人事労務日記~所長のつぶやき~ -193ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成30年3月2日

 

  サラリーマン社会では、ドンドン出世して行けば行くほど、

同期はもちろん社内の人間は皆ライバルになる訳ですから、

社内での本当の友人っていうのはドンドンと少なくなっていく

のかもしれません(尤も私は経験が無いのでこれが事実か

どうかは確認できませんが……)。

 

他方、出世は遅いけれど本人がそれを余り気にして

いない人は、身から出るギラギラさもなく、何となく気楽に

付き合えるという感じを醸し出しているためか、周りから

好かれるということが あるようです。

然し、サラリーマンで出世街道をひたすら走り抜ける人は

ひと握りで、大多数は「ほどほど組」で卒業して行きます。

 

「似た者同士」という言葉がありますが、プライベートの

飲み会では、「出世街道ひたすら組」は敬遠されてしまいます。

そして同じような立場の人が集まって、上司やら「ひたすら組」やら、

その他会社の悪口などを言って憂さを晴らしているのは、

今も昔も余り変わっていないのかもしれません。

 

平成30年2月28日

 

  最近は、あちこちで「キレる」人が問題を起こして

います。そしてこのキレる現象は現役世代だけでなく、

退職者の間でも広がっています。

 

  「暴走老人!」などの著書がある作家の藤原智美さんは、

「地縁や血縁が薄くなった昨今、昔に比べて親戚や他人と

話をする機会が減った。対話能力も低下しており、

不満があってもなかなか口に出せない。そのストレスが

限界点を超えた時にキレるのではないか」、

「今の時代、家族がいても足枷になりたくないから、

『自分はまだ元気だから一人で大丈夫』と強がる独居老人

も増えている。また、両親を地方に残して都会で働いている人

も多く、やはり寂しいですよね。

 

  寂しくても『寂しい』とは言いたくない!でもそこを理解して

ほしいという、まさに反抗期の子供が『自分の気持ちを

分かって!』というのと同じようなイライラからくることが多い」

と解説しています。

 

 

平成30年2月27日

 

 1月16日から約1か月間入院し、その後1週間程度

自宅静養をしていました。
未だ、手術の傷跡などあちこちが痛みますが、2月中旬

から徐々に職場復帰しています。
当分、朝晩の電車混雑などを避けるため、短時間勤務

を続けますが、痛みが消えれば以前と同じように活動を

するつもりです。

 

  私の仕事復帰への意欲は、「顧客が居てくれて、仕事

が出来る」。

単純にそのことだけです。

これが、私の「自分らしく生きる」ことなんでしょう。

そして、

「自分らしく生きる」という私自身の思いが、手術への恐怖

や痛みなどに 耐え、リハビリにも頑張っている」ことに改めて

思いが至っています。
 


 

 

平成30年2月24日

 

2018年度の税制改革では、公的年金控除の仕組みも改正される見込みです。

公的年金控除額の上限を設け、年金収入が10百万円を超えると控除額が

195万円で頭打ち(従来は制限なし)となります。年金収入が10百万円を超える

人の税金が膨らむ仕組みです。

 

では、年金収入が10百万円を超える人はどういう人でしょうか?

厚生年金保険料を中学校卒業してから長期間払い続けた人でも保険額は年4百万円

(基礎年金を含む)台です。公的年金だけでは無理です。退職金の年金払いを受ける人で

沢山もらえる人が可能性がありますが、そんなに多くはないでしょう。

財務省によると該当者は、全国に3千人程度だそうです。

 

まぁ、私なんかは全く該当ありませんので、気楽です。

でも、今後上眼が切り下がる可能性は十分あります。

何れ、多くのサラリーマン卒業者も対象になってくるかもしれません。

何か、長生きしてもそんなに楽に過ごせない時代が益々近づいているようです。

 

平成30年2月21日

 

 「老後」という言葉があります。よく考えてみると、何とも理解し難い

言葉です。
サラリーマンが、定年間近になると話題にする「老後をどう過ごそうか?」

というときの老後は、定年後のことを言っているようです。


 あるテレビ番組の中で、九十歳半ばをゆうに越えたお婆さんが、

野良仕事に精を出しながら亡夫の遺族年金や息子から貰う

お小遣いを、せっせと貯金しているので、リポーターがお婆さん、

そんなにお金を貯めてどうするんですか?

と聞いたら、老後の為ですと答えていました。世間的には既

に十分に「老後」と思われるこのお婆さんの言う「老後」とは、

一体いつのことを言っているのでしょうか?

 

  九十歳台後半で、もう十分に老いている人の考える「老後」とは、

やはり働けなくなってから後のことなのかもしれません。働いているうちは、

幾つになっても、まだまだ「老後」ではないのでしょう。
 

 

平成30年2月20日

 

 長いサラリーマン生活では、嫌な上司の下で、どうしても仕事

をしなければならない「運の悪い」時期にも遭遇してしまいます。

その上司が、能力的に尊敬できないだけならいざしらず、

その性格が「上にはゴマすり、部下には威張り散らす○○ドラマ

にでもよく出てくるような類(たぐい)」の上司の下では、

もうなんだかこんな会社は辞めようかなと思ってしまうかもしれません。

 

しかし、ここでも、我慢が肝心です。なぜなら、どこの会社に行っても、

こういう類(たぐい)の上司はいるものだからです。転職しても、きっと

同じような運命になる可能性が大きいでしょう。

 

だから、上司とそりの合わない不遇な時期を迎えてしまったなら、

その上司の下での担当業務は適当にこなし(但し、手抜きがバレ

ないように)余力を蓄え自己研鑽に励んで自分自身をパワーアップ

しておき、嫌な上司の下から他部門へスカウトされるようなチャンス

を狙うのが賢明でしょう。

 

平成30年2月19日

 

  最近、介護問題が非常に多く取り沙汰されるようになりました。

それだけ「介護」が、誰にでも(自分にも)何れ訪れるであろう人生の

一大事として関心が高まってきているからなのでしょう。

 

  私も今は元気で一人暮らしをしていますが、ときどきフッと“自分の

介護は誰が…?”と頭に浮かぶことがあります。もう人生を共にした連れ合いは

いませんので、気兼ねなく面倒を見て貰える人はいません。でも、妻を介護し

看取ったことが自信にでもなっているのか、“子供を煩わせるようなことはしたくない”

“身体の自由が利く内に、立派な老人ホームにでも入ればいいや”と結構気楽に

構えています。

また、大方の人と同じように“ポックリ逝ければなぁ”とも願ってもいます。

 

  そしてこの問題はいつも頭を振りながら、“今から先のことをあれこれ心配しても

ストレスが溜まるだけだ。先のことは、ケセラセラ(なるようになる)さ”との結論で、

終わりになります

 

 

 

平成30年2月16日

 

  会社という安定した「行く場所」が無くなると、多くのリタイア族は、

朝起きたら先ず“今日はどこに行ったらいいんだろう?”という問題に

悩むようです。そして、家に居ずらくなった人たちが外に出かけ、喫茶店

をハシゴしたり、図書館に流れ着いたり、そこで新聞棚の新聞を巡って

小競り合いを繰り広げたりと厳しい一日を過ごすことになるです。

 

  そういう「家には居られないので外に出かけた」人たちが、一日を

何とか無事に過ごして家路につくのが、早めの夕方なのです。

そして、その時間帯が生憎私の帰宅時間と重なってしまっているのです。

だから、私同様に見るからに何か「くたびれたなぁ」という顔をしています。

そしてそのくたびれた顔どうしが、時には優先席をめぐって

バトルを行うことがあります。

 

平成30年2月15日

 

  私は、毎日の通勤に加え、お取引先を

訪問するときにも電車に乗るので、普通の

同年代の人と比べて電車に乗る機会は非常

に多いだろうと思います。

 

  毎日の通勤は、混雑を避けるため朝遅く、

晩は早くの所謂「重役出勤タイム」としている

のですが、最近は(電車の中が混んでいないという)

この時間帯のメリットが失われてきたように

感じています。つまり、前と比べると随分と

乗っているお客さんが増えだしたのです。

 

 それも一見してジイサンと分かる私と同じような

年配のお客さんがです。一人でむっつりと文庫本を

読んだり、奥様らしき人と一緒だったりと電車の中

での仕草はさまざまですが、

共通していることは優先席に悠然と座っていることと

仕事の匂いがしないことです。

 

私は、このジイさんたちと毎日席を争っているのです。

 

 

 

平成30年2月14日

 

 1月16日から2月5日まで脊椎管狭窄症手術の

ため、入院していました。

その後も自宅で療養を続け、昨日から恐るおそる

オフィスで短時間勤務を開始しました。

何時までも自宅に閉じこもっていると本当に外で

活動ができなくなることもあり得るようです。

 

 いつの世も「人生楽ありゃ苦もあるさ」です。

辛いことの後には、きっと良いことが訪れます。だから先ず「苦」

から始まった今年は、この後きっと「楽」が来るはずです。

何しろ「水戸黄門様が主題歌で、そう歌っているですから、

絶対間違いない(はず……)です」。

 

  新年を私のように「今ひとつ祝いきれない」と吹っ切れない思い

で迎えた方は、これからを楽しみにしていて下さい。

今年は、この後きっと良いことがあります(あるはずです)から…………。