最近の記事は、TV番組のにじいろジーンで、立て続けに現れた11の数字から、謎解きが始まりました、今回
も、不思議な事に、にじいろジーンでした。
この日のパワースポットコーナーは、千葉神社でした。
その神社の門が映し出された時、またしても、ん? となったのです。
門が、3つ並んでいたからです。
住吉大社での私の疑問も、3つの門からでした。
そして、住吉で見つけた北斗七星の参道から、初辰参りの辰は、北辰信仰の辰のようでした。
そうしたら、TVから映し出されたのは、北斗七星信仰の千葉神社と言う文字でした。
北斗七星がどうのと言うより、直ぐに現れる事の方が驚きです。
この神社には、まだまだ驚かされました。
本殿や、山門の造りが、二つの拝殿を持つ、他には類を見ない二層の構造物だったのです。
この様な構造を始めての見ましたが、そう言えば、名古屋の笠寺にある星宮神社を訪れた時、この神社の上
に隠れる様に、知我麻神社がある二段構造に疑問を持ち、それを、北極星に高さを合わせ崇める形状では
と推測し、北辰信仰と推測しました。
その後、美濃の国分寺の跡地を訪れた時にも、そこにあった瑠璃光院の二段になったお堂が、私の中では、
星宮神社と重なったのでした。
共に、平将門の討ち取られた首に関わる場所だった事も、私が惹きつけられた要素でした。
そして、今回の千葉神社も、将門に縁のある所なのです。
千葉神社について、書き記します。
[千葉神社]
千葉神社の創建はよく分かっていませんが、千葉氏族の祖・平良文(たいらのよしぶみ)・が妙見信仰を信奉
し、その三代目の平忠常が、その信仰を引き継ぎ、香取神宮の境内だった場所に建てたとされます。
忠常は、良文の三男と、将門の次女から産まれた平安時代中期の武将です。
妙見信仰とは、北極星と、北斗七星を崇める北辰信仰で、真理を見抜く目であり、妙な物が見える目とされま
す。
***神紋
祭神は、北辰妙見尊星王、日本武尊
明治の初め、神仏分離令が施行され、それまで、崇めて来た妙見菩薩を神道の呼び名に改め、神社として
存続させました。
この神社の紋は、表の神紋の「三光紋」と、裏の社紋の「九曜紋」です。
三光紋とは、月星紋と呼ばれ、天で光る、日、月、星を表して、これらを動かし配しているのが見妙菩薩(
北極星)とされます。
もう一つの紋・九曜紋が表すものは、古代占星術から来ていて、デザインとしては、中央に●があり、その周
りに9個の小さな●が囲む紋で、
周りの小さい丸は、
月曜(勢至)、火曜(虚空蔵)・水曜(弥勒)、木曜(薬師)、金曜(阿弥陀)、土曜(聖観音)、日曜(千手観音)、
計都(釈迦)、羅睺(不動明王)
を表しています。
ここで、あまり見かけない「計都」と、「羅睺」がありますが、
これらは、太陽の道・黄道と、月の道・白道の重なりを意味し、日食と関りがあります。
降りる時の重なりを「計都」と呼び、昇って来る時の重なりを「羅睺」と呼び、凶兆を招くものとされ、羅睺は、
スサノオ命と重ねて見られます。
月曜から日曜までを北斗七星で表すこともあり、火曜から金曜を五行説で表します。
私は、九曜については、何も知りませんでした。
これを知って、私の同僚が、この九曜と、やはり重なっていたのです。
私の不思議な縁が強く表れるようになったのは、この同僚だと思って来て、勢至菩薩とつながっているように
感じて記事にも書いてきました。
そして、月に関わっているのではと思い、「月に関りがあるものはないですか?」と尋ねたら、
「犬がルナ」と言われたことがありました。
不思議な事に、勢至菩薩も、月も、九曜に重なっていたのです。
****千葉神社の不思議な構造
山門は、三つに分かれて、一階中央は、福徳殿があり、祭神の分霊を奉斎し、
東側には、日天楼があり、太陽を祀ります。
西側には、月天楼があり、月を祀ります。
二階部分は、開運殿は、一階の福徳殿から、分霊が昇り来る場所で、妙見菩薩の霊気に満ち溢れている霊
場とされています。
そんな場所を訪れたいものです。
何を感じるのでしょう。
本殿も2層構造で、2つの拝殿を持ちます。
これらは、仏教の名残だそうです。
****特殊な構造と、将門との不思議なつながり
この2層の構造が、名古屋の笠寺の星宮神社の2段構造と、美濃の国分寺であった、瑠璃光院の2段構造
が、どう言う訳か、将門とつながるるのです。
これらがつながっている事の根拠を表すものは無いです。
千葉神社を創建した平忠常の母は、将門の娘です。
星宮神社の場所には、将門の首塚があり、
美濃国分寺の地には、将門の首が飛んで帰ろうとして、撃ち落された場所があるのです。
3地点のもう一つの共通項があります。
古墳です。
千葉神社の周囲には、古墳が数多く存在し、
笠寺は、見晴台古墳と言う、大きな遺跡があり、
美濃国分寺周辺には、青塚古墳や、池田古墳群があります。
もう一つ、不思議な一致がありました。
七夕です。
千葉神社は、昭和20年の空襲で全焼しました。その空襲の事を「七夕空襲」と呼ばれているのです。
将門の首塚がある場所や、笠寺の紐解きでも書きましたが、名古屋の東の笠寺と、西の私の育った中
村には、不思議な繋がりがあり、、「七」の付く神社が、それぞれあり、共に竹に関わる伝説があるるのです。
美濃国分寺の近くに、古墳を護る一族だろう「弓削」の名前を持つ「弓削寺」があり、その名の由来になった
白河天皇が七夕生まれなのです。
そして、美濃国分寺のある場所を通る西の羽のライン(鳥羽・羽咋ライン)には、平家岳があるのです。
東の羽ライン上には、平家を敗った源氏の名を持つ源氏岳があるのも、不思議な一致と思われます。
もう一つつながるものを忘れていました。
日本武尊です。
千葉神社の相祭神は、日本武尊です。
笠寺には、特に見られませんが、西の七の神社は、日本武尊が腰かけた岩がある事と、古墳から岩塚と言う
地名が付けられています。この神社が私の遊び場でした。
美濃国分寺は、伊吹山の麓で、この山は、誰もが知る、日本武尊で知られる山です。
これらは、不思議なつながりとしか言いようがありません。
また、私にも不思議な縁をもたらしています。
今、私と不思議な繋がりを見せるブロガーがいます。
その方が、千葉の方なのです。
そして、今住んでいる場所は、叔母さんが住んでいた場所で、叔母さんの名義になっていた土地でした。
それを譲り受けて住んでいるのです。
その叔母さんの名前は、千葉と言います。
名古屋には、千葉の姓は、ほとんど見られません。
11の数が、住吉大社に導き、千葉神社につながったのですが、その時、ラジオが千葉県の道の駅を紹介していました。特産物の、ピーナッツのクレーンゲームがあるとの事。面白い事するなと思っていた時、こんな情報が流れて来たのです。ピーナッツの記念日が11月11日と。
秀吉の瓢箪もピーナッツと形状が似ています。住吉にも千成瓢箪がありましたね。
これも、共時性なのでしょうか?
私が驚いた事が少しは分かって頂けたでしょうか?
この不思議な力は、バーチャルな世界と似ているのではと思っています。
そこまで、不思議な力は、私を導いてくれるのでしょうか?