人事労務日記~所長のつぶやき~ -157ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和元年10月25日

 

 歳を重ねるにつれてどんどんと増える「アレ」。

食卓の醤油瓶も、朝ドラのヒロインの名前も、仕事に

かせない大事な書類も、次から次へと「アレ」に“改名”

されて行きます。

   数年前のサラリーマン川柳に、

「オレオレと  アレアレ増える  高齢化」

というのがありました。

  

  サラリーマンを卒業して私ぐらいの年代になると、

友人との飲み会などで、

「あの、この前、俺が言ってたアレがさ、ほらアレだよ!

アレアレ!……えーと何だっけ?」。

……… こんな会話が増えるようになりました。

 

令和元年10月24日

 

  私は、いわゆるオジサンよりちょっと(大分?)年配の

ジイサンですが、今あちこちでジイサンの話題が出てきています。

きっと社会の一大勢力になったからでしょう。

 

  ところで、幾つからジイサンと呼ぶのでしょうか?

一般的には65歳からと言われていますが、昨今の長寿化などから

70歳とか75歳とか色々言われています。

 

  こんなところにも「嫌なこと(ジイサンとか呼ばれるのは誰もが

嬉しくはないはずです)は、白黒はっきりと決めないので曖昧にしておく

」という日本的な思いやりがあるのかもしれません。

 

 

令和元年10月23日

 

  中高生の活躍が、スポーツや芸術などで注目されています。

でも、中高「生」と一字違いだけなのに中高「年」サラリーマンは、

相変わらず会社では厳しい目にさらされているようです。

 

  字面を見ば分かるように、中高と中高年はたった1文字違い

でしかありません。“中高生のみなさん集まってエ~”などとイベントで

綺麗なおねーさんが声をかければ、きっと中高年が何人か混じって

(中にはわざと間違える人もいて)集まって来るでしょう。

 

  さらに広告チラシなんかで「中高生」を対象に訴求した場合、

多くの「中高年」が俺のことか、と思うに違いありません。

なぜなら、老眼だからチラシの文字の中高「生」が中高「年」

見えるからです。

「中高生と中高年」、この一字の違いは、私の経験からしても

年配者には裸眼では判別し難いのです。

 

令和元年10月22日

 

   春は桜が咲き誇る靖国道路の街路樹も今はすっかり

黄色くなって、次々と葉を落とすようになってしまいました。

そんな木々を眺めながら、最近私は毎日のように

「本当に時間の経つのは早いなぁ!」とつぶやき乍ら、

過ごしています。

 

  時を経るにつれ、私の頭も段々とくたびれてきています。

新しいことには一向にフル回転しないのに、昔のことを

思い出すときには一気にフル回転するようになってきました。

 

  そんな頭で、もう年金生活に入っているサラリーマン時代の

友人たちのことを、昔の顔を思い浮かべながら

“あいつは今は何をしてるんだろう”と時々思い出したりしています。

 

令和元年10月21日

 

  残念なことに私は日々年をとって行きます。

年をとると物忘れが進むと言われていますが、

わたしの場合も日々物忘れが進んでいるような感じがしています。

 

  認知症なのかどうかは知りませんが(多分違います)、忘れに

至る途中を考えてみると「ぼんやりしたり、他のことに気をとられたり

している」ときに、前になにをしようとしていたかも忘れてしまうらしい……。

 

  若い頃なら、ぼんやりしても、何かに気をとられても、すぐに

その前に考えていたことを思い出せたものでした。

復元力があったのでしょう。

今はその復元力がだいぶ弱ってきて、いわば、ゴムが古びた

状態になってしまったのかもしれません。

 

令和元年10月16日

 

  電車の中は、さまざまな顔つきをした、さまざまの人が

乗り合わせています。

  私は、通勤はもとより顧客先訪問も殆どが電車を利用して

移動をしていますので、電車に乗る回数も普通の人より多く、

他人の顔を見る回数もきっと人よりも多いだろうと思います。

だから顔を見る技術にも年季が入り、達人の域に達しています。

 

  人に不快感を与えずに、その人の顔の特徴をつかみ、

その辿ってきた人生を勝手に想像します。

その後は目を閉じ、さまざまの人の顔を頭に浮かべながら

電車に揺られ、それぞれの人が辿ってきた人生に思いを巡らせます。

 

  そして、時々は目をつぶったまま眠気に襲われ、そのまま

うたた寝をして、目的駅を乗り越してしまいます。

 

令和元年10月15日

 

 先日は、台風19号の来襲で肝を冷やしました。

被害者の皆様の一刻も早い復旧を願っております。

 

  「退職後がたいへんだ」という思いは、中高年サラリーマンに

共通している懸念事項のようです。

でも、実際は、定年前でも中高年になると、もっと大変な目に

遭うこともあります。

 

 ごく一握りの役員や会社幹部にまで上り詰めつめられる人を除いて、

殆どのサラリーマンは、中高年に達すると間もなく、自分への会社の

評価がそんなに高くないことに気づかされてしまいます。

更に、その内のごく一部は「窓際族」(少し前のサラリーマン小説など

によく登場したあの「窓際族」です)に追いやられるという悲惨な目に

出逢ってしまいます。

 

人生は、中々自分が思うようにはならないようです。

 

 

令和元年10月11日

 

  今の時代は、高齢者の独り暮らしは、決して少数派とも

いえないようです。

ベストセラー『おひとりさまの老後』では、「高齢者の独り暮らしを

『おさみしいでしょうに』と言うのは、もう止めにしたほうがよい。

とりわけ、本人がそのライフスタイルを選んでいる場合には、

全く余計なお世話というものだ」と綴られています。

 

  私も子供の家族などと一緒に暮らすよりは、一人暮らしの方が

「キラクでいい」派です。

何といっても、一杯やりながらテレビタレントやコメンテータを誰にも

遠慮せずに大声でヤジれるのは痛快で、何よりのストレス発散法と

なっています。

 

 

令和元年10月10日

 

 人生とは、一つのドラマです。
人は生まれてから死ぬまでの間に、様々な事件や出来事に

遭遇します。
「平凡な人生」といっても、その人の人生にとっては大切な

事件やあっと驚くような出来事に出くわします。

 

  思いがけない出会い、結婚、辛い別れや会社での

同僚・上司などとの交流やいさかいなどその人を取り巻いて

多くの事件が発生し、そのそれぞれが人生ドラマの一場面

となります。勿論、そのドラマの主人公はその人自身です。

 

  上手く演じられる人もそうでない人も「自分のドラマ」で

「主人公」を演じるわけですから、悔いのないドラマにしたいと

一所懸命に演じます。

そして誰もが、ドラマ終演のとき、“あぁ、いい人生だった!”と

思いながら旅立ちたいと願っています………。

 

令和元年10月8日

 

  私の「朝遅い時間帯」の通勤電車の中では、ジイサン達が主役です。

ジイサン達は、もうサラリーマンを卒業した人が多く、通勤ラッシュ時を

過ぎたあたりから活動し始めます。

 

  最近はこの通勤時間帯でも、結構遅出のサラリーマンも多く、平日は

身動きするのも難しいほど混みます。しか~し!こんな満員状態でも、

優先席に座って新聞を広げて読んでいる「ジイサン」をときどき見かけます。

そしてその「ジイサン」が手にしているのは「○○スポーツ新聞」。

 

  新聞の下欄を見て行くにつれ、せり上がった新聞が座席の前に

立っている人のおなかを突っつく「新聞ジイサン」。

それでも周りを気にしているのか、ページをめくるときはガタンと電車が揺れて

前に立っている人がちょっと後ろに引っ込んだ瞬間を見計らって器用に

ページをめくるのです……

 

  周りの人の迷惑そうな顔や冷たい目なんて、一向に気にもしない

その神経のず太さは、流石に筋金入りの団塊世代だと感心もしています。