夕暮れの散歩
夕方、帰り際に道草して近くの河原に出てみた。
堤防を自転車でゆっくり走る。向こう側に沈む夕陽。次第に暗くなる川面。
河原に降りて水の匂いを嗅ぐ。
そこへ下校途中の女子高校生二人組がやって来た。
私から少し離れた場所に荷物を置き、河原で何か話し合うわけでもなく、小石を拾って投げてみたり、…きっと、この二人は言葉にしなくても通じ合う仲なのだろう。
なかなかに可愛い印象だし…『今日は…』と私は挨拶をした。
二人も『今日は…』と明るい声で返事。
次の会話に行くか、行かぬか…。
今、私のカバンにはマニュアルカメラが入っている…普通ならば、話の流れからスナップ撮影に持ち込むのだ…だが、どうにも、これは無粋だな。
とても良い空気を持つ二人の間に分けいるのは無粋に思えた。
もう一つ、装着したレンズが暗いズームのため夕暮れには不向きだし、せっかくの二人を綺麗には撮れないだろう。
縁があるようで、ないもんだな…と悔やみながら帰路に付く。
一期一会かも知れないが、自分の写真テーマが少し見えたようにも思う。
針仕事百年の計
今日一日、納品作成以外は用事(仕事もなく暇って事さ…)もなく。部屋で一日中、襦袢やらコートやら、果ては靴下、布財布まで繕う針仕事で始まり、針仕事で終わる。
洋裁はおろか和裁など知らない…だから、適当に縫うだけの作業。
靴下は穴が開いたら必ず布を当て、それがダメになったら捨てる。
コートは多少の痛みは気にしないが、とにかく縫う事で体裁だけを整える。
問題は襦袢だ…紋付きの下に着るわけだが、あまり見映えがしないのであれば新しいのを買うしかないだろう。
そこは、やはり舞台衣装なのだ。ある意味では戦地に赴く装束に等しい。
裁縫の感というか、運針や針の好みは父方の祖母から習った影響がある。
私の通う小学校で家庭科授業があり、袋カバンが課題。そこで、祖母から布目の見方や、針糸の引き、短針を教えられた。
祖母の時代、明治三十二年生まれの女性には、何より洋裁、和裁は人生必携の技術であった。いくら学校で勉強が出来ても所詮は女には家事能力が必要な時代だった…そんな話を横で話すお婆ちゃん。
蛇足だが、祖母は小学校時代学年で常にトップ。後に海軍中将になった同級の男子生徒を数学で次席に追い込むくらい秀才だった。
袴にブーツを履いてテニスをしていた話やら…だから祖母は、当時テレビ放映していたアニメ『ハイカラさんが通る』を毎週見ていて、何やら納得していた…そんな記憶も。
とにかく、針仕事を祖母に教えて貰った事は、今は大いに助かっている。
何しろ、祖母が使っていた裁縫道具を私が使っているんだから、何とも時間の長い話だ。
(実家の母は、祖母の道具には見向きもしない。そこは女同士のなんちゃら…だろうな)
『針仕事って、使う針が違うだろ!』
無事に公演終了
舞台掃除中。
先日の事、十一月十五日靖国神社奉納『法政大学能楽研究会OB会自演能・田村』…小早川修先生をサークルの師範にお迎えし、二十周年の記念をして行われた靖国公演は、秋の爽やかな晴天に恵まれ、無事に終了いたしました。ご来場の方々、本当にありがどうございました。
正直…ぎっくり腰の痛みで薄氷を踏む思いの一日。
舞台を終えた時、明日何とか仕事に行けそうだ(休めない仕事が入っていた)…と思えたのが救い。本当は乾坤一擲の舞台に、気合いを入れて行くべきだろうけど、少し緩めに心があった。
上手く舞えずに悔しい…というより、腰が治らないと似たような結果しか手に出来まいな…というのが今回の所感だ。
次の舞台は来年。
でも、月二回くらいで自主的に舞ってみたい気もする。
そうして日常の中で緊張感を維持するのも、ひとつの治療方法だろう。


