人事労務日記~所長のつぶやき~ -199ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成29年9月30日

 

  大きな道路で横断歩道を渡るとき、もう直ぐ青になる

と見越して渡りだす人がいます。

でも、信号は中々変わらない。こんなときは、どうするか?

 

  大体の人は、そのままわたり続けます。
渡り始めた横断歩道を引き返せないのは「恥ずかしい」という

気持ちからでしょう。
「自分が間違った」と周囲に思われるのは、誰もが余りいい気は

しませんから・・・。

 

  渡り初めても赤信号は中々変わらない。そのときの心中は

“俺はここの信号の常連だから、このタイミングで渡り始めても

大丈夫なんだよ”

みたいな感じで、そ知らぬ顔で歩き続けるのです(顔は引きつるけど・・)。

 

平成29年9月29日

 

  60歳(サラリーマンの定年)からの平均余命は、

男性が22.8年、女性が28.3年だそうです

従って、現在では、定年は「人生80年」の4分の3弱を

経た通過点に過ぎなくなっています。

 

  だから、人生の最終コーナーを気持ち穏やかに過ごし、“

いい人生だった”と満足感に浸ってレースを終れるためには、定

年後の生活を「いかに健康で、いかに充実させて」過ごせるかに

かかっていると言えるのかもしれません。

 

  会社人間として現役のとき、家庭を単なる「寝る場」

としてしか捉えて来なかった男性は、定年後は、家庭内でも、

近所の人間関係でも、自分のポジションが無くなってしまい、

何をして毎日まいにちを過ごすかが悩みの種となるようです。

 

 
 

 

平成29年9月28日

 

  昨年12月に千葉の方で,不幸な出来事が起こっています。

パーキンソン病で歩行には杖が必要な72歳の男性が,

住まいの老人ホームから3キロメートル離れた大病院に

行きました。帰る段になって,あいにく介護タクシーを呼ぶために

必要な現金の持ち合わせがなかったため,その病院に呼んで

くれるように頼みました。

 

  然し、病院では対応できないと断られたため、諦めて歩いて

帰路につきました。

12月下旬のその日,老人ホームから行方不明で捜索願が

出されました。

 

  1月下旬になって,病院から1.5キロメートルほど行った川の側で,

遺体となって見つかったそうです。死因は凍死ということでした。

 

 私と年齢も歩行に補助具が必要なことなど生活条件が

似たような方のご不幸に胸が痛みました。

私は更にマンションに一人暮らしという条件も加わります。

ここのところ風邪で体調不良が続き、不安になることもあります。

 

 

平成29年9月26日

 

  人間は歳をとればとるほど、心に角が取れて丸くなると

いわれていますが、現実にはそんなことはありません。

逆に、歳をとればとるほど頑固になって、人のいうことを

素直に聞かなくなるものです。

 

  その原因の一つに、現役時代にさまざまな人と仕事を

通じて関係を持ったため、相手の人柄や実力を見抜く

訓練が自然にできあがっており、どうしても率直に相手を

とらえることができず、相手を批判的に見てしまうからだとも

いわれています。

 

  会社という人間の集まり集団の中で人生の大部分を

過ごして来た人には、人との交流を断ち切った仙人のような

「隠遁生活」は、もう出来なくなっているからです。

 

 

平成29年9月18日

 

  お客様への訪問時、電車の都合などで少し早めに

着く場合がありますが、そんなときは、顧客の最寄り駅付近

の喫茶店で時間をつぶすことが少なくありません。
そして駅前にファーストフードのチェーン店と、古びた昭和の

香り漂う喫茶店の二つがあったとすると、どちらかの選択を迫

られることになります。

 

   コーヒー一杯の価格はファーストフード店が安く、コーヒーが

出てくるまでの時間も短いのですが、昭和風喫茶店は、

中高年サラリーマンでいつも満席です。

「きっと店の内装、席のゆったり感、店員の雰囲気・・・

そういったものが中高年サラリーマンにとっては心地よく、

少し価格が高くても、こちらがよい」ということではないでしょうか。
 

  私も昭和風喫茶店を選びますが、最近は、どこへ行っても

チェーン店が目立ちます。

 

 

平成29年9月16日

 

  私たちの生き方には、「太く短くという生き方」と「細く長くという生き方」

の二つのタイプがあるとよく言われますが、真面目にコツコツと暮らしていると,

いつの間にか長寿を迎えるということになるのでしょうか。

 

私は、真面目にコツコツと暮らしてきましたが、余り長生きもしたい

とは思っていません。

「じゃ、これからは太く短く生きるか」とも思うのですが、

深酒はもう出来ませんし、たばこも20数年前に止めました。

勿論、車もありません。

 

 

 “うーん、これじゃ長生きしちゃうじゃないか。弱ったなぁ!”。

 

 

平成29年9月15日

 

  私が幼少の戦後まもない当時は、殆んど毎日、昼食はサツマイモで、

夜ご飯はスイトンでした。

たまにおふくろが“今日はご馳走だよ”と言って出してくれたご飯には、

麦と砂利が沢山入っていました。

 

  それこそ、白米だけのご飯は、滅多に出ないご馳走でした。

ごくたまに、何かの記念日とかに白いご飯が食卓に出ました。

そして、その白いご飯を目にしたときの嬉しさは、今でも頭に焼き付いています。

 

  白いご飯をちゃぶ台に出したときのおふくろの得意気で、嬉しそうな顔と共に今

でも頭に浮かんでくるのです。

そのおふくろが亡くなってから随分と「長い時」が経ちました。

そして、今はいつでも食べられる白いご飯は、余り食べないようになってしまいました。

 

  今は妻も先立ち、昔の大人数での貧しい食事風景を思い出しながら、

1人でコンビニ弁当を食べています。

 

平成29年9月13日

 

  サラリーマンの中に「帰宅恐怖症」にかかっている人が

じわじわと増えているそうです。

特にベテラン社員が「帰宅恐怖症」になると、その影響が

若手社員にまで及んできて物議を醸しているという話も聞きます。

 

  家に帰りたくないからと、用もないのに遅くまで会社に残り、

残業している部下や後輩たちを無理に誘って夜な夜な

飲み歩く迷惑な上司やベテラン社員もいるようです。
 

  「妻が怖くて帰宅恐怖症」になっている上司や先輩社員の

せいで残業や飲み会に付き合わされている若手社員の中には、

上司らの奥さん達に「早く帰るように旦那にやさしくして!」と

涙目で願っている人も出てきているそうです。

 

平成29年9月11日

 

  人には飽きる癖があります。だから、家での単調な毎日を

繰り返していると、何か目新しいものを求めたいという欲求も

出てきます。

 

  定年退職を迎える友人が、「暫くはノンビリと好きなことを

して過ごしたい」と指折り数えて定年の日を待ち望んでいました。

暫くして、実際に定年となりました。そして、待ち望んでいた

「楽しい生活」を満喫するようになりました。

 

  然し、「楽しい生活」は長続きしませんでした。やがて、そんな生活

にも飽きが来たのです。そして段々と「好きなこと」もしなくなって

しまいました。

  そんなとき、心の中に芽生えたのが “現役時代に戻りたいなぁ”という

「どうしょうもない欲求」だったそうです。そして、その「どうしょうもない欲求」が、

日々友人を悩ませたそうです。

 

平成29年9月9日

 

  もう直ぐ夏もおわりますが、私は毎年暑い夏が来ると、

幼い頃、自宅前の焼け野原(戦争で焼け落ちた工場跡)で、

近所の洟垂れ小僧たちとチャンバラゴッコをしたことを

よく思い出します。

 

  毎日、学校から帰ると直ぐに外に飛び出し、汗をダラダラ

垂らしながら近所の腕白 たちとチャンバラゴッコで、棒切れを

振り回して遊びました。

「夏の思い出」というと、私の頭に浮んでくるのはこんな幼い頃

の思い出です。

 

  「社会人になってからの夏の思い出」については、殆んど

浮んで来ません。

幼い頃の「夏の思い出」は、取り戻せない過去の日々や両親、

幼友達の当時の顔などを懐かしく、そして甘酸っぱく思い出

させるスイッチなのかもしれません。