藝・鯨・げい
今日から新年度。新しい一年が始まる。
しかし、我が国は西暦に元号、そして新年度…私的には元号だけで宜しいのではあるまいか…と考えてしまう。
『別に国際意識の共有なんて必要ないから。』
食べる意味での捕鯨については、今更の感があるから書かないけど、私は鯨肉が好きだ。鯨肉が体質的に合っているのだろう。むしろ牛肉の方か苦手だ。特にスキヤキなんて、どこが美味しいのか。私には理解不能。
あの大震災の数十分前、私は渋谷の鯨料理専門店で定食ランチを食べて、渋谷にある能楽堂に向かって坂を登った時に震災に遇った。
そして、あの日から鯨料理を食べていない…私に一種のトラウマが発生しているらしい。
鯨料理、また食べたいな…と思うのだが、あの鯨定食が自分の人生において、ある意味で最後の晩餐
であった、と思われてならないのだ。
あの当日、午後二時三十五分頃『やはり、鯨は旨いな…』私が食事を終えて店出た時には、まだ生きていた人が大勢いたのに、それから一時間以内に消えた人々の存在を考えると、こうして生きていても、心では納得がゆかない。
運命の別れ道、その刹那に食べたものを思い出すと、私は間違いなく『鯨定食』だったという事になる。
話が飛躍したが、大海を遊泳する鯨と海洋環境、あるいは食文化としての鯨…私にはどちらも大切なんだよねぇ。
さりとて、鯨食文化が今日の『思想文化社会』においては、まず理解されないのは自明の理ではある。
『ちっ、つまんねぇの…。』鰻に続いて、また食べる楽しみを奪われた。
さかしらに一言…『あちらでは、鯨は法度だが、ゲイは良いらしいぜ…』
しかし、我が国は西暦に元号、そして新年度…私的には元号だけで宜しいのではあるまいか…と考えてしまう。
『別に国際意識の共有なんて必要ないから。』
食べる意味での捕鯨については、今更の感があるから書かないけど、私は鯨肉が好きだ。鯨肉が体質的に合っているのだろう。むしろ牛肉の方か苦手だ。特にスキヤキなんて、どこが美味しいのか。私には理解不能。
あの大震災の数十分前、私は渋谷の鯨料理専門店で定食ランチを食べて、渋谷にある能楽堂に向かって坂を登った時に震災に遇った。
そして、あの日から鯨料理を食べていない…私に一種のトラウマが発生しているらしい。
鯨料理、また食べたいな…と思うのだが、あの鯨定食が自分の人生において、ある意味で最後の晩餐
であった、と思われてならないのだ。
あの当日、午後二時三十五分頃『やはり、鯨は旨いな…』私が食事を終えて店出た時には、まだ生きていた人が大勢いたのに、それから一時間以内に消えた人々の存在を考えると、こうして生きていても、心では納得がゆかない。
運命の別れ道、その刹那に食べたものを思い出すと、私は間違いなく『鯨定食』だったという事になる。
話が飛躍したが、大海を遊泳する鯨と海洋環境、あるいは食文化としての鯨…私にはどちらも大切なんだよねぇ。
さりとて、鯨食文化が今日の『思想文化社会』においては、まず理解されないのは自明の理ではある。
『ちっ、つまんねぇの…。』鰻に続いて、また食べる楽しみを奪われた。
さかしらに一言…『あちらでは、鯨は法度だが、ゲイは良いらしいぜ…』
化石を拾う
所用が発生。ついでに、ちょいと出掛けて某海岸まで行ってみた。
ここは私が十代の頃に散歩した海岸。当時はサーファーが必ずいて、それこそ四季を問わず、かなりの悪天候でもボードが浮いていた。日本人ばかりでなく、外国の方も見かけた。
十年前くらいに海岸道路が建設されてテトラポットが立ち並び海岸を塞ぐ。
そんな海辺の夕暮れ。波打ち際までの砂浜に無数の石が転がっている。中には庭石にしたら見映えがするであろう大小の石を眺めたり、『これ、欲しいなぁ…』と自然の造形に感嘆したり。。
で、石マニアの心をくすぐる小石を物色。
拾った時は砂岩に石灰岩の組み合わせだろうな、と思っていたが…今、改めて拡大鏡で見たら、どうやら『化石』らしい。
当時の二枚貝の名残に違いない。
年代は…?
うーん。
しかし、この海岸線一帯は県北から地層的にも化石が出土する場所が多い。
さてね…古代の夢だね。
暇人も浜を歩けば化石を拾う。



