鹿児島では、きびなごのランチ

福島では、こうなごのランチ

心配なのは、コロナ後のランチ

 

なんとも情けない駄洒落の書き出しをご容赦願います。

こうなごとは小女子と書くそうで、ますます食べたくなります。(魚のことです、誤解無きように)

 

最近は、駅の立ち食い蕎麦屋さんのシャッターが下りていたり、

訪問時にお世話になっていた社員食堂とは疎遠となり、

出張の時はよく立ち寄った手軽な食堂にも行く機会がなく、

コロナ後に、以前の日常が戻るのか少しばかり心配になります。

 

特に気がかりなのが社員食堂。

日本企業の良き文化ですが、テレワークが行き渡ると消滅の危機。

 

撮りだめたスマホの写真から3年前のランチをふり返ってみます。

 

よく伺った社員食堂のメニュー。

『この価格でこの内容』ソニー損保のCMより先を進んでいました。

 

ある日のランチ、

社員食堂だけにトレーに本日の料理・味噌汁・ご飯が並び、横には給茶機のお茶。

 

 

空港のじゃこ天うどんにいなり寿司。

 

空港にあるフードコートのかつ丼、味噌汁とたくあんに給茶機のお茶

 

出張サラリーマンオヤジの切なる願いは、3年前の日常に戻ることです。

Shane come back

Lunch come back

手頃で手軽で気楽なランチは日本の文化です。

 

Web会議にしょっちゅう召集される在宅勤務。

 

Web会議の招集メールを、召集令状とかアカガミなどと呼んで、

暗に参加を遠慮したい気持ちを表したりすることも。

 

そのWeb会議にギリギリ間に合った参加者が、

開口一番『ゲキチャでサテライトオフィスから参加します』

 

サテライトオフィスから参加はわかるけど、ゲキチャって何 ?

劇的にウマイお茶 ? 、でもギリギリ間に合うのとは関係ないし ?

激しくチャットすること ? 、でも急いでいる時はチャットなんてしている暇ないし ?

 

頭の中が ??? だらけで、もともと、前向きでなかった会議にサッパリ身が入りません。

 

会議の裏画面で Google検索したところ、どうやら、

『自転車を激しくこいで間に合った』ということのようです。

 

ゲキチャとはうまいこと言ったものと感心している内に会議は無事終了。

ゲキチャでの参加者の最後の一言は、『これからユルチャで帰ります』。

 

ところで、『ゲキチャ』は、札幌独自の表現かと思いきや、どうやら全国共通のようです。

オッサンはついていけません。

 

 

 

 

 

雨の日が続いています。

 

誰が言ったか、『もうはまだなりまだはもうなり

株価や競馬で使われる言葉だそうですが、雨にも当てはまりそうです。

もう止むだろうと思うと、まだまだ降り続く、

まだまだ止まないと思うと、もう止んでいることも。

 

止んだと思って傘をたたむそばから、また降り出してくることも。

まさに、振り出しに戻る。

 

天邪鬼(あまのじゃく)な雨です。

雨だけに、アマノジャクではなく、雨邪鬼(あめのじゃく)と致しましょう。

 

とまあ、着地点が定まったところで、今宵はこれにて失礼します。

 

蒸し暑い日々、欠かせないのが、団扇ハンカチ

 

駅のホームで団扇、会社に着いてまず団扇、居酒屋でとりあえずビールの前にまずは団扇。

外出控えめのコロナ禍では、風呂上がりの団扇。

 

優雅さでは扇子も、風量と手軽さでは団扇に軍配。

 

団扇と言えば、四国の丸亀団扇、丸亀はうどんだけじゃありません、

団扇であおぎながら、アツアツのうどんをいただくのも一興か。

 

 

団扇で涼をとりながら、ハンカチで汗をふくオヤジ。

そうです、ハンカチオヤジです。間違ってもハンカチ王子ではありません。

 

この季節は、タオル地のハンカチがよろしいようで。

タオルと言えば、丸亀と同じ四国の今治のタオル

 

 

団扇とハンカチで、蒸し暑さを乗り切りましょう。

 

今日は、もしかすると今年一番の蒸し暑さか。

今はあまり使われない不快指数ですが、関東地方は軒並み80以上。

69の札幌は大したもの。

さすがは梅雨がない北海道、ゴキブリがいない北海道。(最近は ? ですが)

 

こうムシムシすると、

蒸し器の中の 豚まんふかし芋 の気持ちがよくわかります。

 

七夕の織姫と彦星は曇天の夜空でさぞや残念無念・不快指数頂点のことでしょう。

ソーシャルディスタンスの逢瀬は来年ということになりそうです。

 

織姫乙姫を勘違いしているオジサンがいますが、

乙姫は竜宮城、織姫は七夕ということで、

どうもオジサンは姫なら、とりあえず誰でもいいなんてことになるもんで、いけませんな。

 

ウォシュレットについている音姫なんてのもあります。

 

蒸し暑い今宵、またまた、どうでもいいことを書いてしまいました。

 

 

Bewitched とは、魔法をかけられたように魅了されたことを言い表しているとか。

雨に魔法をかけられることはありませんが、雨に気持ちが左右されることはあります。

 

雨の宵は、雨に気分を左右されるのではなく、

リチャードロジャース(Richard Rodgers)の名曲『Bewitched』を静かに聴きながら、

想いにふけるのも、これまた雨の夜ならではのこと。

 

エディヒギンズ(Eddie Higgins)とオスカーピーターソン(Oscar Peterson)のピアノの調べ。

同じ曲が、ミュージシャンの個性で、それぞれ味わい深い旋律に。

 

 

 

1941年に作られた『Bewitched』、まったく色あせせません、いいものはいい、

19XX年に生まれたオッサン、すっかり色あせています。

年齢と体重は確実に増加し、毛髪は着実に減少しています。

 

雨への警戒が続く日曜日に思うことをメモに。

 

子供のころ、『上から読んでも山本山、下から読んでも山本山』というCMがありましたが、

先日取り上げた新聞紙も『右から読んでもシンブンシ、左から読んでもシンブンシ』

 

 

上から読んでも下から読んでも、右から読んでも左から読んでも、同じになる回文について、

 

ところで、観客数が制限され、無観客になるかもしれない東京オリンピック。

これがわかっていれば、思い出がつまった国立競技場を残してもよかったかもしれません。

耐震の問題があったのかもしれませんが。

 

歴史ある建物を壊して、無味乾燥な高層ビルにすることが果たして有益なことなのか。

コロナ禍であらためて考えさせられます。

 

昭和40年代後半であったと思うのですが、

朝8時前後の東横線に各駅停車・高島町行きという電車がありました。

 

当時の東横線は、渋谷から横浜を結び、その先、高島町を経て桜木町が終点。

高島町は代官山と同じように終点手前の駅でしたが、

代官山はひなびた駅、高島町は寂れた駅という印象でした。

 

東横線の横浜~桜木町の間が廃線となり、東横線・高島町駅は忘れ去られつつありますが、

何故、わざわざ終点手前までの高島町行きがあるのか、

と疑問をもったことを、ふと思い出すことがあります。

 

ところで、この旧高島町駅から徒歩数分のところに、『三菱ドック踏切』という踏切があります。

 


 

旧東横線と京浜東北線の高架下を並走する貨物線の踏切。

単線をわたる歩行者専用の小さな踏切ですがそこそこ利用者を見かけます。

 

踏切の手前に温故知新と称した案内が掲示されています。

ここが、港の繁栄をになっていた三菱重工・横浜造船所正門前であったことが記されています。当時は通勤する勤労者で、この踏切もにぎわったことでしょう。

 

 

おそらく、東横線・高島町駅からの通勤者も少なくなかったのでは。

もしかして、その通勤者の便を考えたことも、高島町行きが存在した理由かもしれません。

 

温故知新そのままに、今は造船所や工場群からはすっかり様変わりして、

踏切の先には、ランドマークタワーがそびえ、同じ三菱重工でも三菱重工ビルが見下ろしていて、わずかに、ランドマークタワーの横に保存されているドックヤードが当時のよすが偲ばせています。

 

踏切や兵どもが夢の跡

 

 

通勤電車でスマホを眺める姿が当たり前になり、新聞を読むオジサンは希少な存在に。

かくいう自分もその一人です。

 

とはいえ、新聞紙重宝された頃もありました。

 

梅雨時や台風シーズンに、雨に濡れ水がしみ込んだ靴で帰宅した時は、

新聞紙をまるめて靴に入れて水分を吸い取らせたものです。

これがなかなか効果的でした。

雨が続く、ここ数日は、正に新聞紙が大活躍したかもしれません。

 

レジ袋が普及する前は、八百屋さんや魚屋さん、花屋さんなどで買ったものを包み込むのに新聞紙が活躍したこともありました。

 

ゴキブリやハエを叩く時にも、まるめた新聞紙が使われました。

 

雨が降り始めて傘がないときは、新聞紙を頭にかざして走りだすことも。

 

ポケットの小銭で買うことができて、読むだけでなく、日々の暮らしで便利に使われた新聞紙。

定期購読すれば、雨の日も風の日も毎朝必ずとどけてもらえます。

 

そうそう、新聞を読むとインクで手が汚れるものですから、手洗い励行の一助にもなります。

 

時代の流れで見かけなくなりつつあるものの中には、一概に無用の長物と言い切れないものもあります。

なくなって有難みがわかるもののひとつかもしれません。

どこかオヤジに似ているなんて考え過ぎ ??

 

 

ボタンとリボン(Buttons And Bows)、ダイナ・ショア(Dinah Shore)が歌う軽快なメロディー。

 

都会はいいなあ~、都会じゃボタンや蝶結びで洒落こむのにな~

本社から地方支社へ異動したサラリーマンが、いつからまた本社かな~

なんて心境を明るく歌にした感じです。

 

 

Buttons And Bows と歌われるところが、『×点坊』に聞こえて、

試験前の一夜漬けをしながら聞くラジオの深夜放送でこの曲がながれ、普段から勉強しておけば良かった、と反省させられました。

 

この曲が挿入された映画『腰抜け二丁拳銃』が公開されたのは1948年、

その曲が何十年も経って試験勉強中に反省を促し、更に何十年も経って思い出としてよみがえるとは、明るくサラリとしているところが却っていいのかもしれません。

 

ダイナ・ショアという人は、アメリカのゴルフ・メジャー大会の名前にもなったことがあり、その代表曲同様に、記憶の中に生き続けています。

 

ボタンとリボン、

文旦とザボン(駄洒落で失礼)、

ビールとおでん、で聞きながら一夜漬けした頃を懐かしむ。