HOODのブログ -204ページ目

純正品指定


吉良邸で赤穂浪士と戦って命を落とした吉良側の侍達を祀った碑。


一万発の銃弾。とにかく、その銃弾を海外に持ち出して他国の軍が使えば、銃口の先にいる死ぬ人が出る事は想定内だろう。たとえ、日本国の決議で活動する自衛隊が使うとしても、私の思いは複雑だが輪をかけて後味と気持ちが悪い。(そして、さらに事態は後味が悪化しつつあるようだ)


ところで一万発の銃弾は現地軍の活動を支える補給として、足りているのだろうか。

素朴な疑問は、他にもある。韓国、日本で共通五ミリ径の銃弾と言いながら、韓国の銃器に日本の製品の規格が適合しているのか。

いざ、となればの安保体制と名乗っているが、両国に微妙な規格差がないとは言い切れない。まさに秘密ナンタラ法で逮捕されそうな話題だが…。

同じ銃であっても、国が違えば規格の差は生じる。特に携帯用の銃器には、そういう性格がある…と聞く。使う銃弾が本社指定の純正品か、サードパーティ品であるかで、性能には開きが出る。
薬室内での燃焼差、あるいは薬莢と排出部品の適合など、一つ違えば『兵士の生命』に関わる問題を孕むのだ。。


ゴルゴ13ではないけど、支給されたら百発くらいは連射して様子を見たい…。


戦艦大和の主砲、警官の使うピストル…原理は同じく火薬を燃焼させて撃つ。
つまり、高温で燃焼する以上は部品に耐用回数がある。実戦では射撃による熱で、銃身が膨張して弾が詰まり撃てなくなる。それを防ぐには銃身を交換するか、
あるいは銃弾の火薬を減らす…弱装弾という使い方がある。


主人公が、ずっと撃ち続けて銃が壊れないのは映画だけの話なのだ。

まったく…やれやれだ。何一つ良いことなんかないぞ。

言うに及ばず。


今年も残り僅か数日だ。こうやって毎年、この時期に一年を振り返る。

先の震災以来、日々の過ぎるのは早くなり、また世相も大きく潮流が変わった。

その潮目について私は、納得の行かない事が多い。しかし、潮流に沿って人々が航海の道を選ぶのならば仕方はあるまい。私とて船から降りるわけには行かず、海に放り出される覚悟で自分の理念や意思を通すのは、かなり難しいだろう。


人は、次第に年齢を重ねる度に守るものは増え、失いたくない何かを背負う。特に男性は社会的鎧を失えば『男のプライドが立たない』なんて云う向きもある。


自己防衛から他者攻撃が目に見えて激烈となり、知人関係を崩壊させてゆく…とまあ、その頃には中高年の域で本人に忠告する人もいないのだが。


今年一年を振り返って、実感した事実がある。この年代になれば誰にも訪れる『老いの影』だ。

ある時期には身体で感じ、表現可能だった世界があった。それが、私も終わりつつある。つまりは『老い』の姿なのだろう。
『老い』により失ったものは大きいが、ようやく終わりが見えてきた安心もある。
しかし、自分のために自分で経を唱える、そういう愚かさはない。ただ、自分が消えた世界を表現してみる…その結果、ずっと生命を保つ場合もあるはずだ。


『クリスマスキャロル』に出てくる主人公は偏屈で孤独な老人だが、自分が消えた世界を受け入れた事から、一つの悟りを得ている。

悟り…万物を肯定する喜びに近いのかも知れないが、それは他者に向けて放たれた言葉があって初めて、発した本人自身にも与えられる感覚なのか。

ある事象に際して『これが正しい』と私が言い切る場合、ささやかな悟りですらも、遥か雲上に等しいのだ…とは思う。

零戦小僧…2


零戦好きの私としては、『永遠の0』には少なからず興味はある。しかし、『風立ちぬ』程ではない。
各戦史記事、零戦搭乗員等による手記やご遺族達による回想記事など、多くを読んできた私としては、『永遠の0』が先行した記事や手記、遺影などを繋ぎ合わせた小説に見えてしまう。それ自体は批判する対象ではないのだが、個人的に納得が出来ないだけだ。
楽しみにしている映画ではあるけど、期待は…しない。


実際に、零戦へ搭乗して空戦を体験した方の話を聞いた事もある。その方は、九十代の老人ではあるが、話は遥か遠く旧セイロン島空襲(現スリランカ)ツンコマリー戦に及ぶ。

氏はスピットファイアと空戦したと述べるが、当時のセイロン島に、英国軍はスピット戦闘機を配備していない。旧式のハリケーン戦闘機、フェアフライ複座戦闘機が配備されていて、おそらくシルエットを見誤ったのだ…むろん、資料考証による反論などは非礼の極みだ。

氏は、この空戦で(たぶんハリケーン戦闘機)七ミリ機銃を浴び負傷した。何とか被弾した零戦を操縦して母艦に帰り着いたが、傷は重く内地にて治療生活となる…ゆえに母艦を降りて、母艦機が壊滅した珊瑚海海戦や大敗したミッドウェー海戦には参加していない。

あの戦争の四年間を生き残る人とは結果論から言えば、天寿以外の死とは無縁な人生と決定している…そういう人々だろう。

逆に言えば、当時の若者達が生き延びる道、死を避ける選択は絶対に取れなかった。それが戦争の実態に近いはずだ。