まだ、ちょっとだけ続くんじゃ。
舞踊やダンスは、見た目以上に身体に及ぼす負荷が大きい。
そんな話題を昨日書いたら、スケートの高橋大輔選手が練習中に膝を損傷と報道がなされた。
彼くらいの地位ならば、ケアスタッフも付いているはずだが…やはり、長年の消耗はあるだろう。
若い頃と同じ動きを維持したいが、体は消耗品である。何回飛べて、何回ジャンプで回れるかの回数は、生まれた時に決定している部分がある。
先日の靖国公演舞台の映像を、撮影して下さった方のご厚意で見ることができた。
舞台キャリアは三十年積み上げたが、実は私の舞っている写真や映像はほとんどない。まぁ、他人に撮ってもらうほどの価値がない存在だった。と、自虐を含めて思ったりするが。
さて、久しぶりに自分の舞っている姿を見た。…感想は。
一応、意図した事は出来ているようにも見えたが、無意識な部分が出てしまい…やはり甘いなぁ、と思う。
そして、年甲斐もなく頑張っている自分を見て、もう頑張る必要はないよ…と呟く自分に気がついた。
今は勝負の世界にいる高橋大輔選手(私も同姓・高橋なのだ)…楽しませる世界でスケートを見せたり、指導する道に行くのかな。
ともあれ、私は来年の二月には仕舞『野守』を出す予定。また身体を虐めるのか…腰は大丈夫かなぁ。これは、仕舞習う人にしか分かんない話だよね。
一度、舞台納めをしよう
写メは私と某御先祖様の彫像ツーショット。あんまし似てないね。
舞台稽古中のダンスで足を痛めて活動を断念とか、休止を余儀なくする話を耳にする。
バレエ、モダン、ジャズ、日本舞踊ですら腰や足首を損傷する。練習前に十分なストレッチや予備運動をしておいても、事故は多い。
学生時代に素人弟子として能の仕舞を始めて、私も三十年(年月だけは積み上げた)になるけど、とくに足に損傷が残る。
右足膝、半月板の損傷、右足親指は脱臼、骨折を繰り返し…もう、あまり力が入らない。脛椎や肩には爆弾があるし、肩は舞う度に痛いのだ。
それでも、他の部所で補いながら続けてきた。しかし…もう、痛みを押して頑張る必要もなくなったと、最近は思い始めている。
仕事ではないんだから、無理する場ではない。
人前で舞い、演じる楽しさも充分に味わったし、大抵は批判とお叱りの講評だけだったけど、たまに見知らぬ美女から『サイン下さい!』って言われた…過去の栄光ってヤツも経験した。
舞台が嫌になったわけではないが、もう何かを引っ張る必要もなくなった。
私は素人だし、そろそろ舞台からは消えても良い年代になったように思う。
これが玄人ならば、世阿弥の云う『せぬところ』まで追い詰めて、高みを見るのも生涯に求める花なんだろうな、と思う。
今まで、素人なりに花を追ってみた年月だった。結局、何を得たのか自覚がないのだが、この辺りで一つの区切りにしたい。
たぶん稽古は続けるけど、今後も舞台に上がるかは未定。
と…知人が読めば嫌みに聞こえるだろう。
まぁ…老人の呟きとして許されよ。
みぃちゃんに似てるだろ
昨夜は、友人等と小さな謡会を開き、後は焼肉宴会。それは、共通の知人が亡くなった命日でもあるからだ。
友人の命日を騙って飲み会を開いている感もある。
話は…やはり友人の思い出話だ…な、わけがない。
ひたすら肉を黙々と食べては、オーダーしてさらに食い続ける。謂わば施餓鬼に近い。一人500g以上は食べたはず…。
申し訳ないが、まだ我々が彼の家へ遊びにゆくのは、ずっと先だ。
写メは以前、舞台のためにお借りした小面。玄人用ではなく素人が用いる面だろうけど、意外とブス可愛い面だ。なぜ、こんなふざけた写メかと言えば…私が舞った時は時間が押していて、この面をしっかり頭に描く作業をしていなかったため、改めて見せて頂いた。面を付けた写真が手元にないし。
まぁ…今さらなんだけど、また舞う機会が出来たら、この小面のお世話になるつもりでいる。
…『ちょっとだけ、みぃちゃんに似てるだろ?』。
大正時代に彫られたらしく、細かい傷や剥離もあったりするけど、それが表情になっているんだよね。
亡き友人も、翌年に能を舞う稽古をしていて希望が絶たれた。そこは心残りだったか。
必ずアンチやらお叱りのコメントが舞台の前後に大量発生する私とは違い(様々に叱られたり、お怒りの電話がくるのは、結構気持ちが折れる)、彼の舞台に対する評価は常に高かった。
いや…この言い方は怒られる。友人は私にライバル心を密かに燃やしていたし、真面目に稽古する友人に比較して、間違いなく私は怠け者なのは確かだ。
一期一会で懸命に舞台を勤める友人は舞う気持ちが見た人に伝わるのだが、どこかしら落第生的な私は、もう少し稽古すれば良いのにと思わせてしまう違いだな。
ともあれ、まだ私は友人に会う予定は…当面ない。


