HOODのブログ -140ページ目

塩&ツンデレでも良いさ


『この先、男に困らないメイクと恋愛のなんたら…』という本が書店の女性向け棚にあった。

『どんな内容なんだろ?』
ひとまず参考に手に取る(何を参考にするのかは私自身不明だが…)しかし、斜め読みするには情報が少なすぎて目が滑る。


モデルの女の子は可愛いけど、こんな子が大学キャンパスや社内にいても『男』が寄ってくるのだろうか。


『いや…釣れないだろう』


効果的な戦略としてはツンデレ&神対応が一番に男性のハートを引き寄せると私は思う。時折、見せながら餌を撒く。


若い女性が、周囲の人間関係全員に見せる可愛いメイクって社交辞令に似た装いだし、武装しているのと大差ないように思う。だからと言って『素っぴん』が良いかと言えば、これも違う。


『恋愛』とは究極の格差と階級社会の闘争である…と私は思っている。ゆえに帝国主義社会や原理主義国家には『恋愛』は存在しない。身分が数値化された男女が生産行為に励むだけか、あるいは強化された従属関係が『秩序ある家庭社会』として支配するにとどまる。つまりは『恋愛』を否定すると生きるための選択肢が皆無になってしまう。

『恋愛禁止』というテーゼを掲げた巨大アイドルグループ、そこには私の推しメン『峯岸みなみ』もいるわけだが、周知の件があったように彼女にも、あの時は一つの選択肢があった。だが、知識や経験としての『恋愛』も存在する。彼女の場合、かの一件は人生の選択ではなかった、と私は解釈しているのだが…いささか話が飛びすぎた。

今、好きな相手がいる。単純に、それで良いんじゃないのか。将来の事(安定した人生とかさ…)は別にして、言いたければ告白すれば良い。黙っているのも素敵かも知れない。



ちなみに、彼女のメイクは可愛いと思う。

いずれは終わるだろう


今日は三月十一日。
いたずらに更新が進まないブログが、さらに進まず気分が重くなる一日。


今さらだが『あの日私は…』と語る程の体験もないし、かと言って『黙祷』で済ませるほど私の周囲環境は簡単な状況ではなく、一言で言えば、今日一日だけ引きこもりたいのだ。


私には福島を『フクシマ』を呼ぶ人間に一抹の疑心を感じる。この数日は声高に繰り返された『復興』だが、再出発と同義語に扱われているようで納得がゆかない。
私事だが、ようやく震災以来続けてきた常夜灯を消して眠るようになった。
しかし、真っ暗な部屋に睡眠する安心感は明日も得られるのか。おそらく私が死ぬまで続くであろう不安であり、もう何も心配せずに熟睡出来る夜は来ない…終わりのない憂鬱さが闇の中に拡がるだけだ。

食料と消費


昼間に比べて、夕方以降は冷える。

先日から母の急病で実家にいる。しかし、田舎にいるからと言って仕事は変化しない。隣市に出てプリント作業をする。帰る頃には日も暮れて、吹きさらしの駅ホームは寒い。しかも、一時間に列車が一本あれば良いと思わねばならぬ。五分感覚で運行されている都会暮らしになれた身には歯痒いものだ。


昨日、近所を散歩して休耕田になった風景を眺めていた。
この水田も、今年からは耕作を止めるという話も聞く。労働単価が見合わず、赤字にしかならないという。

その休耕田に廃棄されて捨てられた大根達。これも市場過剰となり単価が割れてしまったようだ。

スーパーに行けば理解出来るが、客が買うよりも過剰供給されているのが特に生鮮食料品だ。野菜や肉類、特に魚介類は鮮度が問われるため大量に廃棄されていると思う。肥料に二次利用されているにせよ、無駄は多い。

いずれスーパーでマグロや鮭を選んで買うような『王様生活 』は食料資源確保の視点より贅沢な行為に映る時代が近い。

いや…そうでもなくて、流通が集中する都会の巨大消費地には無縁の世迷事なのだろうか。