人事労務日記~所長のつぶやき~ -138ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和2年8月14日

 

  65歳で会社を定年退職してから81歳(自分で自由に活動

できる平均的な年齢)までの時間は、案外長いのです。

  その時期をある人は「黄金の15」と呼び、別の人は

地獄の15」と呼びます。

 

  長い人生の締め括りの期間ですが「黄金の15」とすることが

出来る人は結構少ないようです。

“毎日やることがなくて困っている”、“家で居場所がない”、

“嫌な上司も居ないよりはマシだった”、“このままの毎日が続くかと

思うと、自分の人生は何だったのかと思うときさえある”

 

  などなど辛い定年後を過ごしている人からの嘆き節が聞こえます。

 

令和2年8月13日

 

  私は高齢で障害もあるので、電車に乗るときは優先席

に座ろうとしますが、この優先席では、「席に座ろうとする人」

の間で様々なトラブルが繰り広げられています。

 

   こんなトラブルがありました。

「優先席に座っていた女子大生の前に、乗り込んで来た70代位

の人が寄ってきて、いきなり“ここは若者の座る場所じゃないんだよ!”

と注意しました。イヤホンをしていて聞こえないフリをしていた女子大生が、

更に注意されると、突然立ち上がり“うるさいんだよ、ジジイッ!”と

言いながら、その人を突き飛ばすように席を立って飛び降りていきました。

でも、その爺さんはすかさず“なにっ”と呟きながら女子大生を追いかけて

電車を降りて行きました。」

 

 その後は、どうなったかは分かりません。

何しろ二人とも“人の言うことなんか聞くもんか”との雰囲気を醸し出して

いましたので、プラットフォームで口論を続けたのかもしれません。……

 

令和2年8月12日

 

  コロナウィルスが猛威を振るっています。

家に帰ってテレビをつけると「新型コロナウィルス」のニュースが嫌でも

飛び込んできます。熱心に見ていると“今ちょっと熱っぽいかな?

大丈夫かな?”と却って心配になってしまいます。

 

  人を見たら泥棒と思えという故事を思い出します。

コロナウィルスは健全な社会生活を営んでいる普通の人を

密かに感染させ、ある日突然に危険な人に変貌させてしまいます。

 

  実に嫌な時代になったものです。

 

令和2年8月11日

 

  サラリーマンは偉くなった方がいいのか、そこそこで

終わるのがいいのか、どちらが良いのかは一概にいえませんが、

一つだけはっきりしていることがあります。

 

 それは、いつまでも「会社に居続けることはできない」という

ことです。オーナー経営者でない限りいくら偉くなってもいつかは

会社を離れざるを得ません。

 

  会社を離れたらサラリーマン時代の地位は何の関係も

ありません。だから高い地位にあった人ほど、定年によって

感じる喪失感は大きいものかもしれません。

 

令和2年8月8日

 

  人は「忘れる」ことが出来るため、何とか平穏に人生を

生きられる」と言われています。

 

  嫌なことはさっさと忘れることです。いつまでも覚えていたら,

辛くなります。

「嫌なことはさっさと忘れて、のんきに暮らす」。

この気楽さがあるからこそ、人は苦しい人生も何とか生きて

いけるんだろうなと思っています。

 

  私は、毎日「今日も一日、ご苦労さん」

と自分で言って晩酌を始め、嫌なことは忘れるようにしています。

 

令和2年8月7日

 

  残念なことに私は日々年をとって行きます。

年をとると物忘れが進むと言われていますが、わたしの場合も

日々物忘れが進んでいるような感じがしています。

 

   忘れに至る途中を考えてみると「ぼんやりしたり、他のことに

気をとられたりしている」ときに、前になにをしようとしていたかも

忘れてしまうらしい……。

 

   若い頃なら、ぼんやりしても、何かに気をとられても、すぐに

その前に考えていたことを思い出せたものでした。復元力があった

のでしょう。

今はその復元力がだいぶ弱ってきて、いわば、ゴムが古びた状態に

なってしまったのかもしれません。

 

令和2年8月5日

 

  最近、私はよく手に持っている物を落とすようになりました。

持とうとして手で掴んだものが、なぜかポロッ、ポロッと手から

こぼれていくのです。

 

  きっと手に脂がなくなったせいでこぼれやすくなったんだろうと

思っているのですが、物を落とすと、痛む腰を曲げて、自分で

拾わなければならないため、ついついイライラしてしまいます。

そして傍に誰もいないのに、一人で「暴走シニア」並にキレて

悪態をついたり、“勘弁してくれよ”と泣き言を言ったりしています。

 

  こんな毎日を過ごしていると、きっとストレスで早死(?)

にするでしょう。

 

令和2年8月4日

 

  年をドンドン取って行くとそれに連れて楽しみも

ドンドン減って行きます。

 ドンドン減ってしまったなか、私の今一番の楽しみは、

仕事を終えて家に帰ってからの晩酌です。

 

  家に帰り、風呂に入って一息つくと晩酌を始めます。

時々出演者やコメンテーターの悪口を言いながら

楽しんでいます。

晩酌が終ると後片付けと戸締りをして、ベッドに横になりながら、

アイパッドでアマゾンのプライム洋画を楽しんで一日が終わります。

 

こんな何ともない毎日を過ごしながら、ドンドンと齢をとってます。

 

 

令和2年8月3日

 

  人生を長く歩いてきた私は、最近つくづく「結局人生って、

楽しいと思って過ごした者勝ちだな」と思うことがあります。

 

  勿論生きている限り、楽しいことばかりが起きるはずはありません。

辛いことや悲しいこと、嫌なことだって沢山起こります。

でも、辛いことや悲しいことなどは直ぐに忘れて、嬉しいことや楽しいこと

だけを反復反芻し、余韻を楽しんで生活すれば、結局

「その人の人生は楽しいもの」になるんではないかと思います。

 

  「楽しいこと」が起きるのをただ待ったり、見つけようとするのではなく、

今、現に起きていることを「楽しんで受け止めよう」という心構えです。

 

令和2年8月1日

 

  子供の頃、「♪村の渡しの船頭さんは今年60のお爺さん,

歳はとってもお舟を漕ぐときは・・・・」という童謡を何の不思議も

く歌っていました。

 

 然し、自分が60歳になった頃は、“何で60歳が爺さんだ!

100歳を超えた人も珍しくないというのにふざけるな!

俺ならギッチラ・ギッチラじゃなくてシャッシャカ・シャッシャカと櫓を漕ぐ”

と憤慨しました。

 

 でも、その後年月が経つにつれ心身の衰えを自覚するようになり、

今はやっぱり、“ギッチラ・ギッチラと櫓を漕ぐのも無理かな”と思っています。