人事労務日記~所長のつぶやき~ -155ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和元年11月26日

 

  令和元年ももうすぐ師走に入ります。

198918日から始まった平成は、2019430日に

幕を閉じました。

平成の時代は、期間としては64年まであった昭和の半分

以下になりますが、それでも約30年。
 

  私にとっては、「サラリーマン退職→→起業そして、

妻の5年間にわたる闘病と他界」と人生でもっとも苦闘

した時期でありました。
 

  今後令和の時代はどうなっていくのか分かりませんが、

私は「昭和→→平成→→令和」と3つの時代を慌ただしく
駆け抜けることになります。

 

   今は、我が人生の青春期、壮年期と最も盛んな時期を

過ごした「昭和」の時代を「いい時代だった」と懐かしく

思い出しています。

 

令和元年11月25日

 

   私も今までの人生で随分辛い思いもしましたが、

そんな時は“後できっと良い事がある、何とかなるさ”と

自分自身を納得させて何とか過ごしてきました。
 

   “その内なんとかなるさ”、“後できっと良い事がある”

といったおおらかな心の持ち方や気持ちの切り替えが、
辛い人生を生き抜いて行くためには必要なんだなと

人生を達観(諦観?)できる年代になって改めて思ったり
しています。

  

   「人生はケセラセラ」

 

 

 

 

 

令和元年11月23日

 

  私は最近よく「ケセラセラ」の歌を口ずさみます。
「ケセラセラ」とはスペイン語で「なるようになる」という

意味だそうです。

  

   私が中学生の頃、流行ったヒッチコック監督の映画

「知りすぎた男」の主題歌で当時の有名女優ドリス・デイが
歌った「Que Sera、Sera」が元だとされています。
「・気にしたってしょうがないのよ、なるようになるわ。
   ・未来のことは誰にも分らないの、だからなるようになるわ。」
良い歌詞だと思います。

  私も今までの人生で随分辛い思いもしましたが、そんな時は
“後できっと良い事がある、何とかなるさ”と自分自身を

納得させたものでした。

 

令和元年11月22日

 

  最近は、高齢者問題が何かと世間の注目を集めています。
高齢者の養護問題は深刻です。
社会では、増加する高齢者の生きる生活を支えるための十分な

養護体制を持ち合わせていません。

 

  といって、別の生活基盤を確立してしまっている子供の家庭に

入り込むことも難しく、結果として不適切な養護施設での不十分な

生活状況を強いられたりしてしまいます。
核家族化という暮らし方が進んで来た上で、急速な高齢化が進展

したため、新しい問題が深刻化しているのです。

 今まで精一杯に働いて家族を養い、社会に貢献してきた人たちが、

高齢化という誰もが通る道に嵌ってしまって、身動きがとれなくなって

しまうというのは、余りにも悲しい現実です。

 

令和元年11月19日

 

  ローパー社員とは、「ロー・パフォーマー社員」の略で、

周囲の期待通りに働かず、企業に利益をもたらさない

「ダメ社員」のことを指すそうです。

 

  普通に働かないローパー社員は困ったもんですが、

そういう社員目立つのは「オレオレタイプ」だそうです。

その特徴は、「仕事力が弱く、先の展望もないのに

『オレはできる』との思い込みだけは激しい。

失敗はすべて他人や環境のせいにする。

そして『上司が悪い』が口癖で、自分のことを認めない人を

徹底的に攻撃する」のだそうです。

 

   こういうタイプは、私のサラリーマン時代を思い起こしても、

何人かいました。

今でも、昔のままの「あの偉そうにした」したり顔が頭に浮かんで

来ます。

 

令和元年11月18日

 

 “辛い思いをすると、後できっと良い事がある”と

自分自身を納得させたり、自分に言い聞かせたりします。

人間はそれほど強い生き物ではないので辛いときは

そう思うのがいいと思うし、それで何とか救われる

のではないかとも思います。

 

 月日が過ぎたとき、その思っていたような良い事は

いつまで経ってもやってこないかも知れません。

でも、月日を経て、“昔の辛いことを振り返る心の

ゆとりを持てること”自体が、もう良いことかも

知れないのです。

 

令和元年11月16日

 

   あるネットサイトで、会社を「辞めない理由&辞めたい理由」を

項目別にランク付けしたところ「辞めない理由」の得票数に対して

「辞めたい理由」の得票数は約5倍の差があったとのことです。

 

  これにより、どれだけ多くの人が、会社や上司などへの不満を

抱えたまま「我慢がまん」のサラリーマン生活を続けているのかが

窺えるというものです。

 

因みに「辞めたい理由」のダントツ1位は、「人間関係」でした……

今も昔も「人間関係」は難しいようです。

令和元年11月15日

 

  最近は、一人晩酌を楽しんだ後、食器などの後片付けや

歯磨きやらの面倒くさいことをサッサと済ませてから、ソファーに

陣取って、ウィスキーをチビチビ舐めながらテレビを眺めるのが

楽しみとなりました。

 

  でも、眺めているうちにテレビをつけたままソファーで、

うたた寝することも多くなりました。

勿論、そのまま朝まで寝ることはありません。夜中にテレビの音に

驚いたり、首が痛くなったりして目が覚めるのです。

そして、“あぁ、首が痛い!”と言いながらベッドに潜り込んで一日が

終わります。

 

 何ということもないこんな一日を過ごしながら、毎日齢を取って

行きます。

 

令和元年11月14日

 

  世の中には、いつも「運のいい人」と、 いつも「運の悪い人」がいます。

人は生まれながらにして、生まれきた時代や生まれた場所に始まり、

受験や就職、結婚などなど、運に影響されてしまう場面に

出会いながら生きて行きます。

 

  そんな不確定要素が多い人生で「運がいい人」が、いつも運に

恵まれているように見えるのは、なにも「風任せの運」だけに

頼っているわけでもないようです。

きっと運が試される場面でなくても、人には見えないところで

血の滲むような努力を積み重ねているのだろうと思います。

 

 「運も実力のうち」とは、もう随分昔の私のサラリーマン時代に

よく聞いた言葉です。

 

令和元年11月13日

 

  村上龍氏の書いた小説に『55歳からのハローライフ』があります。

作品に登場する人物たちは55歳になってはじめて直面する「社会」、

「世間」、「夫婦」の現実に触れて、戸惑い、混乱します。

 

  “こんなはずじゃなかったのに”主人公たちは、「55歳」が、

「青春時代」などとは比べものにならないほど過酷なものであることを

思い知らされます。

 青春時代は、未だ「やり直しが利く」という可能性を信じて、

乗り越えることができます。

 

  然し「やり直し」が利かない55歳ともなると、歩んできた道が間違って

いたと認識したとしても、もう後戻りができません。

生きるための辛い決断を迫られてしまい、

“こんなはずじゃなかったのに”と嘆くのです。