人事労務日記~所長のつぶやき~ -156ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和元年11月11日

 

 私は、電車に乗る機会が多いので、電車の中の様子には

人一倍敏感です。今一番気になっているのが、元気な年寄りです。

皆さん、定年退職はしたものの身体は元気いっぱいです。

でも、家にはいられないので、取り敢えず、暇つぶしのための外出を

電車に乗ってしているのです。

 

  リタイアしたとはいってもまだまだ身体は元気だし、気力も充実

しています。だから、何もすることもなく所在なげに家にずっといると

本人だけでなく奥さんも気が滅入ってしまいます。

 

  そういう「家には居られないので外に出かけた」人たちが、一日を何とか

無事に過ごして家路につくのが、早めの夕方で、丁度私の帰宅時間帯

と重なって、私と優先席の席取り競争を繰り広げているのです。

 

 

令和元年11月9日

 

  私はここのところ、色んな思いを心に抱き乍ら、オフィスと家

との間を律儀に往復する生活を過ごしています。

 

 「オフィスで仕事をして、顧客先を訪問し、仕事が終われば

家に帰る。

家に帰ってから風呂、食事、洋画(アマゾンプライム)などを観て、

そして寝る」という決まりきった単調な生活を、楽しいと思うこともなく、

悲しむこともなく、ただ淡々と繰り返しています。

 

 多分こんな生活を繰り返しながら、どんどんと齢をとって妻が待つ

あの世とやらに行くのだろうと思っています。

 

令和元年11月8日

 

  私はひと昔前の人民中国で、単身生活を送りましたが、

80年代初め頃の中国は、経済の改革開放体制が始まったばかりで、

外国に学ぼうという機運が一部(金融界等)で盛り上がりを

見せつつありました。

 

  自分たちの生活や習慣が外国人にどう見られるかも気に

するようになっていました。着るものも(特に外国人に会うときは)、

段々と人民服から背広に変わっていきました。

でも、その背広姿は借りてきた猫の風情で、ネクタイと全然

合っていなかったり、靴が薄汚れていたりと一目で中国人と

分かりました。

 

  今のブランドものに包まれた羽振りのいい中国人の姿からは

想像も出来ませんが、当時の姿はどこかユーモラスで憎めない

ような(私も同じようなものだったので)共感と懐かしさを覚えた

ものでした。

 

令和元年11月7日

 

  若いときには「大好きな彼と結婚したい!」、「

愛する人と人生を共にしたい!」……などと思う女性は

多くても、「結婚後のその先……」や「老後の二人の姿」を

具体的にイメージできる人は、そうはいないのではないでしょうか。

 

  ましてやそれが、「どちらかが先に逝くか」などということは、

なお更のことでしょう。

然し、現実問題として「二人一緒に旅立つ」ことは、ほぼ

不可能なことですので、いくら愛しあっていても、

「どちらかが先に旅立ち、どちらかが看取る……」ということに

なるかと思います。

そして多くの男性が、妻の方が長生きしてほしいとの

願望を持っているようです。

 

令和元年11月5にち

 

  サラリーマン社会では、ドンドン出世して行けば行くほど、

同期はもちろん社内の人間は皆ライバルになる訳ですから、

社内での本当の友人っていうのはドンドンと少なくなって

いくのかもしれません。

 

  他方、出世は遅いけれど本人がそれを余り気にして

いない人は、身から出るギラギラさもなく、何となく気楽に

付き合えるという感じを醸し出しているためか、周りから

好かれるということが あるようです。

 

  然し、サラリーマンで出世街道をひたすら走り抜ける人は

ひと握りで、大多数は「ほどほど組」で卒業して行きます。

そして、卒業後も結構気楽に付き合う友達もいるようです。

何事も「ほどほど」がいいのかもしれません。

 

 

令和元年11月4日

 

 今は実質的な定年は65歳と言われていますが、65歳から81

(自分で自由に活動できる齢)までの時間は、案外長いのです。

その時期をある人は「黄金の15」と呼び、別の人は「地獄の15

と呼びます。

 

  長い人生の締め括りの期間ですが「黄金の15」とすることが

出来る人は結構少ないようです。

“毎日やることがなくて困っている”、“一番自由な今が、却って

一番しんどい”、“家で居場所がない”、嫌な上司も居ないよりは

マシだった”、“このままの毎日が続くかと思うと、自分の人生は

何だったのかと思うときさえある”などなどと

辛い定年後を過ごしている人からの嘆き節が聞こえます。

 

令和元年11月2日

 

  長い時間を会社一筋で過ごしてきた元サラリーマンに対して、

退職後は会社の他に「自分の居場所を作れ」とよく言われます。

とはいっても実際に作ろうとすると、これがなかなかの難物です。

 

  定年退職しても暫くは、元同僚たちとゴルフに行ったり、

一杯やったりと暇つぶしにはそう困らないかもしれません。

でもそれらは長くは続きません。

暫く経つと元の同僚たちも、そうは付き合ってくれなくなるからです。

 

  定年退職してから随分経つ私の知人も、未だに

「自分の居場所」が作れず、困っている人も少なくありません。

 

令和元年11月1日

 

 遠い昔のサラリーマン時代を思い起こすと、イバリンボーの憎まれ

上司が帰ったあと、「やれやれ、俺たちも帰ろうか」と同僚と連れ立って、

駅の傍の居酒屋へよく繰り出したものでした。

 

  酒のつまみは、勿論上司の悪口。

ビールで乾杯し、暫く世間話をした後、二人で次から次へと上司やら

会社やら職場の人間関係、更にはジャイアンツの不甲斐なさまで、

思いつくままに悪口のオンパレードとなります。そしてときどき、

二人で笑い合うようになれば、気分も晴れるというものです。

 

  “浜の真砂(まさご)は尽きるとも、世にぼやきの種はつきまじ”と

誰かが言ってましたが、まさにその通りです。

 

令和元年10月30日

 

  「カールじいさんの飛ぶ家」というアカデミー賞

受賞映画がありますが、

この映画で印象的なのは、妻が毎日ネクタイを

締めてあげるシーンでした。

 

  ここのカットで一気に年月が経つのですが、

実際の人生もそうかもしれないぁと思いました。

 なにか特別なことが積み重なるのではなく、

ルーティンワークのような日々の積み重ねが人生

をつむいで行く・・・・。

して、その同じことの繰り返しを一緒に過ごす相棒こそが、

人生の伴侶である妻や夫なのだろうと思ったのです。

 

その人生の相棒が、突然に亡くなり一人になる悲しみ・・・・。

私にはカールじいさんの悲しみが心に響きます。

 

 

令和元年10月28日

 

  高齢者となってからというもの、私の日常生活上の不便さは倍旧の状態に

なっていますが、加えて手に持っている物を落とす頻度も、倍旧化してしまいました。

落としても腰を曲げて拾うのが厳しいので、まさに「泣き面に蜂」の思いをしています。

 

  持とうとして手で掴んだものが、頻繁にポロッ、ポロッと手からこぼれていくのです。

きっと手に脂がなくなったせいで、こぼれやすくなったんだろうと思っているのですが、

腰を曲げて、落とし物を拾おうとするとサッと腰に痛みが走ることもあります。

 

 “これじゃ、涙ポロポロ、物ポロポロだ。”と嘆きながらも何とか暮らしています。