人事労務日記~所長のつぶやき~ -353ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成23年5月7日


 今日は朝から鬱陶しい雨が降っています。

今日も元気で電車に乗ってオフィスに出勤です。


私の口癖は「なるようになる」です。ものごとを余り

深刻に考えないようにしています。

小さくても会社を経営していると、日々頭を悩ますこと

があります。“仕事が無くなったらどうしょう”とか、逆に

仕事が立て込んだりすると“ひとを増員しないと大変だな”

とか、心配事は尽きることがありません。


でも、一々そんなことに気を病んでいたら、それこそ、

「命が幾つあっても足りません」し、「そんなに長くは無い

人生」を楽しく過ごせません。 

だから、何事が起きても、「なるようになる」と気楽に

考えるようにしています。そうすると、不思議なもので、

本当に「なるようになって」しまいます。(今までは)

苦しいときに、昔のことを思い出しながら、ジッと

「なるようになるさ」と耐えて過ごしていると、

良い方向になるようになるから不思議です。


でも、今回の大震災は今までに経験したことの無い

経営環境を作り出すかもしれません。

平成23年5月6日


 今日がゴールデンウィーク明けの出勤日

となり、辛い日を過ごしているサラリーマン

も多いのかもしれません。

私は昨日から出勤していますので、今日は

早速朝から顧客先への訪問と通常通りに過ごして

います。


東日本大震災以来、日本には明るいニュースが

とても少ないような気がします。

大震災で塗炭の苦しみを味わっている被災地の

方々のニュースに加え、焼肉屋のユッケで

食中毒を発症し、4人の方が亡くなったとのニュース

が大々的に報じられています。

生の食べ物を販売するのになんともお粗末な衛生管理

の実態が暴かれています。


東電の原発もそうですが、人を死に至らせるかもしれない

という危機を回避するためのコス増トより企業利益を

優先する結果が大事故を招いてしまったようです。


政治家を筆頭に日本全体が何か危機意識に乏しい

ようで不安を感じるのは私だけでしょうか?







平成23年5月5日


 今日はこどもの日の休日ですが、オフィスに

出ています。3日、4日と連休しましたので、

3日振りの出勤です。


ところで、

「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と

云われることがあります。

“幼い頃の顔は百パーセントが遺伝でも、その後

どんな生き方を選ぶかで顔つきが変わってくる。

その顔付きを長年続けるうちに次第に定着し、

やがてその人の顔ができあがる。その年齢が四十歳”

という意味のようです。


“生まれて直ぐは遺伝が百パーセント。その顔を土台

にして、成人するまでの二十年間は育った環境が顔を

つくる。そしてさらにその顔を土台に、成人してから

四十歳までの二十年間は、その人の意志が顔をつくる”
ということのようです。


そういえば、電車の中の色々な顔を拝見すると

その顔は人それぞれの人生を現しているようにも

見えてきます。

平成23年5月2日


 昨日はお休みだったので、家でブラブラしながら

テレビを見ていました。

原発の風評被害で東北地方の観光が大きな

被害を受けているとのニュースがしきりに流されて

いました。


そして、大震災の地にも桜はいつも通りに咲いたとの

ことです。余りにも突然に、余りにも理不尽な被害を

受けた方々の目にも桜の花はほんの少しの安らぎと

ほのかな希望の火を灯したかもしれません。


それにしてもある日突然に襲い掛かった今回の大震災

の惨状を見るにつけ、先行きへの不安が募ります。

「来年の桜の頃は、“日本は、東北は、私のオフィスは、

そして私自身はどうなっているんだろうか?”、

“相変らず元気で桜を見ているんだろうか?”」という

思いがボンヤリと頭の中をよぎったりもします。







平成23年4月30日


 東日本大震災復旧のための財源として

国家公務員給料の10%カットが政府から

提案されています。

また福島原発の責任として役員報酬の50%

カットを東電が発表したら、少ないと文句を言った

大臣がいました。でも、彼ら政治家はその政治

責任は果たしたのでしょうか?


給与と云えば、随分前の話ですが、ある人と偶

々飲み会でお会いしたときに、その人は、定年後

も契約社員として働くと言っていました。肩書は

従来のままですが、役職手当もボーナスも無く、

給与は半分以下になってしまうとボヤいていました。


私はそのとき、内心では「これだといくら責任感の

強い人でも、給料日やボーナスの時期が来るたびに

待遇の悪さを痛感し、徐々に仕事から気分が離れ、

“この仕事を辞めて、次に何をやろうかなぁ”と考えさ

せられそうだな」と思ったものでした。

案の定、その後聞いた話では、そのひとの場合も、

二、三年働いたあと、その会社を去って行ったそうです。


給与は生活の糧だけではなく、その人の仕事の評価

という面も持つため、その取扱いは中々難しいものです。



平成23年4月28日


 明日から大型連休がスタートします。

今日は、そのせいなのか真夏日となりました。


東日本大震災後、高強度で高耐久性、そして

耐火性のあるスーツケースが売れている
そうです。地震に備えて直ぐに持ち運びが出来るよう、

あらかじめ大切なものを入れておくためだそうです。

この風潮を表す諺に「風吹けば桶屋が儲かる」という

のがあります。
その意味は、「風が吹けば砂ぼこりが舞う、そうすると

目の悪い人が増える、眼の悪い人が増えると三味線

引きが増える、三味線引きが増えるとネコがいなくなる、

ネコがいなくなるとネズミが増える、ネズミが増えると

ネズミが桶をかじる、桶をかじると新しい桶を買わなくては

ならない・・・。」

というように、一つの事象が一見何の関係もないような

ところに影響するということだそうです。


株式市場でも

地震が起こってカセットコンロが売れ、LPガス会社の

株価が一時上昇し、

また、自転車が売れて自転車専門店を展開する

会社の株が大きく上昇したそうです。



人は科学的な根拠よりムードに流されるようです。

平成23年4月26日


 つい先日の夜も、かなり大きな余震が

ありました。そのとき私はすでに寝ていたのですが、

慌てて飛び起きテレビをつけて地震情報を食い入る

ように見つめたものでした。

幸いにそのときの地震騒ぎはまもなく落着きましたが、

地震が治まった後も、“また来るんじゃないか”との

地震再来への恐怖からとうとうその夜は二度と

再び寝入ることはできませんでした。


東日本大震災後の余震がまだまだ続いています。

毎日まいにち、このように地震で揺さぶられていると

地震がないときも身体が揺さぶられるような感じが

してきます。

生まれてから初めての経験に身体もきっとビックリ

しているのでしょう。


それにしても、最近は、放射能と地震への恐怖から

気分もどうしても沈みがちです。

だから私は気分を奮い立たせるため「今は我慢のしどき、

来年、2年後、3年後と時間とともに状況はきっと

良くなって行く」と自分に言い聞かせて、毎日を

過ごすようにしています。

「苦しいとき」は、永遠に続くわけはありませんから・・・・・・

平成23年4月25日


 大震災後の電力不足で、通勤電車が間引き運転

されたり、駅の省電で障害のある方の通勤がとても

大変になっています。


今日の朝もオフィス最寄の地下鉄駅で、出口に

向って歩いていると白い杖をついた目の不自由な

方が、私の前を歩いていました。

そして、いつもなら動いているエスカレーターが

運転中止となっているため、代わりの階段を見つける

のに随分と難儀をしているようでした。

何しろ、駅構内は省電で証明が落とされている為、

暗いのです。

いつもと勝手が違えば、健常者でもまごついて

しまいます。視力に限界がある障害者は尚更です。


私も右足の膝関節が変形関節炎のため、随分と

痛みます。

こんな状態での階段上り下りはとても辛いものが

あります。

この最寄の駅では、朝の9時までは通勤者のため、

エスカレータを動かしているのですが、9時丁度に

情け容赦なく駅員が出てきて、エスカレータを止めて

しまいます。

今日は、そこのエスカレータに着いたのが、9時を

チョッと回っていた為私の目の前で駅員がエスカレータ

を止めてしまいました。

仕方なく、痛む足をひきずって階段を登って行きました。

平成23年4月23日


東日本大震災による東北地方の被害は、想像を

絶するほど甚大なようです。

テレビの報道を見るにつけ、あまりの酷さに言葉を失います。

そんな中にも「がんばろう 日本」の言葉とともにこの被害

からの復興を目指ず活動も徐々に活発になってきているようです。


ところで、こういうときに被害者に対して「がんばれ」という言葉を

かけるのには、注意が必要だという説もあります。

「がんばって」という言葉を聞いて、不愉快に思う人もいるからとの

ことです。

勿論「がんばって」と言った人は、励ましているつもりなのですが,

その言葉を聞く方は、「がんばっていないというのか」と逆に受け取る

こともあるようなのです。これは、言葉の意味を逆に受け止める人が、

別にひねくれているということばかりではないのです。

例えば、「がんばって」と言った人が言葉だけで、気持ちがこもっていない

場合です。そんな場合は、相手にもその気持ちが分かってしまい、

そこに感情の行き違いがあって、相手を不愉快にさせるということも

あるようなのです。

「頑張って」という言葉は、ときによると上からの目線で言っている言葉にも

聞こえるからです。


そういえば、この間の菅総理の福島被災地訪問でも、被災者からは

「何を今更来て、偉そうに」という批判的な感想も流れていました。

やはり、大事なのは本当に相手を思う「まごころ」なのでしょう。

平成23年4月22日


 人の感覚には五感があり、視覚、聴覚の他に、

嗅覚、味覚、触覚の五つです。

人が生きていくために必要な情報は嗅味覚と触覚

から得ています。


人の間の情報交換でも、握手や抱き合うという

触れ合いが親密さの表現になっているのは感覚的に

受け入れやすいからです。

欧米人は、握手とかハグとか人と人とのを日常的に

行っていますが、日本人の場合、挨拶はお辞儀が

主体で、身体の触合いは日常的とはいえません。

更に、最近は日常の中での清潔志向が進み、

人と触れ合うことをなるべく避けようとしています。


私も、電車の中で座席に座るとき、隣の人と足が

くっつくのをとても不快に思ってしまいます。

日本人は、身体の触合いが苦手に人が多いようですが、

これが日本人の奥深さを生んでいるのかもしれません。