これでいいのだ。
寒い。加えて、ぎっくり腰痛みに、肩には謎の鈍痛。
撮影機材の重さに負けたのか、いや、世間の重さに負けたのか。
夕方、西の彼方に富士山が見えた。朱に染まる空に陰影を浮かび上がらせて、見事な絵に仕上がっていた。
晴れた日なら、普通に毎日見られる風景でもあり、しかし、この一瞬に居合わせなければ体験出来ない眺めでもある。
そういう記憶は残るだろう。本当に心を打つ景色は、平凡な山並みであったり、単に人影ない浜辺であったりする。
『忘れようと思うのだが、思い出せないのだ』…これは、天才バカボンのパパが使う名文句の一つだったはず。
そう、嫌な記憶は、これを口癖にして消してしまうに限る。
論理的には矛盾して破綻した言い訳だ。アホみたいに聞こえるが…。
。
『これで、いいのだ』
自分の壁が破れないなら、無理に破る必要はない。
その壁を少しだけ低くする努力も大切だし、あるいは誰よりも高くして、その上から眺める手もある。
拾ってきた写真を貼るとは職業的には頭痛の種だが…この二人、とにかくアイドルらしからぬ繊細な部分がある。そこが他のメンバーにはない魅力なんだけどね。
もう、二人は一緒のお風呂に入ったかな…まだ…?
今、心の妄想通信が来ました。
近いうちに、一緒にお風呂に入ろうって約束をしたそうです。
おしまい。
ライバルは必要だ
アマチュアの与太話として受け流して欲しい不遜な話をする。
まだ若気の過ちという言い訳が通じる年代の時だ。
私はスケートの高橋大輔やバレエの熊川哲也が演じる舞台を見ていると、妙に負けたくないな…と思ったりしていた。
こいつらが能を選んで同輩や後輩に来たら、どうやって勝てるだろう…とか。
まだ高校生だった熊川哲也のローザンヌのバレエコンクール録画中継を偶然見た時、お、ライバルがいたよ…と。(ハイ、ばか野郎だと思って下さいね)
…その時はローザンヌ中継を録画して、ずいぶんに研究をした。この時、熊川の演技は『海賊』だったように記憶する。彼の跳躍の高さ、ぶれない腰の軸、制動の効いた手足…能の仕舞とバレエは動きが似た点と、真逆な点が交差するんだけど、演技的身体の使い方として自分の意識に取り込んでみようと企てた。
あるいは高橋大輔選手の練習風景をテレビで放映した時、ピンポイントで滑る独特な工夫をした練習を見て…『あぁ、あれだ、あれだ…』と ちょっとだけ、真似をした。
高橋はエニセイ・プルシェンコ選手を目標にしていたようだけど、私はプル君のスケートには感銘は感じない。むしろ、同じロシア選手ならばエグウィン君(確かに記憶せず)の『仮面の男』が良かった。エグ君のスケールが大きい滑りは、小手先で真似出来ないからだ。
高橋選手は足先から大腿部にかけて器用に使える上手さがあって、その可動が派手で見映えがする。
『花』ではないが、華やかなスケートだと思う。
話は何だっけ。
そうだ。密かに彼らをライバルに想定していたわけだが(ぇえ、身の程知らずでごぜえます)…能は老人になっても舞える、そういう世界でもあり、老境を迎えた気持ちや体に衰えを隠せない私だが、実は心のどこかで、まだ勝負をしたいんだろう。
写メは太田由希奈(この表記でよいのかな)…一番好きな選手だった。彼女も怪我に泣いて銀盤の戦いから去った。



