人事労務日記~所長のつぶやき~ -192ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成30年4月27日

 

  時間といえば、その早さに驚く一方で、過ぎ去ったときや、

子供の頃、若かった頃などを懐かしく思い出させるものでもあります。

 

  最近、テレビで「懐かしのメロディー」とか題打って、ずいぶん昔の

歌謡曲などを放送することがありますが、懐かしさで思わず

聞き入ってしまいます。

 

 私は最近のヒット曲は殆ど知りませんので、たまに行くカラオケでは専ら、

昔(つまり、私の子供や若いころに)流行った歌を歌います

(逆に云えば、そういう歌しか歌えないのです)。

 

  また、カラオケや、テレビなどで、その頃によく聴いた曲が流れてくると、

懐かしさに胸が熱くなることがあります。時の流れは、苦い思い出を

甘く包んでくれるもののようです。

 


 

 

平成30年4月24日

 

 脊椎管狭窄症手術のため約1か月間入院しましたが、

退院後も引き続き一人暮らしを続けています。

元々右股関節が不自由だったのに加えて、今は腰を

コルセットで巻いて生活していますので、私の不自由さは、

倍旧の状態になってしまいました。

 

  普通の人なら、イライラが進んで精神疾患を起こして

しまうかもしれませんが、私はいたって元気です。

何しろ、ひと昔前の「人民服と自転車の大群が道路を

埋め尽くす」人民中国で、8年も単身生活を送りましたから、

逆境には強いのです。

 

 今日も元気でオフィスで仕事です。

 

平成30年4月22日

 

 オフィス傍の桜の花もぽつぽつと咲いてきました。

未だ満開にはほど遠いですが、桜の開花とともに

辺りは華やいできました。

 

 でもこの花にはなぜか別れのイメージも強いのです。

華やかさが鮮明なほど、絆を紡いできた人との別れの

寂しさが強調されるからでしょうか?

 

  だれにも別れがたい大切な人がいます。

「さまざまなこと思い出す桜かな」(芭蕉)。

 

  通勤の道に仰ぎ見る桜並木の花は未だまばらです。

3年前に亡くなった妻の面影をしのびながら、咲き始めた

桜花を眺め、春爛漫と咲き誇る日を待っています。

 

 

平成30年4月20日

 

  年をドンドン取って行くとそれに連れて楽しみも

ドンドン減って行きます。

ドンドン減ってしまったなか、私の今一番の楽しみは、

仕事を終えて家に帰ってからの晩酌です。

家に帰り、風呂に入って一息つくと晩酌を始めます。

でも今は、酒のお供はテレビだけとなってしまいました。

 

  前に妻と愛犬の「ハナ」そして私の3人暮らしのときは、

愛犬の「ハナ」は、夜はまいにち、私の横に引っ付いて座り、

晩酌の相手をしてくれました。

その「ハナ」と妻を相手に一杯やりながらテレビを眺め、

時々出演者の悪口を言いながら楽しんでいました。                                      楽しいひと時でした。

 

  今は、一人でテレビを毒づきながら、眺めています。

楽しみも随分減ってしまいました。

 

 

平成30年3月15日

 

 ここのところ暖かい日が続いているので、桜の花も

咲き始めました。
 私は、手術後の経過が良好で痛みも大分薄らいで

きていることから、1か月近くの入院とその後のリハビリで

業務の方がやや手薄となっていたので、今は業務に集中

して取り組んでいます。

 

 お陰で顧問先回りも大分カバーが出来、前の状態に

復しつつあります。

やっぱり、仕事が出来ることが一番のリハビリだなと

改めて思ったりしています。

 

 明日は朝5時前に起きて京都に出張予定です。

平成30年3月12日

 

  私は、サラリーマンのころ、中国で通算して8年間の単身赴任をしました。

その当時の中国は、改革開放体制が始まって間もなく、今と違って、

「ものと心」の両方で外国人にとっては、とても生活していくのは大変でした。

 

  そんなとき、一時帰国して、母のところへ顔を出すと、決まって

“何か困ってないかい?”、“無理しない方がいいよ!”というのが口癖でした。

 

  そんな母も、もう亡くなってから随分な年月が経ちました。

そして私も、随分、歳をとりました。

でも、私の頭に浮かぶ「母の顔」は、何時になっても“何か困ってないかい?”

と心配そうに尋ねる顔なのです。

 

 

平成30年3月10日

 

  手近な「男の居場所」では、喫茶店があります。

私もよく行く駅前のドトールなどのコーヒーショップでは、

特に午前中はサラリーマンに混じってシニア世代を

アチコチに見かけます。

 

  「新聞を広げる人、本を読む人、そしてボーっと

何か考え込んでいる人」さまざまな姿を見かけます。

何の準備もしないで定年を迎えてしまった人の

「男の居場所」は、先ずは喫茶店が多いようです。

 

  そしてもうひとつ、定年後に多くの人が一度は向かう先に、

図書館があります。私もサラリーマン退職後、一時毎日

のように(電車に乗って)通った日比谷の都立図書館では、

昼間の新聞閲覧コーナーはオジサン族が占拠していましたし、

閲覧室では、雑誌を抱えて居眠りするシニアをよく

見かけたものでした。

今も多分同じような光景が繰り広げられていることでしょう。

 

平成30年3月8日

 

  私は、人から「おもてなし」(つまり電車で席を譲られること)

の心遣いをされることが多い年代となりました。

然しそこで感じるのは、仕事を離れたプライベートな場面では、

相手の気持ちを思いやり、それを態度に表せる人は、それほど

多くはないということです。

だから、杖をついて電車に乗り込んでも、席を譲られないことが

少なくありません。

 

 人への思いやりの気持ちは、「人それぞれ」だし、またそれを

敢えて態度に出すのを憚る人も少なくはないからなのでしょう。

 

サラリーマン川柳で取り上げられている、

「さりげなく 座席を譲る  おもてなし」

は、実はそう簡単ではないようです。

 

 

平成30年3月6日

 

  昨今は、乗り物のつり革を素手で握れない人もいるようです。

誰が触ったか分からないからだそうですが,若し私が、

そういう人の前につり革を握っていたら、自分が何か汚いと

思われていることになり、とても不愉快になります。

 

  また、エレベーターのボタンを押せないという人もいるそうです。

閉じこもった車内で息をすると,誰が吐きだしたか分からない

空気を吸い込んでいるはずで、その方がよほど気持ち悪い

と思うのですが・・・・。

 

今、世界中に差別意識が強くなってきたように感じます。

 

平成30年3月3日

 

 私は最近、酒を飲みすぎた翌朝などテキメンに身体が

不調となります。

テレビやパソコンの文字も随分と見えにくくなりました。

加齢に伴う症状が、“気のせいかな?”という程度から“

確実に加齢のせいだ”に変わって来たような気がします。

 

  物忘れもひどくなりました。

何かしようとしていても、その途中でボンヤリとしたり、別のことを

考えたりすると、もう「その前に」何をしようとしていたのか思い出せません。

若い頃なら、ぼんやりしても、何かに気をとられても、すぐに「その前に」

考えていたことを思い出せました。復元力があったのでしょう。

今は復元力がだいぶ弱って、いわば、ゴムが古びて伸びきった状態に

なっているのかもしれません。

 

  年を取るということは、ずいぶんと不便になることのようです。