HOODのブログ -141ページ目

また会う日まで♪

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また会う日まで、会える時まで♪


時に、別れとは突然に訪れる。親子、夫婦、恋人、友人との別れは予期せぬものだ。ネット社会ではブログ仲間も同様だ。顔も見知らぬ間柄同士が何かの話題で繋がりを持ち、交遊メールを展開する。そんな日々、私と長らく続いたネット仲間との旅が、あと数日で別れを迎える。


かの大震災以来、ネット仲間との関係も、単純にメール通信によるコメントに情けを感じる事が増えた。そんな数年に渡って続いたコメが、もうすぐ終わる。


Twitterは三月からシステムの変更をするアナウンスが流れ、どうやら現在使用している私の携帯ではツイートやログが不可能になる…らしい。Twitterは随時呟ける、言うならば思い付きの気分がよかった。常時、即時性が有効な情報であった。
非常に残念だが…ひとまずTwitterのはアカウントを放棄する。すでにログインすら難しくなりつつあり、旧アカウント削除も難しいのだ。

特に震災以降は、アメブロとは違う使い方を意識して書いていたので…春は別れの季節とは思っても、心の涙は禁じ得ない。

Twitterで毎日のように朝、夕と書いていた私の『おはヨウ素、おはようございまストロンチウム、おやすみな再臨界!』…それは原発を持つ故郷に対する私の小さなレジスタンスであり、アンチテーゼだった。

そんな日々も悔しいが終わりが来たのだ。私はTwitter仲間に、それぞれ一応の別れを告げた。


もし、気が向いたらアメブロにお越し下さい…と書いたが、
少しだけ社会や時代に負けたような気分が募るばかりだ。
とりあえず…まだまだ、当駄ブログは続きますが、どうか宜しく。

粉石鹸


『これが終わったら風呂入って俺は寝るんだ…』こういう時、ささやかな家事における『死のフラグ』が立つ。


私が台所の後片付け中、先に風呂に入っていた母が上がってきて『レンジ回りの掃除もお願い…』とリクエストしてきた。

もう深夜近くに面倒だな…とは思ったが、やり始めると徹底しないと気が済まない。結局、分解してレンジ網と対決する。しかし、思いの外に油汚れは粘着しており、レンジ網にしがみついて落ちてはくれない。

深夜だし、次第にキレかかる。そうだ、ネット検索で掃除記事にヒントがあるに違いない。


『…しつこいキッチンレンジのフィルターは洗濯用粉石鹸を直に振り掛けて歯ブラシで磨きます…簡単に落ちるでしょう』と書いてある。


数分後、目からウロコ的展開。ごっそりと油汚れは洗い流されて『ねぇ、見て!ピカピカ~』…凄いぞ、凄いぞ~アタック♪アタ~ック♪
こういう作業のヒントは普遍化した情報として共有して行くべきだ、などと一人納得した。


以前のテレビドラマに『特捜最前線』という刑事ドラマがあった。犯人の罠で密室に閉じ込められた刑事等が、ニトログリセリン爆弾に粉石鹸を振り掛けて中和し爆弾を無力化する
下りがあった。あまりに奇想天外すぎるが、意外とマンザラ嘘ではないのか。身近なところにスゴい道具があるものだ。


いや、俺は今夜から本当に粉石鹸の力を信じるぜ。

余話『だったのだった…』


子供の頃、小説家になりたいな…と思った。あるいはコント作家になって、日々笑いを考えるのも知的で良い暮らしだ、などと思ったりした。

結局は努力とは無縁の私には『笑い話』すらならない妄想であったが…。たぶん、以下の話は一度ブログで書いたかも知れない。


とあるコソ泥窃盗犯がいた。彼は幾度となく盗みを繰り返し裟場と刑務所を行き来する生活であったが、あるとき窃盗事件以外の出来事で週刊誌の記事ネタになった。

彼は小説家志望であって、出所する度に出版社に原稿を送っていたのだ。その事を取り調べの刑事に自慢するらしい。

その辺りを週刊誌記者が嗅ぎ付けた。
で…ある人が興味本意に原稿を探してみたらしい。しかし、この泥棒作家氏は誤字脱字が甚だしく、その上に奇妙な文末で締める癖があった。
『だったのだった』彼の文章は全て、この『だったのだった』で終わる特徴があり、およそ小説の体をなしていない…と週刊誌記事は書いている。

この記事を読んだのが、私も小説家になりたいな…と妄想していた子供の頃で、当時の私には何か感じるものを得たのか。些末な記憶が脳裏に刷り込まれたようだ。しかしだね…この『だったのだった』を人物設定の表現として使えるんぢゃないのか。どうなんだろう。


『…うんにぁ、ちょくら話しても良いんだよ。あんた、そこに座ってくんちょ。あの宿の娘さぁ、あそこにある屋敷森越えたとこにある寺の住職と所帯持ったのだったのだったけど、その住職が東京にも二号を囲っているとかで、逃げるように帰ってきたのだったのだったさ。娘さんはぁ、この村では一番の美人で有名だったのだったけどぉ、帰ってきたら気が変になってしまって宿に泊まった見知らぬ男性客と関係するとか噂が出たのだったのだったぁ。それでも親御さんは娘が不憫で出戻りのまんま、ああして宿で面倒見てるわけよ…。』
私には狂女扱いを受ける娘の身の上よりも、この老人の奇妙な話癖に耳を取られ、さながら下駄を履いて泥濘を歩くような気分になった…。



とりあえず、人物的には『だったのだった』を用いる特徴的描写になっているはず…まぁ、再度推敲の余地があるが。


おぃ、お前。いい加減な思い付きで某文豪の作品一部を適当にパロっただろ…しかも、全然パロディにもなってねぇから…。

やはりダメだったのだった…お粗末。