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人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和元年10月4日

 

 脚本家の内館牧子著の「終わった人」(講談社刊)を読みました。

高学歴(東大法卒)で高職歴(メガバンク関連会社の専務が最終)

のシニアが、プライドを捨てられないまま「退職後の自分の居場所探し」

に苦悩する話です。

 

  「半沢直樹みたいに自分の思い通りに人生を送れる人なんて

そうそうはいない。世の中、そうは問屋がおろさない。現役のとき

いくらエリートと言われても、肩書きも学歴も通用しなくなる

“定年退職”を迎えたとき、世間の厳しい扱いにどうもがくのか。

高すぎるプライドが邪魔になることもある。」

ということを訴えているのだと思います。

 

  その点、現役サラリーマンのとき、特に威張るような

ものがない私なんかは気楽に生きてます。

 

 

 

 

 

令和元年10月3日

 

  日中は、まだまだ暑いですが、朝晩はメッキリと涼しくなりました。

もう秋なんですね!

月日の経つのは、本当に早いものです!

 

  先日、暫く連絡が無かった友人から、メールを貰いました。

未だ働いていたのですが、その会社を10月末で、辞めることに

なったそうです。

  私の友人達は、もう仕事を終えて年金暮らしに入っている人が

随分多くなりました。

 

  定年後は、不自由であった長い会社勤めから開放されるので、

“兎も角、自由に過ごす”と言っていた人も多かったのですが、

今はどうしているのでしょうか?

「暇をもてあましている人。趣味の世界にのめりこんでいる人」、

様々な人生を送っていることでしょう。

 

  「アノ人、コノ人」と昔の顔を頭に浮かべながら、こんなことを思うことも

多くなりました。

 

令和元年9月30日

 

  ついこの間始まったと思っていた年も、もうあと3か月となりました。

「この9か月間、何をしたんだろう?」とつくづくと考えてみても特に

何も思い当たりません。ただ何となく毎日を忙しくしながら時間だけが

過ぎていったような気がします。

 

  今年の9月で、妻が旅立ってから丸4年が過ぎました。

この間、脊椎狭窄症以外は特に大きな病気もせず、しぶとく生きて

来たもんだと自分でも感心しています。

 

  思えば私は、妻と出会ってから「結婚して家庭をつくり、子供が

出来て家族をつくり……」。家族が大勢になるに連れてどんどん

責任が大きくなって、ずっと肩ひじを張って生きてきたような気がします。

その後、子供たちが独立していき、妻にも先立たれ、今また一人と

なりました。

ときどき、「家族とは何だろう」と思うことがあります。

 

令和元年9月28日

 

  駅や病院などの公共の場で、ささいなことでキレて駅員や

職員らを怒鳴ったりする中高年男性が目立つそうです。

一見穏やかで分別のありそうな大人の男性がなぜキレて

しまうのでしょうか?

 

  ある識者は、「職場でお荷物扱いされ、家庭では軽んじられて

居場所がない中高年男性は増えている。彼らはちょっとしたことでも

自分がバカにされたと思い激高する。唯一、自分が尊重される場が

「客という立場」だけなのだ。その最後のよりどころである客の立場を

軽く見られると、怒りが爆発して衝動を抑えられなくなるのだろう」

と説明しています。

 

  なるほど、客の立場になると「普段より威張る」ということには私にも

覚えがあります。

何しろ、私も普段は、小さくなって暮らしているもんですから……。

 

令和元年9月27日

 

  最近、テレビや新聞の経済ニュースなどで聞き慣れない

英語のビジネス用語を見たり聞いたりして、“どういう意味だろう?”

と思うことが随分と増えました。

 

  でも、「分からない」ということを人に知られるのもちょっと

恥ずかしいので、こんな時はそっとパソコンやスマホのお世話に

なっています。

 

  なかには“何でカタカナ語を使うんだろう?日本語で言えば

いいのに……”と思うことも少なくありません。

変化のスピードが速すぎるのか、齢を取り過ぎてしまったのか、

私は段々と時代の流れに追いつかなくなって来ているようです。

 

令和元年9月25日

 

 このコラムを書く前、いきなり思い立って

「ひろうこんぱい」を漢字で書いてみようと試みました。

……が、結局、書けませんでした………

 

 

  この漢字だけじゃなく、「読めるし、意味も分っている。

こういう時にはこういう熟語を使うというのも分っている……

だけど書けない」という漢字が随分と増えてしまいました。

 

  パソコンのキーボードを使い続けると、間違いなく、

こういう弊害が出て来るのだそうです。

とは言え、私は元々「手書き世代」で、長い間漢字を

書いて育ったのに、こんな有様になるとは!

“まずいなー”。

 

令和元年9月224日

 

  「人の振り見て我が振り直せ」という言葉があります。

直せというのですから、人のいけない振舞いを見て、

「そのいけないところに気付いて、自分の振舞いを

直す切っ掛けにして」ということなのでしょう。

 

  人は他人の「至らさ」にはよく気が付きますが、

自分の「至らなさ」には気付かないものです。
だから、昔からこのような格言が伝えられているのかも

しれません。
 

 

令和元年9月23日

 

  最近、私はよく手に持っている物を落とすよう

になりました。持とうとして手で掴んだものが、

なぜかポロッ、ポロッと手からこぼれていくのです。

 

  きっと手に脂がなくなったせいでこぼれやすく

なったんろうと思っているのですが、痛む腰を曲げて、

自分で拾わなければならないため、ついついイライラ

してしまいます。

 

  そして傍に誰もいないのに、一人で「暴走シニア」

並にキレて悪態をついたり、“勘弁してくれよ”と

泣き言を言ったりしています。

 

令和元年9月21日

 

  加藤恭子さんの私は日本のここが好き! ― 外国人54人が語る」

という本があります。この本は、タイトル通り、54人の外国人が日本の

素晴らしさを語りつくすという一冊です。

 54人の中には、自ら望んで日本に来た人もいれば、なんらかの事情で

やむなく日本に来ることになった人もいます。

 

  そんな様々な境遇の人たちが、はじめは戸惑いながらも、日本人と

触れ合うにつれて、日本を理解し、やがて日本を「第二の故郷」と

呼ぶほどに好きになっていく過程が、本人の生の言葉で語られています。

 

日本人の私たちとっては、当たり前すぎて特に意識することのないような

些細な 事でも、実はすごく貴重で価値のあるものだったことに改めて

気がついたりします。そして私たち日本人同士では何気ない日常の生活

の中にも、外国人には新鮮でステキに思えることは沢山あるんだということに

思いが至ります。

 

 

令和元年9月20日

 

 私は、一人暮らしで話相手が居ないことから夕食時には

いつもテレビを見ながら、一杯やっています。

中でも、政治討論番組が好きで議論が白熱すると一瞬

飲むのを忘れて聞入ったりします。しかし討論中には、

必ず双方の言葉が噛み合わない場面が出てきます。

 

  質問する論者と答弁する論者の言葉がキャッチボール

されないのです。質問者がイエスかノーかを問いかけているのに,

答弁する側はそれには直接答えず,その質問に関連する

周辺状況の説明に終始するのです。

子どもが親に言い訳をしている姿と重なります。

 

  攻めと守りの立場は分かるのですが,テレビの後には

私のような沢山の庶民がその討論を見ています。

テレビ画面の後に居るこのようなモノ言わない庶民を念頭に、

明快で誰にでも分かるような堂々とした議論を期待したいものです。