<金陵方面 修道人>
人類の歴史は,多くの貪欲と怨恨による災いが溢れ,宗教も同じでした。 サンジェさんの天地工事がとても感謝して驚くべきことでした。 砂漠でオアシスに会ったように,サンジェさんに感謝し,一生懸命に修道することに決心しました。 しかし首都生活が私にはとても難しいでした. 私の西欧的思考と生活方式が首都生活で頻繁な葛藤を起こして, 首都人の価値観と文化が理解されませんでした. 私の体は韓国人ですが,私の考えは西洋的であるため,このために道友たちの誤解をたくさん買うようになりました。
入道後,私は奉徳をとてもしたかったです。 しかし私の友達は皆アメリカにいたし私は一人で韓国に残っていました。 そうしているうちに実の弟が韓国に遊びに来るようになったし飛行機から降りるやいなや口ずさみを連れてきました. 韓国語が下手だった妹も道を理解するようになり,一緒に首都を熱心にすることになりました。 いつのまにか一年が経って私は、再び米国へ戻ることになりました。 気持ちとしては国籍をあきらめて韓国に居たいと思いましたが,行かなければならないでした。
修道しながら私は本当に悔しかったです。 どうして韓国で修道ができるのか。 なぜ韓国人たちだけが,この道を進む機会が与えられるのか疑問に思えました。 ある意味では私はその時になって,自分自身を西洋人と見ているということを悟ったようです。 私が愛し,好きな人が韓国人ではないという理由で首都ができないというのは話にならないと思いました。 私は世界の多様な人たちに,サンジェさんの徳を知らせる道人になりたいと誓いました。
その後8年が経っていつのまにか内修だった私は中間役員になりました。 後覺たちは世界各国を代表する多国的であり,皆一生懸命できます。 たとえ言葉と皮膚の色と思いが違ってもただ彼らの心を見てサンジェさんが探してくださったと思います。
後覺の中でペルー修道人がいますが,その家の人たちは躁うつ病で苦しんでいました。 一例として,彼の兄は不安定な感情の変化によって酔っ払った状態で娘を連れて夜車を連れて遠くへ逃げたりもしました。 こうした事柄によって家族間に深刻な不和と感情的な衝突が生じてとても大変でした。 その修道人は何度も100日、最善を差し上げたし、その後サンジェさんの徳化を通して家の中の人たちは祈りを連れてともに、首都して今は幸せな家庭になりました。 その修道人は,自分のように苦難にさいなまれる多くの人々に,兄弟の徳化を伝えるために今日も最善を尽くしています。
イギリス修道人は職場では常に悔しい状況に直面しました。 時には解雇され,上司に悪口を言われ,仲間からいじめられ,多くの傷を受け,苦しみました。 多くのミレーのニーアル・(1980~2000の間に生まれた世代)らは、麻薬中毒やうつ病と様々な精神的苦悩に直面していました。 これらは大巡真理会の首都を通じて自分たちの苦難の原因が分かったし,またそのように心の平和を取り戻そうとしたが,結局はどうして暴力的に変わったのかを自分で理解するようになりました。 サンジェさんの教えはこのような人たちを大きく感動させただけでなく,彼ら自身について多くのことを分かってくれました。 結局,全ての悟りの始まりは自分を正しく理解することから始まると思います。 また,このような原理で私たちは相手だけでなく,私たちを取り囲んでいる世の中を正しく理解することができると思います。
キリスト教文化に慣れている外国の人々は,祖上と神明などの不慣れな概念と文化的な違いで,韓国人より大巡思想を理解することが出来ない場合が度々あります。 けれども, 純粋に葬祭の教えをよく受け入れて,泰雲珠を真心を込めて誠心誠意を尽くします.
修道しながら今更ながら私はサンゼさまが私の心を私よりもっとよく分かっていることを悟るようになりました。 幼い頃,私の夢は将来,いい仕事をする人になって,多くの人に助けを与える人生を生きる事でした。 報徳事業を通じて願い事をする事になって,今はとても感謝しています。ありがとうございます。 サンゼ様は足りないですが,ただ心をこめて私たちを捜してくださるようです。 この世の中には利くていい人々でいっぱいになっていると思います。 韓国だけでなく世界中どこにも上帝さんの大順の眞理に聞きたい人がいるなら彼らと一緒にいてほしいです。









