「日本スゴイゾ」論発見。

引いておく。

 戦争中、国民の士気を高めるためか、欧米コンプレックスの裏返しのような日本礼賛が雑誌や絵本、新聞にも載りました。長野県の地方紙信濃毎日新聞に昭和18年8月4日から6日まで連載された「日本人の体格美」(佐々喜重)を、著作権切れを受けて転載してます。根拠のないこと、比較にならないことの比較、何より、わざわざ比べて優劣をつけるようなことでもないことを頑張って優秀であると強調しているさまは、大変こっけいな感じがしますが、こうした与太話といえるようなものにでもすがりたかったのでしょうか。

 (転載にあたっては、漢字や仮名遣いを現代風に置き換え、句読点を補っています。また、企画名は「日本人の体格」で始まっていますが最後は「日本人の体格美」と直してあったので、そちらに合わせました)


日本人の体格美(上)=短い足は強い

 日本人は昔から黄色人種といわれ、背の低いあまり美しくない民族のごとくに日本人自身でさえ考えていた人もあったようである。しかし、大東亜戦の戦果は米英軍の心胆を粉砕し、日本人としても民族の誇りを今日ほど強く感じたことはあるまい。自分の性格は自分では分からないと同じように、日本民族の持つ優れた点を知ることができず欧米の優れた点だけが目についた結果、欧米崇拝が生まれたのである。しかし我々は気候風土から眼の色まで彼等とは本質的に違うのだから、彼等が勝手に決めた優劣論をそのまま直訳しようとすれば大間違いである。我々は自分の姿をもっとよく認識しなければならない。

 まず日本民族は世界的にも背の低い方であろう。これは足の短いためであるが、人体の比例と頭の長さを単位として七頭長身八頭長身(身長を八等分すると頭の長さになる)という比率にしたり、あるいはエジプト人が創案した中指の長さの19倍が身長となれば最も美しいとするなど、つまり欧米人の骨格に対する理想を人体美表現上の金科玉条とするならば、日本人の体格は美的比率を持っているとはいえない。しかし、徴兵検査場に出かけて裸体になった壮丁の姿を見るならば、そこには素晴らしく均整のとれた立派な裸体美を発見することができる。

 日本民族には日本民族の比率がある。日本民族が立派な均整のとれた体格の所有者であることは、江戸時代からの名残、はしご乗りで証明することができる。人体の中心というべきところはへそであるが、へその裏側、つまり第三腰椎をはしごの先端に当て支えるならば、だれでも水平になることができるのだ。このことは欧米人に比較すれば足は短いが、実際は最も当然の長さであるといえるのだ。

 また、胴体が長いものは内臓諸器官が発達している証拠である。発達した胴体を支える足は、ヒョロヒョロした長い物では不都合だ。悪口を言われてきた大根足も、当然かくあるべき必然からきたもので、はなはだ満足な結果をもっている。動物界においても、弱いものほど細くて長い足を持ち、逃げ足が速い。

 また、我々は古来、畳の上で生活し、いすによる生活の2倍の屈伸運動を長年月の間繰り返してきたことから、身体各部の関節、特に腰、ひざ、足首の関節ははなはだ頑健に、しかも機敏に発達してきた。競争とか幅跳びのごとき運動競技では背の低い者、足の短い者は足の長い者とは比較にならぬはずなのに、織田、南部のごとき世界一流の選手を出しているのをみても、短い足を補う関節があったことが明瞭である。

 また、今次の戦場で敵の夢想だにできなかった驚異的進撃速度を発揮できた要因、無敵皇軍の行軍力はまさに世界の脅威であるが、行軍だけではなく、身に体重以上の軍装品を背負って歩くのだ。このことは他国では絶対にまねのできないことで、彼らは体重の半分の重量を持たされてすら長途の行軍は困難で、すぐ自動車輸送、鉄道輸送に頼るのだ。だから彼等の作戦計画には、道路鉄道のない地点からの敵の進出ということは考えられなかったに違いない。ところが日本軍は密林の中から、沼沢の中から、こつぜんとして攻撃してきた。我々の目からは当然のことと思えても、彼等にしてみれば魔術のごとく、恐怖のまとであったろう。


日本人の体格美(中)=団子鼻の優秀さ(佐々喜重)

 また、座る習慣は飛行機、戦車、潜水艦のごとき近代兵器の勤務に大きな影響をする。長期間にわたる狭い座席についての勤務は、日本人の驚嘆すべき忍耐力や精神力と共に我が国の日常生活が知らず知らずの間にこのような苦しい勤務に耐える体格を作ったのである。

 さらに我々が日常下駄、草履を愛用することも靴はき人種より足指の感覚の発達に役立つ。また日本人は手先が器用だと言われているが、「それは我々が食事にはしを使用し、女性は針仕事を、子供時代には折り紙、あやとりのごとき手先の訓練をしてきたがためであろう。とにかくスプーンやフォークを使用する欧米人から見れば、我々がはしで食事をとり、小豆までもつまむことができるということは驚くべき技術なのである。彼らが小豆をつまもうとするときはピンセットを持ち出すに相違あるまい。

 これら手足先の感覚は、まあ、砲術、自動車、戦車、あるいは飛行機等の操縦に非常に役立っている。一時機械が高度に発達すると人間の手足は不用になって退化するであろう、と言われたこともあったが、機会が精密になればなるほど感覚が大切になってきている。特に指先の感覚が絶対に必要になってきているのだ。

 我々は黄色人種と呼ばれてきた。黄色人種結構である。我々の黄色は天地の黄色、緑色、土色等を基として赤色、白色等々多数の色素を合わせた色彩であって、包容力のある平和な色彩と言えるのである。特に彼等の毛深いザラザラした皮膚組織は脂肪が適当量平均にゆきわたり、なめらかで、よく手入れされた女性のそれらは、まず世界無類と言っても過言ではあるまい。

 我々の鼻は一般に団子鼻が多いようだ。美しいとされているギリシャ鼻の所有者は少ないが、比較的に丸顔の多い日本人が鼻だけギリシャ鼻であったらオカシナものであろう。

 日本には古来オカメというのが日本女性の一つの理想の形態であった。しもぶくれにふっくらとした柔らかい目の表情、まゆはずっと上方にあって明るく、つまみのような鼻と小さな口唇、一見して優しい豊かな顔が理想であった。オカメの鼻は低いのではなく、両ほほが膨らんでいるので低く見えるのであるが、あの丸い鼻の代わりにギリシャ鼻をつけたらどうだろう。かえってオカシナ顔になってしまう。

 ギリシャ鼻は非常に冷たい感じがするが、丸顔の中にちょっとつまんでみたいようなかわいらしい鼻の所有者は、年をとっても若々しいものである。ギリシャ鼻の賛美者である欧米人ですら、シャーリーテンプルのあどけなさにあこがれを持つのである。鼻の生理機能から言っても、ギリシャ型である必要は少しもない。せいぜい、メガネをかけるのに都合がいいくらいであろう。

日本人の体格美(下)=合理的な黒眼(佐々喜重)

 最後に眼について言うならば、日本人の眼は明るい平和な眼であると言うことができる。日本ではきれいな眼を明眸と言い、黒い瞳と言って瞳の黒いうるおいのあるのが美しいとされている。眼は一種のレンズで明暗に応じて光の量を調節する、写真器でいう絞りの作用を受け持つのが瞳である。青い絞りはないように、光学上からも瞳は純が当然である。

 青色と黒色は色彩感傷上の強さから言っても黒の方がずっと強く、顔の中心部にある二個の黒丸は顔面を非常にひきしめている。青ではその力が弱くて、それを補うために生まれたのがアイシャドウである。上瞼に暗い色彩を用いて陰をつけ、形の上から目を強調し、同時に瞳を保護するためにあるまつ毛をわざわざ放射線状にくせをつけて眼を大きく見せようとする化粧法である。

 一時我が国でもアイシャドウが流行したことがあった。これはまったく己を知らぬ奇怪な流行であったと言わなければならぬ。なぜならば、彼らの額と眼の間は狭く、まぶたに脂肪が少なくてくぼんでいるのに反して、我々の多くは額の高さと眼の高さがほぼ同様であり、また眉と眼の間が広く蔭のない明るい表情をしている。

 この明るさを強調したのが粉黛(まゆずみ)の慣習で、絵巻物に見られる公達や美女たち、能面の若い女性などの眉毛をそり落として、そのずっと上方額に黛を入れて上まぶたの平潤な感を強調した。その上、上まぶたには紅をほんのりとさして女性の優しさを出したものであった。このまねだけは彼らに絶対できないのだ。このように本質的相違を無視して、わざわざ明るいまぶたに陰をつけ、暗い表情をつくって街を闊歩した心理状態はどうにも理解に苦しむことであった。

 ギリシャ鼻、まぶたの狭くくぼんだ、あるいは富士額に対する四角形の額、その他彼らの持つ表情は、硬い、冷たい、深刻な、極端になると陰鬱な感を見る人に持たせるのに対し、我々の表情は、平和、豊かさ、温かさ、優美、悟りの完成された表情を持っているのである。

 日本民族の体格はかくも美しい均整を有している。そのことは機能的にも甚だ優れている。自分自身をもっともっと見究めるならば、より多くの美点を発見できるに相違ない。そこに民族としての大いなる誇りを持つことができるのだ。(完)(転載終わり)

なんか、ここまでくると

かわいそう。


卑屈も卑屈。

戦争負けるわ(笑)




そして未だにこのまんまというのはあまりにも不幸。



がんばれ‼️日本‼️🤣🤣🤣