人事労務日記~所長のつぶやき~ -231ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成28年3月22日


 先日あるネットニュースで、定年退職した人の

5、6割は引きこもりになっているとの統計結果が

報じられていました。


 私は、定年に達する前に会社を辞め、住まいの

近くにあった超お得なプレハブ事務所の一室を

借りて事務所を立ち上げました。

事務所活動では食べて行けないかもしれないと

不安一杯でしたが、妻が快く賛成してくれたばかりか

“応援するから力一杯やって”とのエールを送って

くれたので、覚悟を決めて船出したものでした。


 お陰で会社を退職した後、毎日事務所に出かけるという

日課が出来て、家に閉じこもってもいられなくなりました。

若し事務所に出かけるというこのルーティンがなければ、

私は先ず間違いなく家に引きこもっていただろうと

思います。

平成28年3月21日


  人は、歳をとればとるほど角が取れて丸くなる

と言われていますが、現実にはそんなことはありません。

むしろ、歳をとればとるほど頑固になって、人のいうこと

を聞かなくなります。


 家庭でも些細なことにイライラして怒る事が多くなります。


でも、絶対忘れてはいけないことは、年をとって怒りっぽく

なったのは、長年連れ添った妻も同じだということです。


 イライラしてついつい昔の亭主関白時代のように妻に

あたるときがあります。

現役時代、せっせと給料を運んでいたころは、妻もムッと

しながらも我慢をしていたのでしょう。でも定年退職後、

毎月給料を運ぶこともなくなると、妻はもう我慢をしません。

ちょっとした弾みで妻にあたってしまい、“しまった”と思っても、

もう手遅れです。その倍倍返しを受けて、自分のうかつさを

嘆く羽目になってしまうのです。


平成28年3月19日


  時間の経過とともに、確実に忍び寄って来るのが

「老い」とそれに伴う身体の不調です。
私も身体のあちこちに不調を感じるようになりました。

 近年、医療現場でこんな言葉がしばしば聞かれるそうです。
「まあまあ型」と「とことん型」。

病気の完治を目指す「とことん型」に対し、
完治せずとも自分で生活ができるようにする「まあまあ型」。


  病院経営管理などが専門の高橋泰・国際医療福祉大教授は、
「75歳を過ぎるとまあまあ型を必要とする比率が急速に高まる」が、
「現在の日本には『とことん』型を提供しようとする病院が多い」ことが
問題だそうです。

 

 私は、「まあまあ型」で十分と周りにも言っておくつもりです。



平成28年3月18日


 最近、「こころの定年」という新しい言葉を

耳にするようになりました。

「こころの定年」とは、元関西大学非常勤講師

の評論家で、現役サラリーマンでもある楠木新さん

が提唱した概念で、「サラリーマンが、実際の定年

を迎えるより前に会社で働く意味を見失い、

意欲を喪失する状態」のことをいい、40代の男性が

特に陥りやすいそうです。

 「誰の役に立っているのか、このまま時間が

流れていっていいのだろうかなどと社内での自分の

価値に疑問を抱き、自信を失ってくるにつれ、

意欲も失ってくる」ことが原因の一つと言われています。


 40代といったら未だまだこれからの年代。そんなときに

自分の価値に疑問を抱くとは、きっと繊細な心の

持ち主なのでしょうね。


平成28年3月17日


 サービスともホスピタリティとも違った、日本独特の

「おもてなし」。

日本には、この「おもてなし」の心を実証する逸話には

こと欠きません。

その一つに、1906年創業の能登和倉温泉・加賀屋

「おもてなし」があり

ます。


  サービスに対する姿勢を徹底させることで、宿泊客

の満足度を上げようとしたのが加賀屋の先代だったそうです。

「お客様のためなら富山までだってハイヤーを飛ばし、

銘酒を買いにいかせる。たとえ収支がマイナスになっても、

お客様のためならそれをやる」というのが先代女将の

“精神”だったそうです。


加賀屋の「おもてなし」がメディアで紹介されるとき、

よく取り上げられるのに、こんなエピソードがあります。

<・・・・・女性宿泊客との会話の中で、“亡くなった夫と

 一緒に加賀屋へ来たかった”、という話を客室係が聞く。

 そこで担当の彼女はすぐさま調理場に頼み、

 夕食時にそっと陰膳を用意する・・・・>。


 私もその内に独りで加賀屋に言ってみようかなと

思っています。


平成28年3月15日


 『日日是好日』という言葉があります。

「毎日まいにちが無事で好い日である」

という意味のようです。


 では、サラリーマンにとっての「日日是好日」とは、

どういう日でしょうか?

テレビドラマの半沢直樹みたいに、上司だろうと

取引先だろうと自分の正義に反する行為には

とことん立ち向かい、「倍返しだ」の台詞とともに

自分の信じるままに、言いたいことを言ったり、

立ち振る舞ったり出来る人は、毎日が


『日日是好日』かもしれませんが、そんな事は、

普通の人にはとても出来ません。


 とすれば、サラリーマンの世界では、早く出世

した人ほど毎日を心地よく“今日も『日日是好日』

だなぁ!”と思って過ごせるのかもしれません。

でも、早く出世できる人ってそんなに多くはない

ところが問題です。


平成28年3月14日


 私は、歳をとったせいか寝つきがどうも悪いのです。

そして、漸く寝付いたと思っても、眠りが浅いため、

夜中によく目覚めます。


 ヒトは、寝ているときに誰しも夢を見るそうです。

然し、眠りが深く朝になるまで、目覚めないヒト

(若いヒトに多いようですね)は、夢を見ていること

さえ思い出さないようです。


 私は、その点、夜中にショッチュウ目覚めますので、

夢を見ているということを、実感を持って味わっています。

でも毎日色々な夢を見ますので、朝起きると何か

疲れたような感じもします。



平成28年3月12日


 月日の経つのは、本当に早いものです。
この間、お正月だと「いい気分でお屠蘇を

祝っていた」ら、もう正月はどこかに飛んで

いってしまいました。


 もう直ぐ寒い冬も終わって、春もまじかと

なりました。
今年も何とか桜の美しさを愛でられそうです。
楽しみです。


 でも今年は独りになって初めての桜なので、

どんな気持ちで愛でるか、思案中です。




平成28年3月11日


 最近、「男の居場所」という話題がよくされます。
「キョウイク」と「キョウヨウ」という言葉の意味を

問うなぞなぞみたいな話題もあります。
「キョウイク」は、「今日、行くところがある」であり、
「キョウヨウ」は、「今日、用がある」との意味だ

そうです。

定年後は、この二つの言葉を念頭に置いて

過ごすようにするとよいとの教えです。

 でも、簡単に「居場所」を作れといいますが、

長い時間を会社一筋で過ごしてきた元サラリーマンが、

「会社の他に居場所」を作るのは、相当難易度の

高い作業です。

そして、結局家で閉じこもってしまう人も少なくない

ようです。





平成28年3月10日


 このところ、随分昔のことが頭に浮かんできます。

記憶に鮮明に刻み付けられているのでしょう。


 私は、幼い頃近所の子供たちの「がき大将」でしたが、

チャンバラごっこで遊び回ったあげく近くの「どぶ川」に

嵌まって死にそうになったり、算盤の選手だった

中学時代には股関節炎を患って長い闘病生活を

余儀なくされたりなど何度か人生の分岐点を経験しました。


 特に中学生の多感な頃、病院の担当医から“復帰する

まで長い時間がかかること。学校は休学しなければならないこと”

を告げられたとき、ショックのあまり涙が溢れ出たことを思い出します。

そして、その涙が手の甲にこぼれたとき、一緒に聞いていた母が

黙って手ぬぐいを渡してくれたときの顔が今でも鮮明に

浮かんで来ます。


 そんな母はとっくにあの世に旅立ち、今度は私があの世に

向かう年になってしまいました。