「準・凖・准」 はナニがちがうのか? | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

〓今朝の読売新聞の週刊テレビ版 「Y&Y」 をボケーッと眺めていまして、

   「そうか、V6のオカダくんは “准一” なんだ……」

と。

   「“準備” の “準” は、上がサンズイだよな……
   なんでじゃろ、ジャロってなんジャロ」


ってんで、ちょいと調査モードに突入でげす。



  【 「準」 に似た字を洗い出す 】

〓こういうバヤイは、似ている字をキッチリ調べて、何が違うのかハッキリさせるのがイチバンです。


   【 淮 】
     [ 日本語音 ] ワイ (慣用音)
             カイ (クヮイ) (漢音)
              (ヱ) (呉音)
     [ 字義 ] 川の名。“淮水”(わいすい)
     ──────────
     [ 中国音 ] huái [ フアイ ]
     [ 現代中国語義 ] 河南省の河川名。


   【 准 】
     [ 日本語音 ] ジュン (呉音)
     [ 字義 ] 「準」 の俗字。
      (1) なぞらえる。
      (2) 許す。「批准」
      (3) 依る。
      (4) 必ず。
     ──────────
     [ 中国音 ] zhǔn [ ちゅン ]
     [ 現代中国語義 ]
      (1) 許可する。
      (2) (官庁の公文書を引用し)~による、~に照らす。
      (3) ~に準ずる。
      (4) 決定する。
      (5) きっと。
      (6) まさしく。
      (7) きっちりと。
      (8) 一定の、正確な。


   【 準 】
     [ 日本語音 ] ジュン (呉音)
     [ 字義 ] 「凖」、「准」 は俗字。
      (1) “みずもり”。水平をはかる器具。
      (2) 法 (のり)、手本、型。
      (3) 目当て。「標準」
      (4) なぞらえる。(=准 <俗字>)
      (5) 平らか、平らかにする。
      (6) 等しい。
     ──────────
     [ 中国音 ] zhǔn [ ちゅン ]
     [ 現代中国語義 ] 簡体字として 「准」 を使う。
      (1) 平らか。
      (2) 水準。
      (3) 標準。
      (4) 法則。
      (5) きっと、必ず。
      (6) 正確に。
      (7) きっちりと。
      (8) 決定する。
      (9) まさしく。


   【 凖 】
     [ 日本語音 ] ジュン (呉音)
     [ 字義 ] 「準」 の俗字。
     ──────────
     [ 中国音 ] zhŭn [ ちゅン ]
     [ 現代中国語義 ] もと 「準」 の俗字。
       簡体字では、「准」 と書く。


   【 匯 】
     [ 日本語音 ] カイ (クヮイ) (漢音)
     [ 字義 ] 「淮」 (カイ) が音を表す。
      (1) めぐる。水流が旋回する。
      (2) 集まる。多くの水が集まる。
      (3) 為替 (かわせ)。
     ──────────
     [ 中国音 ] huì [ フイ ]
     [ 現代中国語義 ]
      (1) 水の流れがひとところに集まる。
      (2) 集まる。
      (3) (為替で)送金する。
      (4) 為替 (かわせ)。


〓上の資料を見て 「ストーリー」 を組み立てることができますか? 資料を1ヶ所に寄せてみて、それを分析するのが言語学の基本的方法ですね。
〓まずですね、

   2系統の 「語」 がある

ことがわかるのです。

   1系統は 「隹」 を音符とする文字
   1系統は 「隼」 を音符とする文字

〓漢字の歴史の中で、この2つがコンガラガルのですよ。

〓「隹」 は “鳥” の意味で、漢字が象形文字から篆文 (てんぶん) へと、字形が整理されるなかで、

   「鳥」、「隹」

という2つの “鳥” を意味する文字が分離し、「尾の長い鳥を “鳥”」、「尾の短い鳥 (小鳥) を “隹”」 と使い分けるようになりました。日本では、 「舊」 (“旧” の正字) の中に含まれることから、「舊い (ふるい) の中にあるトリ」 という意味で、

   “ふるとり”

と呼び慣わすことになりました。この 「隹」 には、よく似た2系統の発音があります。



   【 隹 】

     1.尾の短い鳥の意味。
       [ 日本語音 ] スイ (スヰ)
       [ 現代中国音 ] zhuī [ ちゅイ ]
       [ 中国中古音 ] tɕiue [ チウエ ]

     2.山の高く険しいさま。 「崔」 の借用字。
       [ 日本語音 ] サイ
       [ 現代中国音 ] cuī [ つイ ]
       [ 中国中古音 ] tsʰuʌi [ つアイ ]


〓この2のほうの tsʰuʌi 「ツアイ」 という音を借りて、多くの文字がつくられています。

   【 淮 】 「カイ」 huái [ ふアイ ]
   【 匯 】 「カイ」 
huì [ ふイ ]
   【 催 】 「サイ」 
cuī [ つイ ]
   【 崔 】 「サイ」 
cuī [ つイ ]
   【 誰 】 「スイ」 
shéi [ しぇイ ]  (shuí [ しゅイ ])
   【 推 】 「スイ」 
tuī [ とぅイ ]
   【 錐 】 「スイ」 
zhuī [ ちゅイ ]
   【 堆 】 「タイ」 
duī [ トゥイ ]
   【 椎 】 「ツイ」 
zhuī [ ちゅイ ]
   【 唯 】 「ユイ」 
wěi [ ウェイ ]
   【 維 】 「イ」  
wéi [ ウェイ ]
   【 惟 】 「イ」  
wéi [ ウェイ ]


〓どうです。キレイにそろったもんでしょ。「誰」 は現代語では shéi 「シェイ」 ですが、おそらく、日常的によく使われるので shuí 「シュイ」 が変化したんでしょう。
〓アタマに何も子音がつかない音節 wei では、若干、発音が異なりますが、中国語学では同じ音ととらえることになっています。
〓唯一の例外は、 「淮」 huái 「フアイ」 です。これを説明するのは容易なことです。つまり、日常語に使われず、河川名として地名のみに使われるため、他の語のように、

   「音が擦り切れなかった」

のです。「隹」 に含まれていた古い音 -uʌi [~ウアイ] を保存しているので、 huái 「フアイ」 なのです。
〓「淮」 という字は、中古音 (5~11世紀) では、

   淮 [ ɣuʌi ] [ ぐアイ ]
     ※ [ ɣ ] は摩擦音の g。スペイン語の g。

と発音されていたと考えられています。この摩擦音の [ ɣ ] は、中古音と言われる時代の発音でも、しだいに [ x ] ── 現代中国語の h。ロシア語の х ── に近づいてゆきます。
〓おそらく、慣用音 「ワイ」 は、 [ ɣuʌi ] を耳で聴いて写したものであり、漢音 「クヮイ」 は [ xuʌi ] の頭音を [ k ] と解釈して写したものでしょう。

〓いずれにせよ、「隹」 を音符とする漢字は、古い時代には Cuʌi 「~ウアイ」 と発音し、現代では Cui 「~ウイ」 と発音するようになっています。





  【 “準” は “さんずい”+“はやぶさ” である 】

〓いっぽうですね、「準」 に始まる漢字は、「隹」 とはまったく関係がないのです。もともと、

   さんずい+隼

と書かれていた文字で、「“さんずい” が水に関係することをあらわし」、「“隼” は音をあらわして」 いました。

   【 準 】
     [ 現代中国音 ] zhǔn [ ちゅン ]
     [ 中国中古音 ] tɕiuen [ ちウエン ]

[ tç ] は、現代日本語の 「チャチチュチェチョ」 の子音と同じと考えてよろしい。ただし、「無気音」 であり、日本人には 「ヂャヂヂュヂェヂョ」 に聞こえないこともありません。つまり、「チウエン」→「ヂウエン」 となります。日本人は、漢字音を採り入れる際、1文字に対して4音節を超えると、「適当な母音を切り捨てる」 という操作を行ったようです。なので、「ヂウン」→「ヂユン」。ただし、歴史的仮名遣いでも、

   呉音 「ジユン」

です。というのも、当時の日本語では、まだ、「ヂ」 は di (ディ) であり、「ジ」 のほうが近い音だと判断されたからでしょう。

〓そして、この文字の音符となった文字は、

   【 隼 】
     [ 日本語音 ] シュン (漢音)、ジュン (慣用音)
     [ 現代中国音 ] zhǔn [ ちゅン ]
     [ 中国中古音 ] tɕiuen [ ちウエン ]

です。昔から現代に至るまで、「準」 という字とまったく同じ発音であることがわかります。
〓つまり、鳥の 「隼」 の音を借りて、同音の単語である 「準」 をあらわしたようです。そして、この 「準」 という単語は、原義として、

   「水平」

を意味したようすが見てとれます。それゆえに、「さんずい」 が付いているわけですね。「水平」 という原イメージから、

   「平ら、平らにする、等しい」
   「目当て、基準、標準」
   「手本、型、法則」
   「正確に、きっちりと、必ず」


といった語義を発生していったのでしょう。
〓奇妙なのは、 「準」 に対して、常に “にすい” を使った 「凖」 が俗用されたことです。筆で書いた際に、上半分の狭いスペースに 「点を3つ」 書くとゴチャゴチャするので2つが好まれたのでしょうか。
〓おそらく、正しい 「準」 よりも、誤った 「凖」 のほうがよく使われたと思われるフシがあります。というのも、 「準」 の略体が 「准」 となったからです。
〓あるいは、 「準」 の略体として使おうとした 「淮」 が、すでに地名として存在する文字であったため、これと区別するために “にすい” の 「准」 にした、とも考えられます。とすると、 「凖」 という字は、 「准」 から逆成されたことになります。


〓ところで、同類の文字の1つとして


   【 匯 】 カイ

      匯3



という字をあげましたが、「?」 というヒトも多いでしょう。
〓しかし、中国語を学んでいるヒトの中には、「ははあ、あれか」 と感づいたムキもあろうと思います。



    huì [ ふイ ]


     
       匯1


〓中国では、こういう字をとてもよく見かけます。これは、「匯」 の簡体字です。奇妙な略し方ですが、「匯」 の異体字に、


   



      匯2



という字があります。「匯」 を因数分解したみたいな文字ですが、おそらく、サンズイを外に出したほうが書きやすかったのでしょう。
〓簡体字は、その文字の “匚” の中の “隹” を略したものです。

〓この 「汇」 という字は、 「為替」、「とりまとめる」、「集める」、「送金する」 というような、現代生活に欠かせないことがらを言い表すのに使われるため、ガゼン多用されるのです。
〓古い時代には、稀にしか使われなかった漢字ですから、日本ではまるで使われないわけです。同じような例は、以前にも、 「站」 “駅” を紹介しました。日本では、「兵站」 くらいしか使用法がないですよね。


〓というようなわけで、いろいろ調べてきましたが、もとは、

   岡田一くん

の名前の 「准」 が気になったんでしたね。要は、もとは、「準」 の略字であり、サンズイでなくニスイになっているのは、おそらく、別に存在した 「淮」 という河川名と区別するためでした。
〓そして、「准」 という略字の場合のみ、官僚用語として、「許可する」 とか 「(法律など)による」 という用法が生まれた、ということです。
〓現代中国語では、「准」 も 「準」 も “准” という簡体字で書くことになっており、両者の区別は消滅してしまった、と考えていいでしょう。

〓つまりですね、中国語では、日本人の 「準一」、「准一」 という名前は、どちらも 「准一」 になってしまう、ということです。