怖くて能が舞えるか!』ということ。

演技として幽霊を語る以上、舞台上において是非もないのだ。
私自身、実際に幽霊を見た経験もある。
また、舞台上で誰もいない背後からグィっと押された事もある。だから否定はしない。
たった一人でお寺に宿泊して、夜中に窓から見える墓場を眺めながらビール飲むことも年に数回はある。

しかし、もし霊が存在するのならばニュートン以来進化してきた理科学や哲学という分野、いや…国家の法体系まで書き換える必要があるが…物理学的には幽霊はあり得ない。

それは、精神分野の文脈を成立させるための、必須必携の『記号』なのだ。

この『記号』を演出に用いる事で、我々は死者に尊敬の念を抱き、また神仏を畏れたり、巷に出現する妖怪達を神々として受け入れる。


写メは…能面達。
江戸時代の小面もあり、時と世代を渡ってきた。
『幽霊って、いるんですか?』と彼女達に聞いてみようか。

野心

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納品のプリント作成で都内へ…さすがに初夏の色彩が強くなった。

街の生け垣に咲くバラも見頃だし。

ちょっと寄り道も考えて、カメラも鞄に入れている。今日は昭和四十年代の一眼レフだ。

しかし、使わなければ単に重たいだけ…レンズを加えると一キロは軽く越える。
カメラを運ぶ体力を無駄にしないためにも、少し頑張ってみよう。

スナップ撮影は気まぐれに撮影しても意味がないので、一応のテーマを設定してある。


無名写真家にたつ死のフラグ…『俺、今度の撮影で絶対に傑作をものにするんだ…』