今日のNHKの番組”スーパープレゼンテーション”を見ていて、現在の人間関係、社会の中での人とのつながり方、身近な人との接し方、そして、現代社会における人と人とのつながり方について、色々考えるものがあった。


 番組の中でシェリー・タークルは、「テクノロジーの発展と共に広がる孤独感」や「本当のコミュニケーションとは?」などについて語っていた。彼女は、メールなどではなく、実際に人と向き合って話をすることが、大事であることを語った。人は、人とつながっていないことを孤独に思うのだと。信号待ちをしている短い間にでも、何かにつながろうと携帯を見ると。ロボットの小さなアザラシにさえ話しかけ、反応が返ってきたら癒しを受けるのだと語った。


 そういった彼女のプレゼンを聞いて、自分や現代社会に照らし合わせてみた。確かに、自分もそういうところがある。一人でいる時はたいてい、テレビやパソコンや携帯や映画や音楽など、人とのつながりを感じるものに接している。自分の好きなものがそこにはある。魅力的なコンテンツがそれだけ充実しているのもあるだろう。と同時に人を感じている。社会においても、若者の携帯依存が問題視されている。


 シェリー・タークルは、一瞬でも一人になれば孤独に感じることは病気であるようなことを言ったが、多かれ少なかれ、その傾向は誰にでもあると思う。


 テレビやゲームやインターネットや携帯は、誰とつながっているのだろう。どれも、離れた所の多くの人々とつながることができる。テクノロジーの発展なくしては、できない素晴らしいことだ。しかし、身近な人でないことが多いだろう。より楽しい所を求めて、”そちら”と”バーチャルコミュニケーション”をとろうとする。


 では、実際の身近な人との関係、”リアルコミュニケーション”はどうだろうか。やっぱり、コミュニケーションは、どちらかが多くなり、他方は少なくなってしまうだろう。テクノロジーの発展に湧き、多用し、面白いコンテンツが充実した現状が続くと、増々”リアルコミュニケーション”から離れ、身近な人との楽しい関係の持ち方も下手に、無知に、苦手になってしまうだろう。リア充でなくても、孤独を埋めてくれるものが十分にある。


 上の年代の人から見て、今の人間関係が希薄になってしまったと感じられているのは、こう考えてくると納得できるような気がする。晩婚化、少子化という現象の原因も、不況ではなくて、ここに根源があるように思える。不況は、安くて簡単に入手できるコンテンツに拍車をかけているかもしれない。リアルな人との付き合いが苦手な人が増えている。”リアルコミュニケーション”に奥手。そこから逃げて、”バーチャルコミュニケーション”にはしる。


 私は、電子工学を勉強していたし、科学技術のさらなる発展を期待している。と同時に、この問題も、増々進行していくだろう。この現状に気付き、身近な人へ、意識的に関心を向けていくことが大事ではないだろうか。人は元々、社会的な行動を取る生き物だと思う。だから、この難しい時代だからこそ、外と内のバランスを意識してコミュニケーションを取っていくことが必要だと思う。

 総選挙に向けて、各政党間の討論会がテレビをにぎわしている。今朝の、日テレの”朝まで生テレビ”をずっと見ていた。いつもなら、こういう討論会は、見ていて、ところどころ飽きてしまう。話がまとまらなかったり、あいまいな話しかしなかったり、ごちゃごちゃした意見のぶつけ合いになっていたり、納得のいくところまで話をつめられなかったり…というのが最後まで続くからだ。でも、今回は違った。


 今回はじめて”朝まで生テレビ”をちゃんと見た。というか、おもしろくてはまってしまった。田原総一郎さんの司会がすごすぎた。テレビの討論会において、こんなに司会がすごいと思ったのは初めてだ。性格的に彼のことは、あまり好感を持っていなかったので、今まで彼のことを軽視していたのかもしれない。


 笑っちゃうくらい、鋭い司会というか。あいまいとか中途半端が嫌いな人なんだなと思った。そして、あの性格から、政治家に対してもほとんど遠慮がない。遠慮なんかしてたら本質的な議論ができないからな。政治家があいまいだったりはっきりしないことを言っていると、政治家が何を言いたいのか最後まで問い詰めて、「結局こういうことなんでしょ?」というところまで持っていく。最後まであいまいなことを言っていると、「だめだ、この人よくわからない。」と切り捨てる。彼の前では、政治家は丸裸にされてしまう。理屈に合わないことは、暴露されてしまう。「あなたの言っていることだと、こういうことになっちゃうけど、いいの?」というふうに言われて、「だめです。」と小声で一言、無言になっていた。これには、テレビの前で大うけしてしまった。こんな感じで、他にもいっぱいうけてしまった。


 バラエティには向いてないかもしれないが、政治家の討論会の司会は、もはや彼にしかつとまらないとまで思った。それぐらい、他の司会者とは、格が違う。今まで見てきたものも、これまでは良い評価もしてきたが、あれを見ちゃうと、他のがぐだぐだの司会に見える。今朝は、他の2番組でも討論会をやっていたが、やっぱりぐだぐだに見えた。連続で出演していた政治家もいたので、徹夜なんだなあと思った。自分もそうだけど。


 私はもう、彼の司会じゃないと、政治家の討論会は満足できないかもしれない。

 自民党安倍氏が景気回復に積極的金融緩和策でのぞむ姿勢を示しているが、民主党からはこれをくじこうと批判が激しい。


 確かに、やり方を間違えると、行き過ぎた金融緩和はバブルにつながる可能性がある。


 しかし、昨日発表された自民党政権公約では、”名目で3%以上の経済成長を達成する”など、行き過ぎた感は感じられない。最近の安倍氏の金融緩和に対する過熱ぎみの発言は、市場を活性化させるために市場心理をあおる目的からなのかもしれない。まだ野党なのに。市場が活性化しないと経済成長もあり得ないから。


 今朝の朝ズバッの生討論でも、自民党幹事長代理は、日銀の国債直接引受はしないと明言した。国債直接引受はバブルを起こす。その前に、許可する人はいないだろうけど。


 アメリカのニューヨークタイムズ紙では、安倍氏の経済政策に良い評価をしているようだ。それに対して、アメリカのウォールストリートジャーナル紙は、安倍氏の発言は有権者に不信感を与えかねないという見解を持っているようだ。”行き過ぎた金融緩和”感を持たれかねないということだろうか。でも、今の民主党の経済政策では、全く不十分であることは言うまでもないだろう。日銀の量的金融緩和をしたが、その内容は、市場でもよく言われているように、too little, too late(遅くて不十分)。市場においては、期待外れ感が強い。


 どちらにせよ、アメリカ経済は、今のところ、FRBの2%のインフレターゲットを掲げた金融緩和政策が順調に景気回復に功を奏していることから、日本においても、その路線で行くことが、大きく期待されているだろう。


 話題は変わるが、最近毎日、朝ズバでは各党政治家の生討論がされているが、政策の筋道の通った具体策を話しているなと感じるのは、橋下さんと石破さんだけだ。政策の理解度の差なのか、プレゼン能力の差なのか、具体策でも、決められた短時間で、実現可能性がわかるように筋道を話しているように思う。他の政治家の話、頭に入ってこない。


 でも、今日の朝ズバッは、大きな収穫があった。出演した民主、自民、公明、みんなの党の政治家が次期通常国会中に議員定数削減の実現を約束した。さすが、みのさん。

 今朝の朝ズバッはすごかった。日本維新の会の橋下さんと自民党の石破さんの生討論だった。やっぱり政界の2大ブレーンという感じがした。他の政治家の雑音が混ざらなくてよかった。2人とも本当に現実的に理論的に考え尽くされた実行策を話していると思った。


 それはそうとして、テレビのコメンテーターや新聞は、情報収集力がないのかなと思ってしまう。それとも、人の話を正確に理解することができないのか。


 今日も橋下さんは、いろいろ政策と実行策を語っていたが、私からすれば、日ごろから橋下さんが言っていることと何ら変わりないなと思った。しかし、朝ズバッのコメンテーターは、初めて聞くような反応で、橋下さんの言っていることを理解しようと必死だった。わざとそういうていで質問していたのかな?最後には、理解したようで、橋下さんの言っていることに感銘を受けていた。私からすると、えっ今頃?という感じだ。


 もっとひどいのは、他局のニュース番組で、橋下さんの言っていることを正確に伝えているところは、ほとんどないということだ。どうなってるんだ、メディア。誤った情報を国民に伝えるなら、有害だからやめてくれ。前回の選挙も同様にメディアの責任は大きい。かたよった主観による情報に国民が流されてしまったかもしれない。


 こうなると、やはり、メディアの情報は、正直に受け止めることはできない。生討論で本人が話しているのを自分自身で聞くことが大事だ。間接的に、また聞きみたいに、メディアの伝える情報を信じるのは危険だ。

 前回の記事の補足を書かなければと思った。自分の意図に反した内容になっている部分があることに気付いた。


 前回の内容からすると、私が自民党を最も推しているように見えるが、実際は日本維新の会の橋下さんを最も推している。次に推しているのが自民党だ。

今現在、市場が推していると思われるのが、自民党だろうと前回の記事に書いた。


 ただ、私個人の意見は、橋下さんの政策が実現すれば、自民党のよりすばらしい日本になるだろうなと思う。一番の障害は利権がらみの抵抗勢力だろう。それを認識しているからこそ、一番の利権である中央集権打破を一番の政策にしているのだろう。


 橋下さんが出演する他政党政治家との生討論番組は、なるべく見るようにしているが、いつでも橋下さんが圧倒している。超越していると言えるくらいすごい。他の政治家は、橋下さんが意見を言った後にふられると、決まって「私も同意見だが」とか、言い訳じみた反論しかしない。ならなんでまだ実行していないの。やり方を言われてからやるのは簡単だ。橋下さんは、今までの政治家では思い付かない解決策や新たな国や組織の在り方をどんどん示してくるから、いつもすごいと思ってしまう。


 前回の選挙で民主党は、おおみえをきったマニフェストを出してきたが、目標ばっかりで具体的な実行策と筋道がほとんどなく、やっぱり結局ほとんど実行できなかった。橋下さんのは、それとは全然違う。橋下さんは、具体的な実行策のないものは、はっきりとまだ決まっていないと言っている。逆に、具体的な策のないものが、ほとんどない。どんだけ知識あるんだと思ってしまう。元弁護士で法律は知り尽くしているだろうし、現場の大阪の行政経験もあるからだろうな。


 私は、前回の選挙は自民党に投票した。何故かと言えば、民主党のおおみえを見抜いていたからだ。計算の合わないことばっかりおいしい話ばっかりして、そんな口車に乗るかと思った。案の定、その通りだったが、大きな評価もしている。それは、自民党が築き上げてきた利権体制を一部ぶち壊したからだ。ついでに他の大事なものもたくさんぶち壊しちゃったけど。でも、自民党自身では、利権を壊せなかったのだから、ここだけは大きく評価する。当時は、官僚の甘下りが大きな問題になっていたから、そういう点で民主党に投票した人も多かっただろう。そういう点では、仕分け作業によって、期待を満たしてくれただろう。


 ということで、世界の市場の予想が外れて、日本維新の会が大躍進することを願っている。今や日本を含め世界経済は大変なことになっているから、今回の選挙の結果は、これからの日本の生活環境に重大な影響を与えるものになる。投票しないのも選択肢だが、それは誰かに自分のこれからの生活環境を任せるという意思表示だ。どんな状況になっても、なんで○○党が政権取ったんだなんて言えない。経済以外にも、重大な問題がたくさんあるから、優先順位をつけて、判断するのが大事だと思う。


 補足の方が長くなってしまった。そして、主旨が変わってしまった。

 企業や組織ではなく、個人の力で日本経済全体を良くしたいと思ったら、どうすればいいだろうか。当然と言えば当然だし、かなりばかげた考えだ。でもひょっとしたらと思ってしまった。


 その方法はこうだ。


 先日16日衆議院が解散したので、世界の経済市場は、次期政権が自民党になり、日本景気が改善することを大きく期待していると思われる。ここ2日の日経平均株価がそれを示している。


 今のところまだ、次期安倍政権に対する期待値でしかないが、政権運営がうまくいけば、日本経済は改善に向かうと市場は予想しているだろう。


 安倍氏は、日銀のインフレ目標を3%以上に上げたいと言っている。ちなみに現在は1%に設定されているが、全く達成できていない。うまくいけば、徐々に景気は改善し、物価も徐々に上がり始めるだろう。


 ということは、今が物価の最低期かもしれない。先行して、すでに日経平均株価は上昇しているが、いつ物価に反映し始めるか。雇用の改善は市場において、景気が改善していると判断される確実な材料だろう。雇用が改善し始めると、いよいよ物価の上昇が見えてくるだろう。


 ということは、株価や為替に左右されないノーリスク商品で、将来的に購入予定があるものは、いつ買おうかなんて迷わずに、物価が上がる前に今すぐ買うべきだということだ。


 これって当然のことだが、このことを普段から意識している人はどのくらいいるだろうか。「今は物価が低いから、今はお買い得な時期だよ。」なんてことを言っている人を見たことがない。逆に、「今は不景気だから、お金貯めとかなきゃ。」というのが横行している。私と違って、使えるお金があるのなら、購入予定のものがあるのなら、先延ばしせず、今買うのが得だ。


 さらに、物価の上昇に先行して、金融緩和がまだまだ行われるだろうから、お金の価値もその分下がっていく。だから、計画的に貯金するのは重要だが、ただただ貯金するのは得策ではない。


 ということで、世間で「今は物が安いから、お買い得だよ。」なんてささやかれるようになれば、これは、大きく景気回復の背中を押すことになる。不況とは、お金が使われないことが根源だから。世間のお金が減ることはない。どこかで貯まったままになっているだけ。これが不況の正体だから。


 個人の力で日本経済全体を良くする方法とは、”今がお買い得”という当然の事実を広く世間にばらまくことである。

 今や世界の関心事となっている格差問題。アメリカにおいても、次期大統領選挙の争点は、格差問題だとも言われている。日本においては、世界ほど、国民に注目されていないように思う。、経済協力開発機構(OECD)加盟30か国のうち、貧困率が最も大きいのは、アメリカ、2位は日本だ。2009年、日本の全労働者のうち、16%は年間所得が112万円未満だ。

 そんな低所得者は、その程度の仕事しかしていないのか。どうなんだろう。すごく足元を見られているような気がする。正当な報酬と言えるだろうか。
 
 唐突だけど、私が思うに、現在の不況は、「格差不況」と名付けていいと思う。現在の不況の根源は、経済格差だと思う。同じように思っている人が、他にもいるだろうか。

 経済格差による、不況の発生は、こうだ。

 生活が苦しいのは、報酬が低いからではない。報酬に格差があるからだ。高所得者が物価を上げ、低所得者が物価を下げる。格差が広がれば広がるほど、低所得者は、高所得者の上げた高い物価に悲鳴をあげることになる。

 低所得者層が大きくなればなるほど、物価は下がる。安物しか売れなくなってくる。すると企業は、どんどん商品価格を下げないといけなくなる。すると、企業は、低賃金労働者の採用枠を作り、正規採用を減らす。正規労働者の給料を減らすと、企業の人気や信用にひびくので、そんなことはしない。ここに、賃金格差の仕組みがあるだろう。

 安物を中心に買う低所得の消費者にとって、アジアなど海外から来る安い商品は、経済的にぴったりの、お買い得商品だろう。すると、さらに国産商品は、売れなくなる。商品の価格を下げるために、またもや低賃金労働者の採用枠を広げる。すると、さらに商品は売れなくなる。いずれ、海外で安く作れるようなものでは、多少性能を良くつくろうが、存続できなくなる。

 これは、一企業の話ではなくて、国全体の企業の流れだ。みんな悪いブームに乗っかってるんだな。最初から賃金の格差がそれほど大きくならなければ、所得がある程度低い人も、少々高くてもいいものが買えたのに。度を越してしまったな。少々悪くても、安くて使えるものを買う人を増やしてしまった。今の賃金体系で正解だと思っている企業は、低所得者の気持ちがわからないのだ。さらに言えば、マーケティング能力にも欠けるだろう。欠点を言い始めるときりがないが。

 このように、これから先もどんどん低所得者層は、拡大していく。低所得者層の拡大を阻止するものは、インフレによらない低所得者賃金アップだろう。

 注目されていないのか、それとも、経済的弱者の声は、力がないのか。経済力で人の力が決まるのか。だとすれば、なんとも不平等だ。しかし、選挙における1票の重みは、ほぼ平等だ。最近は、一人の呼びかけで、独裁政権が崩壊したこともある。民衆の団結力は、国家をも倒す。経済力や権力に勝つ唯一の方法ではないだろうか。法律でさえ、権力に支配されているものも多い。

 最近のいじめの隠ぺい問題のように、世間に知れ渡ってはじめて、警察は動いた。それまで、教育委員会も、学校も、警察も、いじめを隠ぺいしようとしていた。権力を動かしたのは、民衆の声だ。
 
 経済格差問題に終止符を打てるのも、民衆の声だけだろう。おそらく、日本はアメリカの流れに乗っかる形になるのだと思う。

 最近よく頭をよぎるのが、世界の経済構造が不自然だということだ。現在の経済構造は、まだまだ完成形にたどりついていないと思ってしまう。経済学の知識はほとんどないけれど、不自然さがどうしても気になってしまうので、また考えてしまった。


 何に不自然さを感じてしまうのか。お金の流通だ。お金とは対価の形だ。…


 …


 労働者と経営者、労使の関係は遠い将来に大きく変わるかもしれない。全ては自然な形に淘汰される。…労使という言葉は嫌いだ。


 …


 「天は人の上に人を造らず…」福沢諭吉先生が記された言葉。


 勉学の自由では解決されない問題がある。


 もし、自分が経営者なら、こんな経済構造はくつがえすだろう。常識とは何か、相場とは何か。そんなものは、時代によって、状況によって簡単に変わってしまう。今ある形が当然だと思うことは無意味だ。



     人生は取り戻せない!

   

 思考とは思い考えること。方法論とは考えて解析すること。


 方法論は、思った後の作業である。


 国家や人生の問題を解決することを考えた時に、どうやって解決しようかと考える。最善の目標を決めて、そこへたどり着くための方法を考える。これが方法論だ。問題解決法について書かれた書籍はたくさん世の中に存在する。どうやって解決するかということは、物事をより良くするために非常に大切だ。


 でも、難しい問題においては、それだけでは解決しないと思う。


 もっとこうすればより良い国家になりますよ、もっとこうすれば人生が良くなりますよとかいう議論は、よくあることだけども、結局複数の意見に分かれて、すっきりしない状態で議論は終わってしまう。ほとんどの場合、そうなってしまう。


 なぜか。これらの議論は、方法論を重要視していて思考を重要視していないからだ。


 思考とは何か。何を最も良いと思うか、悪いと思うかであるだろう。でも、こう書いておきながら、本当に正しいことを書いているのかと思うことも思考だ。正しいと思って書いている本人でさえ、100%これが正しいとは、今この時点では言えない。なぜなら、あくまでそう思っただけだから。


 価値観も思考から生まれるだろう。何をOKとするかとか、好きかとか、正しいと思うかとか。個人の思いから生まれる。


 ここでいう思考法とは、なぜそう思いますかということをとことん突き詰めることだ。個人の問題で済むことなら、個人の価値観は人それぞれだということでいいけれども、公の議論の場とかだと、それが原因で結論が出ない。いろんな対立の溝は埋まらない。


 多数決の原理とか、夫婦間での価値観のずれとかは、ここに原因があるだろう。


 思考法というものは学問化するに値すると思う。


 意見の相違、価値観の相違は、あって当たり前。でも、意見や価値観の違う相手が思っていることを少しでも多く理解できる方法があれば、世の中、もっと平和になると思う。


 思考というものについて研究して、体系化して、目で見て分かるように図式化なんてできれば最高だ。

 

 去年の今日のことを思い出す。あの日は、東京の大田区で仕事をしていた。今までに体験したことの無い揺れの大きさに、どうなるのかという不安を胸にじっとしているしかなかった。東京でもこんな感じだから、現地では想像を絶するものだろう。地震が収まると、仕事仲間の身を心配して探し回った。そして、建物の中の物があちこちに散らばって落ちていたり、家具が倒れていたり、壁が割れていたりするのが目に付く。幸い仲間は無事であることが確認でき、次に栃木県で働いていた弟の携帯電話に電話するが、つながらない。つながったのは、夕方6時くらいだ。この間、東北地方で何が起こっていたのかは、想像だにつかなかった。大地震で怪我でもしていないかという心配だけだった。まさか、大津波が来ていたなんて。栃木県は内陸にあるから大丈夫だった。


 以前も書いたように救援物資を送った。そして、ボランティアにも行った。覚悟はしていたが、悲惨な光景だった。高速道路はあちこち割れていてスピードを出せない。現地の道路は気をつけてゆっくり車を走らせないといけない。車の中からの景色は、高速道路をはさんで陸側はまったく無事だが、海側は壊滅状態だった。現地の建物には、海水がきた高さに黒い線が残っていた。車がひっくりかえっていたり、家が壊れていたり、車の標識が折れて倒れていたり。一階の天井付近に黒い線が残っている民家もあった。30人程で作業しても、残った民家1件の床下にたまった土砂を1日で全て運び出すのは不可能だった。しかも、相当な体力が必要だ。残った食器棚の中の食器には、泥と海水が残っていた。食器を洗うにも、水も電気もないから、電池や水を入れたポリタンクなどを東京からたくさん運んだ。


 助かった人たちが生きていくためには、日本国民みんなの助けが必要だ。心を打たれるのは、世界中のあちこちから支援金が送られているということだ。遠くはなれた日本に、優しくしてくれてありがとう。なんとか復興の歩みが始まっているが、まだまだ支援の行き届かないところはある。無力だが、これからの自分には何ができるだろうか。