人事労務日記~所長のつぶやき~ -106ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和4年2月2日

 

  私たちはある一定の年齢を越えると、「歳を取ること」を

ネガティブに考えがちです。

「高齢者の仲間入り」した後は、齢を重ねる毎に体力は

落ちますし、年金暮らしに入れば収入も減ります。

そして何よりも社会との関わりそのものが薄れてしまったような

心細い気持ちにもなってしまいます。

 

  「年をとる=多くのものを失う」という負のイメージを強く

持つ人は、誕生日が来ると「祝う」というよりも「また齢を

取ってしまうのか」という「不安な」気持ちの方が勝るように

なってしまいます(私もそうですが……)。

令和4年1月31日

 

  ある日の帰りの電車は、4人がけのボックス席でした。

私の隣りの席に座っていたお酒の匂いのするおじさんが、

いきなり自分の前の席に座っていた女の子に話しかけたのです。

 

  “それ、なかなかきれいだね”。おじさんが声をかけたのは、

二十歳ぐらいの女の子でした。その子が手に持っていた

スマホのストラップに羽根飾りみたいなものが付いていて、

その羽根飾りに対する感想を述べたらしいのです。

 

  いきなり声をかけられた女性は、全く無視するのも悪いと

思ったのか、“あ、はい …… ”と、殆ど消え入りそうな声で

応えていました。

 

  その女性は、更に図々しく話しかけようとするおじさんに、

煩わしを感じたのか、次の駅でサッサと降りて行ってしまいました。

おじさんは、降りていくその女性の後姿を、ただ残念そうに

見守っていました。

令和4年1月29日

 

  人は、他人の言動により影響を受けます。

笑っている人と一緒にいると思わず笑いが出てくるし、

つまらなそうな人と一緒にいるとやっぱり自分も

つまらなくなってしまいます。

 

  職場でも、堂々として信頼感のある上司の下では

部下たちも安心して仕事ができますが、いつもカリカリ

しているような上司だと、職場全体もカリカリして

息苦しくなってきます。

 

  こんな風景は日常的にどこにでもありますので、

ほとんど「人の世の常」と言ってもいいくらい

当たりはずれのない現象とも言えるでしょう。

 

令和4年1月26日

 

  私はもう立派な「高齢者」ですが、「高齢者」

呼ばわりされることには抵抗があります。

だから、物を購入しようとするとき女店員から“

「シニア」の方にはこちらがお勧めです”と言われると

気分が良くなり、ついつい買ってしまいます。

 

  実際に「高齢者」と見られると普通の商取引

でもスムーズには行かないのです。

薬屋で風邪薬を購入する際に「この薬の服用は

医師に相談するように」と言われたり、

クレカで支払うとすると「このカードの使用には

暗証番号が必要ですが、大丈夫ですか?」と言われたり、

まるで認知症老人扱いをされてしまいます。

 

 「高齢者」も大変なのです。

 

 

令和4年1月25日

 

 “もういい加減にしてくれと言いたいほど相変わらず

コロナが猛威を振るっています。一時は収束も近いと

期待する時期もあったのですが、コロナは「オミクロン株」に

変異して急速に感染を広めています。

 

  これを抑えるために国民にワクチン接種と行動の自制を

求めるのは当然ともいえるのですが、行動の自制には

経済の落ち込みを伴うことが頭の痛いところです。

 

  日本の「外国人の新規入国の原則停止」などの

厳しさは突出していると言われます。

もう23周遅れの日本経済の地位が更に低下すると

懸念する声も出ています。

令和4年1月21日

 

  明治時代の財界リーダーだった渋沢栄一氏の言葉として、

「四十、五十は鼻たれ小僧、六十、七十は働き盛り、九十に

なって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」が伝えられています。

 

  明治時代の平均寿命でいうと、たぶん4050歳代は

現在の年齢にすると、8090歳代にあたるでしょうか。

反対に現在の7080歳代は明治時代では3040歳代と

正に壮年期になるのかもしれません。

 

  私なんかは身体のあちこちにガタが来て、ヒーヒー言いながら

生きていますが、明治時代なら未だまさに壮年期の真っ最中。

だまだ頑張らなければならない(のかな?)。

令和4年1月20日

 

  「老後」という言葉があります。よく考えてみると、

何とも理解し難い言葉です。
サラリーマンが、定年間近になると話題にする「老後を

どう過ごそうか?」というときの老後は、定年後のことを

言っているようです。

 

   八十歳半ばを越えたお婆さんが、野良仕事を

しながら亡夫の遺族年金や息子から貰うお小遣いを、

せっせと貯金している理由が“老後の為”だそうです。

 

  既に十分に「老後」と思われるこのお婆さんの「老後」とは、

一体いつのことを言っているのでしょうか?

この人の考える「老後」とは、やはり働けなくなってから後の

ことなのかもしれません。

働いているうちは、幾つになっても、まだまだ「老後」では

ないのでしょう。
 

令和4年1月18日

 

  部下を悩ませている「問題管理職」も居るようです。

「口だけ達者で行動しない」、「あいまいな返事を返す

ばかりで実は何も聞いていなかった」上司の言動に

振り回されたり、嫌な気分にさせられたりした結果、

部下の心が離れてしまうケースも残念ながら存在

するようなのです。

 

  どうせ仕事をするのなら前向きに取り組みたいと

思っている部下の気持ちを踏みにじる言動などにより

チームワークを乱す上司は、部下にとっては困った

存在です。

令和4年1月15日

 

  「列に割り込み、注意した人に暴力を振るう70代男性」……

今回のコロナ禍では日本全体が緊張感につつまれるなか、

一部の高齢者による地域社会でのモラル無視の行動に対し、

「暴走老人」などといった批判が生まれ、新たな火種と

なりそうな状況です。

 

   私も、先日いかにも偉そうな風体をした70代の高齢者が

スーパーのレジの列を無視して割り込もうとしたので注意したら、

イラついた顔で睨まれちぇっと舌打ちをされてしまいました

(勿論、後ろの順番に並び直していましたが)。

困ったもんです。

令和4年1月13日

 

  私は今でも急速な時代の流れに「置いてきぼり」に

されつつありますが、今、最も心配していることは、

今後「IoT」などというモノのインターネットがどんどん

普及して来ると、高齢だから分かりませんでは

生きて行くのが大変になるかもしれないということです。

 

  今までは「スマホもパソコンも使えません」で

済んでいても、冷蔵庫や洗濯機やエアコンなども

インターネットにつながる時代になれば、「使えません」

では済まなくなるかもしれないのです。

 

  「時代に置いて行かれる人は、生活できません」とは

ならないにしても相当不便にはなるかもしれないと

覚悟した方がいいかもしれません。