人事労務日記~所長のつぶやき~ -236ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成27年12月18日


 今年もいよいよ残りあと僅かとなりました。


時間が経つのは、本当に早いものです。

ついこの間、正月を無事迎えられたと

喜んでいたら、あれよあれよという間に、

もう「年の瀬」になってしまいました。


 年が明けると、「また一つ歳」をとってしまいます。

私ぐらいの年になると、「歳を一つとる」ということに

は特別な感慨を覚えます。

今年は、漸く一年無事に過ごせたけど、

来年も無事に過ごせて「もう一つ歳を取れるか

どうか」が、何とも言えない微妙な年代になって

しまったからです。


 でも、与えられた命です。精一杯頑張って遣ろう

とは思っています。


平成27年12月18日


  私は、中国(広州)に単身赴任していたことがあります。

そのときの中国(広州)は、改革開放体制に入ってから

未だ間もなく、道路には自転車に混じって牛車やリヤカー

も走り、人民服を着た人々でごったがえしていました。


  そんな状態ですので、当然、外国人にはとても厳しい

生活が強いられました。妻から日本のテレビのビデオや本、

そして何よりも日本の食料品を送って貰って、一人暮らし

の生活をなんとか凌いだものでした。


  そんな中、ある日、妻と母が、私に会いに広州に

来てくれました。

当時は日本からの直行便が無く、香港経由でのフライト

でした。そして中継地の香港で広州行きのフライトを待

たされるので、朝早く日本を出て、広州に着くのは夜遅く

になってしまいました。

そんな大変な思いをしてまで、会いに着てくれた妻と母に

感謝、感謝でした。

  今は、そんな母や妻もあの世に旅立ってしまいました。

きっとあの世から私を見守ってくれていると信じています。

平成27年12月16日


 源氏鶏太氏は、
「親友のない人ほどさみしいものはない」と氏の

エッセイ集に書いています。
また、別のところには、「サラリーマンは孤独である」

とも書いています。

  65歳に達し、やっと長いサラリーマン生活を終え、

定年退職を迎えたサラリーマンの中には、定年の祝杯

をともに挙げてくれる友もなく、ひっそりと会社を去って

行く人もいるようです(私もそうでしたが・・・・)。


  友もなく、趣味もなく、家族運も悪く、加えて

職場では出世のチャンスもなかったとしても、キチンと

定年まで上げられた人は、きっと「負けてたまるか」と

いう内に秘めた強い心を持っていたからでしょう。

芯の強い人ともいえる人だと思います。

平成27年12月15日


  年をドンドン取って行くとそれに連れて楽しみも

ドンドン減って行きます。

ドンドン減ってしまったなか、私の今一番の楽しみは、

仕事を終えて家に帰ってからの晩酌です。


  家に帰って、急ぎの家事を片付け、愛犬の散歩と

餌遣りが終わって、一息つくと晩酌を始めます。

酒のお供にテレビをつけて、愛犬の「ハナ」と眺めます。

愛犬の「ハナ」は、夜はまいにち、私の横に引っ付いて

座り、晩酌の相手をします。

その「ハナ」を相手に一杯やりながらテレビを眺め、

時々出演者の悪口を言いながら楽しんでいます。


  でも考えれば、他に楽しみも特に無いんですけどね・・・

毎日、こんな生活を続け、ドンドンと歳をとって行きます。

平成27年12月11日


 私の忘れも大分年季が入ってきました。

先日、取引先の会社に伺ったときなども、

会社内で顔見知りの人に会って挨拶した

ものの、“あの人の名前はなんだったかなぁ?”

と名前が出ませんでした。


 また、取引先から電話がかかってきて、メモを

書く時、メモに書くべきその人の名前は、

“あれ!彼の名前は?”と出て来ません。

勿論、彼のことはよーく知っていて、どのセクション

のどんな仕事をしているかも分かっているのです。

でも名前が出てきません。


 こんな時は、急いで名刺入れを取り出して

確認します。名刺の名前をチョッと見れば、

“あーそうそう。○○さんだった”と簡単に

思い出すのです。


 「分かっているのに、名前だけが出てこない」。

これも実に辛いものです。



平成27年12月10日


 元々私は、人の名前はなかなか覚えられない

たちでしたが、最近はその程度が更に進んだように

思います。


 よく知っている人の名前であっても、別の人との

会話の途中などで、急にその人のことに話が及ぶと、

「どうしても名前が出てこない」ということが珍しく

なくなりました。

“エーとあれだよ”とか“エーと彼だよ、背の高い、

目つきのきつい”など代名詞や人の特徴で説明

しようとすることが多くなったのです。


  たまたまその話題の主が、会話の相手とも

共通の知人であれば、それで“あぁ、彼か”と

お互いに名前を出さないまま了解してしまうのです。

でも、こんなことがたびたび起こると、「歳をとったなぁ!」

と悲しくもなります。


平成27年12月9日


 年末の忘年会に続いて、新年には新

年会があります。

尤も、忘年会と新年会はメンバーを異

にして集まる事が多いと思いますが・・・・


  私の場合も、メンバーを異にして両方

の会に顔を出しますが、何れも1年に1度か2度

こうした会でお会いする人も少なくありません。だ

から、別れ際に“じゃ、また会おう”といって分かれる人

もいます。


 人はいろんな縁に取り囲まれていますが、ほとんどの

縁を縁だと思わずに見過ごしにしています。

“じゃ、また会おう”と言って別れてもその人とは縁がなく、

その後会う機会がなかったり、縁があるとは思わなかった

人とお会いしてしまい、縁が深まることもあります。


縁は、全く「異なもの味なもの」のようです。


平成27年12月8日


 「老後」という言葉があります。

よく考えてみると、何とも理解し難い言葉です。
サラリーマンが、定年間近になると話題にする

「老後をどう過ごそうか?」というときの老後は、

定年後のことを言っているようです。


 あるテレビ番組の中で、九十歳半ばをゆうに

越えたお婆さんが、野良仕事に精を出しながら

亡夫の遺族年金や息子から貰うお小遣いを、

せっせと貯金しているので、リポーターが“お婆さん、

そんなにお金を貯めてどうするんですか?

”と聞いたら、“老後の為です”と答えていました。


  もう十分に老いている人の考える「老後」とは、

やはり働けなくなってから後のことなのかもしれません。

働いているうちは、幾つになっても、まだまだ「老後」

ではないのでしょう。


平成27年12月7日


 東京オリンピック招致で有名になった

日本の「おもてなし」。

日本には、この「おもてなし」の心を実証

する逸話にはこと欠きません。

その一つに、1906年創業の能登和倉

温泉・加賀屋の「おもてなし」があります。


 加賀屋の「おもてなし」がメディアで紹介

されるとき、よく取り上げられるのに、こんな

エピソードがあります。

<・・・・・女性宿泊客との会話の中で、

“亡くなった夫と一緒に加賀屋へ来たかった”

という話を客室係が聞く。そこで担当の彼女は

すぐさま調理場に頼み、夕食時にそっと陰膳を

用意する・・・・>。


 連れ合いに先立たれ、夫婦で行きたかった

旅行に「一人で行く寂しさ」、

そこには言葉だけでは言い表せない辛さが

あります。

これを分ったところに「おもてなし」の真髄が

あるのでしょう。



平成27年12月5日


 近年高齢者による暴行事件が急増

しているそうです。

65歳以上の高齢者犯罪の検挙数は、

ここ10年で、傷害は9倍、暴行は48倍

にも増加しているとのことです。

病院やスーパーなどでのトラブルが特に多く、

近年「院内交番」を設置する病院も増えて

いるのだとか・・・・・


 専門家は、暴走するシニアの心の裏側

には「誰からも大事にされていないようで

ツラい」という寂しさがあると指摘します。

そして、暴走シニアになりやすいタイプとして

現役時代に「社会的地位が高かった人」

をあげ、「プライドが高い人ほど暴走する

例が多い」とも指摘します。


 古くから歳をとると丸くなると言われて

いますが、どうもそうでもないようです。