イスラム国人質問題において、決定的解決策がまだ見出されていないようなので、ひとつ言っておこうと思う。

まずは、今現在の問題点をまとめておく。
・ヨルダンが捕えている女性死刑囚を釈放すると、後にまた自爆テロを起こす可能性があるため、ヨルダン国民は釈放したくない。
・後藤さんを救出する前に、ヨルダン人パイロットの救出を優先させたいこと。
・イスラム国が、後藤さんと女性死刑囚との交換を要求していること。
・ヨルダンは、日本に恩義を感じているため、日本からの要求を断れないこと。
・ヨルダン国王は、ヨルダンも日本も両方大事にしたいが、両方を同時に取れないこと。

次に、現在挙がっている最良と思われる解決策を説明する。
・ヨルダン人パイロットと後藤さんをセットで、女性死刑囚を含む複数人と交換すること。こうすれば、どちらを優先したわけでもなく、両者とも救出できる。

 この解決策の問題点は、将来的に自爆テロを再び起こしてしまう可能性の高い女性死刑囚を釈放してしまうということ。そして、ヨルダン国民は、その脅威を受け入れることができていないということ。

 ここで、そもそも、解決策を考える前にはっきりさせておかないと、解決策を見付けられないことがあることに、気付かなければならない。

 それは、ヨルダン国民が、自国のパイロットの事をそんなに大事に思っているならば、そもそも、後藤さんと女性死刑囚の交換条件のこと以前に、パイロットと女性死刑囚を交換する条件をイスラム国が出してきたときに、交換して女性死刑囚を釈放する覚悟があるのかをヨルダン国民に問わなければならない。

 解決策を考える前に、まずその手順を踏まなければ、筋違い。だから、答えが出ない。

 結局、はじめからその覚悟がないのなら、パイロットと後藤さんを救出する手段は、ひとつしかない。武力で強奪すること。

 他方、覚悟があるのなら、女性死刑囚たちをパイロットと後藤さんとセットで交換する交渉を必死でイスラム国に交渉するべきだ。

 この覚悟は、パイロットに対する国民の想いに等しい。
 さて、ヨルダン国民は、パイロットに対する想いを行動に表すことができるだろうか。やはり、パイロットより、自分の身が大事となるのだろうか。

 私に言えることは、今のところ、これくらいだろうか。頑張ってほしい。

明日は参議院選挙だ。各党にしかできない主なことをまとめてみた。


安倍政権にしかできないこと


 ・日本経済回復


   現在世界で信用されている日本経済回復策は、アベノ
  ミクスだけ
なので、今回の参院選で与党が最低でも過半数
  を取れなければ日経平均は暴落する。過半数をなんとか取
  れたとしても、株価が少し下がることも考えられる。すで
  に折り込み済みだから。


 ・外国から行われている攻撃に対する平和的、政治的防衛


    安倍政権は現在着実に、強い防衛網を構築している。
   相手に侵攻させないための防衛網だ。力ではなく、国際
   法
を尊重する各国が連携して防衛網を構築している。こ
   れが無くなると、力による侵攻が激化してしまうだろう。
    現在、日本の主権が力によって侵されている。国際法
   で考えると確実に日本の領土であるものを、ねじ曲げた
   理由
を作って奪い取ろうとしている。攻撃している国は
   正当なことをしていると言っているが、国際司法裁判所
   で審判されることを拒絶している。
    これは、国際法に対する力による挑戦である。法律の
   通用しない世界に平和はありえない。一部でも破られれ
   ば、全ての負けを意味する。



公明党にしかできないこと


 ・一党独裁体制の抑制


    一党独裁になると、暴走してしまうという国民の不安
   を抑えることができる。連立与党という政党で、これが
   できるのは公明党だけ。支持母体は創価学会。よろしく
   ない噂はよく聞くが、政界で悪いことをしない限り聞か
   ないふり。でいいのかな?




日本維新の会にしかできないこと



 ・既得権益打破



    地方分権の方が国益になるとされている中で、その方
   向に進まないのは、官僚組織の抵抗があるからだろう。
   こういう、強い国家権力を叩くためには、相当強い指導
   者が必要。
    強力な権力を叩くための必要条件は、
      ・自らの利益を考えず国益に基づいて正しいこと
       を行動できること。
      ・指導者が既得権益打破を一番に訴えていること
      ・指導者をはじめ、党が国民からそれなりの支持
       を得ていること。
      ・既得権益に立ち向かった実績があること。
     日本維新の会は、上記全てを備えることができる
    唯一の政党である。
     口だけで既得権益打破を訴えている政党もあるが、
    実績や姿勢は全くない。日本維新の会は、大阪の既得
    権益
を見事にぶっ壊し、財政黒字化に成功した。
     第二の既得権益とも考えられる放送業界に対して立
    ち向かったのも、日本維新の会だけ。情報操作で自分
    たちの都合のいいように編集して国民に伝え、都合の
    悪いことは放送しない体質がある。そこに初めに真っ
    向から切り込んだのは、日本維新の会だった。インタ
    ーネットをしない人たちは、報道業界を信じ、騙され
    たままで、かわいそうに。


 ・地方分権


     上記のとおり、既得権益を叩かないと地方分権は実
    現しない。



みんなの党


 ・論理的な立場から批判する。


 ・利権やしがらみがないとしながら、党の不利益を避けて通
  る。


 ・既得権益打破を訴えているが、その実行力はない。


 ・国益より党利党略で動くこともある。



日本共産党


 ・いずれ共産主義社会を目指している。


     毛沢東がかつて実現しようとした新民主主義からの
    社会主義革命を想像させる。
     朝まで生テレビにて、田原氏:「今はしばらく我慢
    してでもいずれ共産主義だと?」 共産党の宮本氏:
    「ええ、そ~う、そうそう。」



その他の党


 ・国益より党利党略で動く。


 ・国家運営計画プランがなく、確かな根拠を示せないまま、
  主張と批判をする。

前回の続きです。理念は前回書いたとおり。


論理的プロセスがそんなに信頼できるものなのか、異なる主張の中において困難なくひとつの合理的答えを導き出せるのかということを証明しなくてはならない。新直接民主主義の根幹である論理的分析の限界についても追求しなければならない。


主張が本能や感情であるとすれば、論理的思考は理性や合理性。

この世界は全て、本能や感情も含めて、合理性で構成されている。
合理性が崩れれば、この世界はそもそもはじめから存在していない。よって、この世の事に関して、論理的分析で説明できないことは存在しない。


主張の違いをどのように判定するか。ひとつの主張を定義する1つあるいは複数の項目によってその主張が構成される。そのひとつでも項目が異なれば、それは異なった主張となる。項目の組み合わせによって、主張が区別されるという言い方もできる。


項目の違いは、単純な論理的分析によって容易に区別できる。


現在のように国民が国に騙されるという要素は、ほとんど皆無。


なぜ、「新間接民主主義」ではなく「新直接民主主義」か。直接民主主義が理想の民主主義とされているであろう世の中において、直接民主主義では極めて非効率的な意思決定プロセスとなってしまうという理由で、多少の不都合があるにせよ間接民主主義が現在とられているだろう。

新直接民主主義のプロセスは、代表者が意思決定を行うという要素から、間接民主主義と言えるのかもしれないが、その根幹の理念は直接民主主義である。

新直接民主主義の理念は、全国民が各々の意思を直接、憲法や法律に反映し、立憲、立法を行うことができるということである。

ゆえに、代表者の意思が全党員の意思と完全同一であることが党の条件。

もし、異なる意思を持つ党員が発生すれば、その党に所属することは不可能であるシステムになっている。誰かが判定するのではなく、システム的に自動的に決まってしまう。

何故なら、主張を構成する各項目全てに同意していることが、同一党員である条件だから。


党は、あらかじめ定義された項目の組み合わせで自動的に区別され結成される。


主張を法律案として発議するには、


主張が発生すると、主張を構成する項目が定義され、党がシステム的に自動的に結成される。党に所属するためには、その党の主張する項目全てに賛成することが必要。


絶対不変の憲法を定義するには、



議論による意思決定プロセスにおいて、どの論理分析手法をとるかという研究が必要。有力な手法が複数の種類存在するなら、どの手法をとるか定義しないといけない。


代表者は、意思決定の場で幾人かの補佐を付けることが許される。自由に交代可能。代表者自身も交代可能。代表者の交代要件は、元候補者または新候補者であり、代表者の要件を満たしている者であること。


代表者および補佐の選出方法は、現在の間接民主主義の方法とは根本的に異なる。現在の党の総裁を選出することの方に近い。それにならうと、代表者は、自ら又は他薦により候補となり、党員が彼らに投票し、投票数を最も獲得した者、同数の場合は再度決選投票で投票数を最も獲得した者というプロセスで選出される。

これは、多数決を利用しているが、この選出の意味は、主張の異なる者から一人を選出するということではなく、皆同一の主張において、最も適切に議論をすることができる者を選出するということである。

なお、代表者の資格要件は、前回書いたとおり。


最も適切に議論をすることが出切る者とは、自分たちの主張を最も理解し、最も論理的思考能力を持ち、最もマネジメント能力を持つなど、それらを総合的に兼ね備えた者となるだろう。


補佐は、代表者が自由に何人でも必要な人数、議論に支障のない程度に付けることができる。

補佐の役割は、議論において必要となる能力を、代表者に補うこと。

議論に必要な能力は、論理分析能力、情報整理能力、専門知識、書記能力など様々である。


議論の当事者が交代しても、論理的進行においては支障は起こらない。誰が議論しても同じ答えが出るところが、間接民主主義とは異なる点。代表者は、集団の絶対的総意であり、一部の相違もない。それが、党の定義。これが、間接民主主義のように見えるが、中身は直接民主主義であるということ。


代表者とは言っても、集団のひとりにすぎない。何の特権も持たない。


現在の専門家による調査委員会によって、学問的、論理的結論を出すことがあるが、意思決定プロセスは、これに類似。


本構想では、国益に反することが全て却下されることから、現在隠れている国益に反するものも自ずとあぶり出される。

発議された案件が、憲法による理由以外で、廃案になることはないから。

憲法による理由とは、憲法に定られた国益に反するなど、根本的な理由。

現在のように何日過ぎたからとか、過半数がどうのこうのとか、そもそもそういう概念すらないから。余計な拘束は不要。そんなものがある構想なら、はじめから考案する価値もない。


現在各党間で主張がぶつかり合い、合意が困難となっているひとつの具体的な事例で、シミュレーションしてみる。「原発をどうするか」私の持っている原発に関する全ての知識の範囲で想像してみる。賛成派、反対派、中間派、その他、利権、地元、関係業者、被害者、加害者、大企業、中小企業、一般家庭、国民、富裕層、庶民、その他関係団体などのくくりを想定して、主張としてどのようなものが発生しうるか。

まず、憲法によって、国益を損なう主張は全て却下されるが、それでも一旦はそのような主張も生まれるかもしれない。後でどのみち却下されるけど。


続きはまたの機会に。次回とは限らない。

これから書くことは、私が考えている未完成な構想です。思ったことを書くブログですので。


はじめに、私が考案している「新直接民主主義」は、システムこそ違えど、一見、理念は現在の間接民主主義のようである。しかし、同時に、旧来の直接民主主義の理念が、ほぼ全て活きている。


例えば多数決で51%の人が賛成したことに49%の人が従わなければならない。これは民主主義なの?49%の人の個人の自由は却下。


もっと言えば、国家契約論。人は生まれながらにしてどこかの国に生まれ、あらかじめ決まっているその国の法律に従うならば拘束されずに人生を生きることが許されている。生まれてすぐ人は国家とこの契約を結ぶ。ひとりひとりがきちんとルールを守らないと国家というものが存続できない。完全自由では現状の世界はありえない。ある程度、個人が妥協した自由の上に、現状の世界が成り立っている。


もっと高い価値観で考えると、たくさんの人々の中に自分がいる。他人を尊重してこそ人と人との関係が築ける。これが社会の始まり。この関係を守るために法律がある。では、49%の人は51%の人を尊重しないといけないのか。1か0ではない。個人と個人の関係をうまく成り立たせるには、お互いの意見の相違についてお互いがよく話し合い、妥協点を探して納得する。こういう妥協点を探す状況では、感情論では話にならない。よって、論理的思考力の高さが妥協点を探せるかどうかにかかってくる。


これが多数決の次にある、私が考える、意思決定のプロセスの考え方だ。このプロセスをシステム構築することができれば、新直接民主主義ができるだろう。例えば、一例として、意見の相違によって集団を分け、それぞれの集団代表者を選ぶ。代表者同士で公開討論。意思決定はこの場においてのみ許される。意思決定に達しない限り、全て無効。懸念事項として、お互いが自分の利益を守るために全て拒み続け、意思決定に至らせないということがあるが、その心配はない。そんな時、相手の利益も尊重しなければならないという原則により、自分の主張を何としても押し通さなければならないというこれまでの多数決の意思決定とは違って、自分の利益を相手に分けてでも両者が利益を得られるように妥協点を探すべく代替案を再提示し続けなければならない。


これは、現在の政党制ではなく、ひとつの意思決定案件につき、国民を集団ごとに分類し、その中からそれぞれ代表者を選出する。意思決定に達すれば、集団と代表者は解散という形を取りそれ以降執務し続けるということはない。現在でも法案がたくさんあるように、意思決定案件がたくさん同時に存在するのが普通であろうから、一人の国民が意思決定案件ごとに複数の集団に同時に属するということになる。また、ある一人の国民が異なる集団の代表者に重複して就くということもあり得る。


また、このシステムには多大な費用が必要になるという懸念があるが、その心配もない。現在の国会議決の方法はテクノロジーの発達していない時代のものであり、今は事情が違う。現在はインターネットが発達し、容易に全国民の意思を一か所で管理することができる。そのコストは現国会運営コストよりも安いだろうと推測できる。


代表者は、純日本人の最大多数から支持を得ている者に限る。


絶対不変の憲法に定められた国益を損なう主張は全て却下される。


絶対不変と定められた憲法の変更発議には、全有権者の4/5以上の賛成が必要。


これは間接民主主義ではない。なぜなら、集団に所属する個人の意思とその集団代表者の意思とは完全に一致するものであるから。


代表者は、代表者としての要件を満たしている者であれば、自由に交代できる。


有権者の年齢制限なし。


過去の記事にも書いた多数決の限界に帰った。


ハンガリーのインターネット民主党のことは詳しくは知らないが、彼らの考える直接民主主義は、旧来の多数決によるものだろう。


古代ギリシャで生まれた民主主義の原点。直接民主主義。


一時的な集団ではあるが、従来と同様、党として結成される。


インターネットによって、システム的に同一意思集団がまとめられる。


党名は、代表者によって、決定される。


立法府としての恒久的な組織は存在せず、内閣をはじめとする行政組織によって国家運営される。


内閣閣僚の選出は、


討論における意思決定方法は、


発議要件は、


討論の進行が不透明にならない。


現在の国会議員が民意を反映しているか疑問であるというようなことにはならない。


ねじれという懸念も起こらない。


憲法改正は全有権者の4/5


社会とは対立ではなく、共存。


現状の公開討論は、お互い主張して、さあ国民の皆さん支持して下さいと言って選出。選出だけのプロセス。意思決定は後ほどというプロセス。


意思決定をその場で行うということが必要。


直接民主主義の短所から見た新直接民主主義の特徴。


党数は多くなることもあるだろうが、乱立までにはならない。ひとつの意思決定案件につき、それ程多様な主張の違いは存在しえないため。


そもそも意思決定プロセスが多数決ではないため、過半数を得られず意思決定に混乱するという事態にはならない。


だだをこねてもしょうがないでしょ!


残念ながら、現在各党首は各々の主張をしているだけ。現実的摺合せはない。
公開討論において、各主張の論理的検証なし。意思決定行われず。


現在、第三者機関を国会に設置して決めなければならないというのは、本構想と類似。

これは、直接民主主義の要素。


論理分析技術の進歩により、答えも変化する可能性あり。


憲法に定められた理念に基づいた意思決定のみが認められる。


人気投票という要素は全く発生しない。


内閣任命権者は、天皇。


内閣は、行政最高責任機関。立憲立法権はない。


現在の首相公選制議論に対して、


憲法改正=徴兵制と受け取ってしまう人もいる。民主主義の限界。


代表者は無報酬。


党員は、いつでも自由に所属の党を脱退できる。


今回も、参院選前につき、前から言ってきた本題に入るのは先延ばしにして、優先事項について書くことにした。アベノミクスを堂々と批判する人がいるようなので、論理的に正しい答えを出した。


参院選の街頭演説で民主党は「日本を壊すアベノミクス」と言っているようだが、実はそれが現実になることもありうる。


どんな場合に現実になるのか。それは、民主党などのアベノミクス批判に国民がのってしまって、与党が過半数を取れなかった場合だ。


その場合、アベノミクスが国民から信任を得られなかったとして、アベノミクスの遂行に支障をきたす可能性が考えられる。そうすると、投資家など市場参加者から見て、日本経済に暗雲がたちこめてくる。


なぜかと言うと、現在、アベノミクス以外に世界や市場関係者から信頼を得ている健全な経済政策は存在しないからである。野党は批判するだけ。


これをきっかけに、日経平均株価が急激に下がり始める。この状況においては、先日の調整局面の下落などでは済まず、歯止めが利かなくなる。売りが売りを呼ぶ日本回避の流れになる。


こうなってはもう日本経済を立て直す術はない。


これが、民主党の言っている「日本を壊すアベノミクス」のシナリオだ。正しく言えば、「民主党がアベノミクスを壊して日本を壊す」だ。


だから、私たち日本人は、逆戻りせず、何としてもアベノミクスを成功させなければならないのだ。これは、安倍政権だけに言っているのではない。経済界や他政党も一致団結して協力しなければならない。


その気持ちのない者に、日本を復活させようという気持ちがないのは言うまでもない。現在、アベノミクスに賛同しているのは、日本維新の会とみんなの党と公明党だけだ。


どの政党が本当に日本の将来のことを考えているかは、このアベノミクス批判で一目瞭然。本当に日本の将来のことを考えていれば、普段対立していても賛同するべきものには賛同するはず。

今回、本題に入る予定だった件より先に書いておくべきことがあったので、こちらを優先させることにした。


憲法改正については、賛否両論あるだろうが、反対の意見を述べる時に最もよく使われている理由は、「憲法は国家権力を縛るためのものであり、その改正要件を緩和することは、時の政権が自由に憲法を変えることができるようにする。」というものである。


これは全く正しい。しかし、それは、全く的外れな指摘なのだ。ここにからくりがある。「私たちの言っている事が正しいから、憲法改正についての議論は私たちが正しいのであって、憲法改正に賛成している人は間違っている。」というシナリオであろう。全くよくできたシナリオだ。


でも、確実に間違った指摘なのだ。なぜ私がそう断言できるか。


実際に具体的に考えてみればすぐわかる。憲法改正要件の緩和について、具体的に見てみる。


まず、憲法改正要件のどの部分を緩和するのだろうか。国会発議要件である。現在は、両議院それぞれの2/3以上の賛成がなければいけないものを、両議院それぞれの1/2以上の賛成で憲法改正案の国会発議ができるようにする。


確かに国会発議要件が緩和される。


次に、発議された新憲法案が国民の直接投票にかけられる。ということは、最後は、国会議員の意思は反映されず、国民だけの意思で新憲法が決まる。


ということは、国会議員の意思が反映されずらく、国民の意思が更に純粋に反映されるということになる。


ということは、この憲法改正要件の緩和に反対している人は、国会議員の意思が反映されず、純粋に国民に決定されることに反対しているということだ。


国会で発議されないということは、国民の審判にかけられることはないということだ。よって、国会議員の権利は守られる。


あれ?憲法って国会議員の権利を守るためのものだったっけ?


憲法って、国民が国会議員を拘束するためのものじゃなかったっけ?


まったく、誰がこんなよくできたシナリオを作ったんだろうか。あたかも反対派が正しいみたいな…。


論理的に分析すれば、真実が出る。



追記


今日の公開討論において、安倍首相から「じゃあどうやって日本経済を回復させるんですか?」と質問されて、民主党は「大事なのは持続可能性です。」と。しかし、民主党ではデフレから脱却できない。ということは、持続させればさせるほど、日本経済はマイナス成長を続けていくということになり、民主党の論理は破綻する。民主党のマニフェストって、論理の通った事はあるのかな。


橋下さんと石原さんの不仲説について記者に質問され、橋下氏「議論の経過がオープンになった方が健全ではないでしょうか。」これは、ほんとにその通り。私の構想している「新直接民主主義」においては、憲法や法律は、一部始終、全て公開議論の場で意思決定される。意思決定の経過も全て公開。というか、そもそも、意思決定は議論も含め国民によって直接行われる。混乱を起こさないシステムもある。

前回の記事で、今回は『新直接民主主義』というタイトルで書くことになっていたけど、今、経過ごとに書いていくか、構想を完成させてパーッケージとしてまとめてから書くか決めかねている。


ただ、実用に耐えるところまで詳細に作り上げる作業なので、完成させるにはまだ時間がかかってしまう。でも、私は政治学者でもないし、政治の世界に携わったこともないので、現実には、実用的な部分まで詳細に作り上げることは不可能であることはわかりきっている。


「構想を完成させて」と冒頭に書いたのには理由がある。理念に従い、実用的な部分まで詳細に詰めていって、最後の最後で、構想自体が非現実的で、理念だけが暴走してしまったものであることが判明する可能性があるからである。


しかし、「考えたこと日記」としては、やはり、たとえ最終的に非現実的なものであろうと、経過ごとに書いていくべきだと思った。しかし、文学の世界や人の感情は例外として、私は論理の通らないことを真実であるかのように表現することを嫌うので、やはり迷うところである。


しかし、論理的思考をとる限り、迷うということはあり得ず、必ずひとつの答えが出るものである。実は、このポイントが「新直接民主主義」の理念の根幹でもある。迷うというのは、人の感情によるものであって、答えが出ているのに、その答えに何かしら不満があるから迷うのだ。


なぜ私が迷ったか、私の不満がどこにあるかをよく見つめてみると、構想が非現実的なものであるという結論が出た場合、論理の通らないことを考えていたことになるのが不満であった。


それに対して、論理的思考による答えは、「考えたこと日記」として書いているのだから、結論の論理性は関係ないということである。論理的でない結論が出たとしても、それは、論理的に考え進めていった結果、非現実的であるという答えが出たのなら、それは論理的なプロセスで導き出された答えである。


という具合に、私の不満を含んだ感情による答えは、論理的思考にめでたく却下され、ただひとつしか存在しない答えにたどり着いたのであった。子供が母親に「嫌だってだだをこねても、しかたないでしょ!」と言われるのと同じこと。


このように、論理的プロセスをとれば、たとえ色々な感情や主張があったとしても、必ずひとつの答えに行き着くのである。


前置きが長くなったので、次回から本題に入っていく。次回の方がはるかに長いwどう見てもブログ的じゃないなw



ここから先、落書き。


前回の調整局面を民主党は「バブル崩壊した」とか言ってたけど、昨日日経終値14000円超えた。上げ足取ることばっかりで、根拠が何もない。国民を惑わしてるだけ。しかし、チャイナショック警戒で、今後の動きは不透明。また上げ足とられるのかな。


「期待だけで実体が何もない」という言葉を当たり前のように聞くけど、実体はある。為替レートが変わった。為替レートが是正されて、追い風になったと言うけれど、実際はそうではない。今まで猛烈な向かい風だったのであって、今は風が緩やかになったのだ。詳しくは、『円高バブル』のところに書いた。(”円高バブル”とは、私が作った言葉。)

田原氏:「共産党は資本主義を否定してるんだよね?」

宮本氏:「社会主義的には。」

田原氏:「だから今の世の中は全体的によくないよね?」

宮本氏:「いやいや。そんなことないですよ。私たちは資本主義の中での改革ということですから。」

田原氏:「なんでじゃあ、共産党って言うの?おかしいじゃない。」

宮本氏:「いやいや(笑い)その先に、資本主義を乗り越えた社会がある。」

田原氏:「共産党ってのは共産主義ってことでしょ?」

宮本氏:「だから、その先にそういう未来社会を展望してるから今からちゃんとその名前を掲げてるんです。」

田原氏:「どっちかって言うのやめよう。北朝鮮とかロシアに近いんじゃないの?」

宮本氏:「それ全然違います。だって北朝鮮なんか社会主義もなければ…」

田原氏:「じゃあ名前がいんちきか。」

宮本氏:「向こうがね。」

田原氏:「共産党が共産党と言いながら資本主義を否定してないっていうのはおかしいじゃない。」

宮本氏:「いえ、私たちは資本主義の社会を乗り越えた新たな社会を目指してますけど、今私たちが掲げてる政策は資本主義の枠内での改革を…」

田原氏:「今はしばらく我慢してでもいずれ共産主義だと。」

宮本氏:「ええ、そ~う、そうそう。」

会場から小さな笑い

宮本氏:「それを今からちゃんと…」


←さすが田原氏。私が突っ込んで欲しいところに突っ込んでくれた。私も日本共産党の本当の主義は、中国共産党と同じではないかと思っていた。少し違ったけど、やはり日本共産党は共産主義を目指しているということがわかった。引き出してくれた田原氏に感謝する。


さすがに全部書いてる余裕がないので、後はとりあえずワードだけ記録しておく。ここから先は、私以外の人には何のことかわからないと思いますけど、すみません。”←”の後は、私の考え。

1990年ジャパンアズナンバーワンから脱落 平沼氏「がんばってないから」 「サムスンは頑張ってる」

←そうじゃなくて、原因は為替 飽和 新興市場 変化に適応 会社構成 成熟期の精神


平沼氏 所得再分配 99%の犠牲の上に1%が栄えるアメリカ これを防ぐ

福祉が減っている


田原氏「自民党は心中主義をやろうとしてる」


長妻氏 2%達成した後、国債売れるのか バブル 7割日銀が買ってる


社民 脱原発廃炉法案 原発ゼロの工程表なし 無責任


賃上げで景気回復 賃上げしたいけどできない そのための景気回復

←そもそも景気回復しないと賃上げできない。だからタイムラグがある。重要なことは、企業が業績改善した時に賃上げをするかどうかということ。もっと核心的なことを言えば、企業の業績とは売り上げのこと。景気が低迷している中で、全ての企業の売り上げが上がることはあり得ない。まずは環境を改善して刺激策を打ち、一部の企業の売り上げを伸ばすことから始める。これを継続することでスパイラルに乗せていく。賃金が上がるのはその後。気長に継続できるかどうかで成功か失敗かに分かれる。継続は力なり。


共産党 宮本岳志氏 モデルなし 北朝鮮か 近いのはどこか ベトナム? しいは「フィリピン」 非同盟 


わたみ ブラック企業 平沢さんまずい


社員の流動化 竹中さん 産業競争力会議 マスコミの悪意で解雇の自由にすり替えられた

←こういう妨害勢力を国民が見抜けるかということも継続できるかどうかにかかわる。知識人だけに頼っていてはだめ。国民一人一人がでたらめにだまされない知識を持つことが必要。


民主党が厚生労働大臣長妻さんを替えた 年金問題指摘で官僚のサボタージュ


中国韓国と関係うまくいってない どうすんの 


維新の会中田氏 少子化対策こそ地方分権の話 



ここからは私の問題解決のための考察


日本人の人間性と職種 夢 働き甲斐

日本は成熟 成熟は死


多数決の欠点と限界 憲法改正 個人の自由とは 究極の民主主義は

→次回別のタイトルでまとめることにした。書き進めていくうちに、考えがまとまったので。タイトルは『新直接民主主義』

ツイッターを始めてからは、以前にも増してこっちの更新頻度が減ってしまった。やっぱりツイッターって、ブログよりも考えたことを手軽につぶやけるツールだなと思った。


しかし、どちらにも長所短所がある。ツイートが一般的に140文字で区切られてしまうのに対して、ブログは自分の考えを文字数制限なく、ひとつのページに全ておさめることができる。(他にも様々な長短があるけれど主題に沿ったことだけを取り上げる。)


このブログを「考えたこと日記」としてずっと作ってきたが、ツイッターの手軽さにはまってしまった。めんどうくさがりな私がはまるのは、なお当然だろう。しかし、その中で、ツイッターの短所も見えた。


ツイッターでは、自分が考えたことをブログよりも手軽につぶやけるが、私にとって、このブログの完全な代用にはならないということが明確になった。


このブログの表題のところにもあるように、私はこのブログを「自分が時に考えた重要なことを日記としてその時々に記録する」ために作っている。


ツイートは、まさに自分がその時に考えた重要なことを記録する機能を持ってはいたが、140文字で区切られるという機能によって、1つのページにその時の自分の考えを全て詳細に1つのまとまった文章としておさめるということは不可能だ。このことから、実際、ツイートが要約的表現になることもある。何かを暗示しているような表現とも言える。


私にとって、ツイッターがブログの完全な代用にならないとは書いたが、ツイッターを使い始めた当初は、ブログは完全な日記としての記録、ツイッターは記録ではなく発信を第一の目的としようと思っていた。


しかし、いつの間にか、ツイートにも考えたことを記録する機能があることを利用し始め、ブログの代用もしていると考えた。(実際、ツイッターでは、自分の全ツイート履歴をダウンロードできる機能がある。やったことないけど。設定のユーザー情報の最下部にある。)


今、再び、自分のブログとツイッターの使用目的を再確認しようと思った。ブログは日記、ツイッターは発信、収集、共有、会話および議論。でも、私にとってブログが日記とは言っても、このブログを訪れて下さる方がいらっしゃるのは知っています。何かしら共感して頂くことは、私としても嬉しいことです。


本当は、今、書こうと思った主題は、ツイッターのことではなくて、今日の「たかじんNOマネー」を見て思ったことだったが、何せ、前回更新から1か月半以上たったことと、今日ブログを書くに至ったいきさつも書いておかないとと思った。そう言ってまたツイートばかりしてたりしてwと言ってツイートの頻度も多くないw続きは次回書こうと思う。

日本人は、大抵が平和主義者だ。戦争とか争い事が大嫌いだろう。何事もなく、平和に楽しく日々を過ごせることを望んでいるだろう。


しかし、最近の外部要因が、そうのんきなことを言わせてくれない。東アジアからの脅威が日に日に大きくなっている。


こうなってくると、私たちは、危険を回避するための行動を取り、日本の平和を保たねばならなくなる。


最近の憲法改正論議は、この状況から生まれている。こんな状況でなければ、憲法改正の必要なんてない。ほんとに迷惑な外部要因だ。


今の状況で、日本を平和に保つ方法は、軍備増強以外にあるだろうか。


何としても戦争は避けたい。しかし、日本を取り巻く状況は、日に日に戦争に近づいている。


日本は、東アジア各国からの幾多の挑発に、冷静さを保ち、対立を激化させないように、かつ、日本の立場も守りつつ、難しい対応をしてきた。


私としては、平和を維持するために、こっちがおとなしくしてればどんどん調子に乗りやがってという思いもある。東アジアのやつらは、やったら負けるくせに、そんなに戦争やりたいのか。


誰か、東アジアのやつらの暴走を止めてほしい。アメリカは、経済が持ち直してきている今は、軍備を使いたくないだろうが、このまま放置すると、いずれ軍事衝突が起こることは目に見えている。


そうなる前に、手を打っておくことが最善の手段だ。


軍備増強以外に、日本を平和に保つ方法はあるだろうか。何を言っても聞かぬ相手だから、非常に難しい問題だ。


最近は、軍備縮小を行ってきた日本だが、この現状により、軍備増強スパイラルにさしかかっている。そして、ここを発端に世界的軍備増強が加速するのは目に見えている。


今、潜在的に世界の火薬庫は、東アジアであるだろう。東アジア戦争の可能性はある。


推測だが、過去の戦争も、こんな感じで日本は戦争に巻き込まれていったんじゃないだろうかと思ってしまう。そして、平和を得るためには、全力で勝ちにいかなければならないとなったのではないだろうか。


今の日本が、過去と同じ状況に巻き込まれたなら、どうするだろうか。全力で勝ちに行くのか、それとも、双方ともに悲惨なことになる戦争を放棄して侵略される方を選ぶのだろうか。


そんな状況になる前に、平和を求める世界が一丸となって、一国の軍備増強を止めなければならないのではないだろうか。そうすれば、世界は軍備縮小スパイラルに入るだろう。


残念ながら、国連の常任理事国には、その軍備増強している国が入っている。こんなんで、世界が平和を求めていると言えるだろうか。世界はこの状況を止められるだろうか。


こんな状況である限り、今この世で、正しい者は、金と権力のある者だ。こんなんじゃ、平和なんてありえないね。


今、世界が平和のために、最も行うべきことは、一国の軍備増強を禁止することだ。


今、国連の平和維持機能は正常に働いていない。軍事衝突が起こる前に手を打てない国連は、無能としか言えない。政治的手段によって、軍事衝突を阻止すること。


平和とは、世界の人々の権利だ。


平和を求める世界の人々に、こういう考えが広がり、世界を動かすことを願っている。