第60回パキスタン国防記念日
9月6日はパキスタン国防記念日(Defence Day)です。
この日は1965年第2次印パ戦争の開戦を記念する日で、各地で軍人パレード、武器展示会、表彰式などの軍事イベントが行われます。
ラホール空軍基地では、パキスタン空軍によるパレード飛行が行われ、航空機、後方支援車、補助装置、模型航空機などが展示されます。
ラホール・フォートレススタジアムでは、武器展示会が開催され、パキスタン軍歩兵、装甲部隊、砲兵隊、工兵隊、航空隊、特殊勤務群(SSG) の活動が展示されます。
しかし、今年はある法令と治安の問題により盛大な催しは行われず、殉教者への献花式のみ行われ、いままで祝日である9月6日は平日扱いになりました。
関連記事:
The Nation - Nation celebrates Defence Day
The News - Defence of Pakistan Day celebrated in Peshawar
Daily Times - Defence Day passes silently
NWA 5500個のサッカーボールプロジェクト 9月5日
先日のプレスリリースのとおり、日パ・ウェルフェアー・アソシエーション(NWA)は、NPO日本地雷処理を支援する会(JMAS)と連携し、9月5日(月)~7日(水)の3日間、東北地震被災地である岩手県、宮城県、福島県を周り、パキスタンで手縫いされたサッカーボール(5号)5500個を被災地の子供たちへ届け、支援させていただいております。
9月5日は、9時30分~ 宮城県岩沼市長を表敬し贈呈 岩沼市には100個のボールを贈呈
13時~ 石巻市にある NPO法人石巻スポーツ振興サポートセンター
を訪問し、100個のボール贈呈
その後、石巻、気仙沼、陸前高田の被災地を視察
NWA東北地震被災地支援の活動について
Facebook "Expressing Solidarity for Japan"
NWAの活動について
5,500 SOCCER BALLS FROM PAKISTAN
NPO NIPPA WELFARE ASSOCIATION DONATES 5,500 SOCCER BALLS FROM PAKISTAN FOR JAPAN’S EARTHQUAKE AND TSUNAMI AFFECTEES
FOR IMMEDIATE RELEASE
SEPTEMBER 2nd, 2011
Summary
Nippa Welfare Association (NWA) in collaboration with Japan Mine Action Service (JMAS) along with a team of volunteers shall be visiting Iwate, Miyagi, and Fukushima prefectures to distribute 5,500 (size No.5) hand woven soccer balls from Pakistan to the children affected by the March 11th earthquake and subsequent tsunami.
Details
“As we have been helped by the Japanese people, now it’s our turn to reciprocate!”
Following the devastating Tohoku earthquake and tsunami of March 11th, NWA recognized that the time had come for the people of Pakistan to extend a helping hand to the Japanese Nation, who have always assisted other countries in their time of need. With the assistance of Pakistan’s business community, news agencies, expatriate community, school teachers and students; NWA organized a charity bazaar Ganbare Nippon: Expressing Solidarity for Japan in Islamabad on March 27th. Furthermore, with the assistance of Jaffer Brothers (Pvt.) Ltd. NWA collected donations from various organizations and individuals.
When NWA learned that many children became orphans and in many cases lost everything, they decided to send soccer balls from Pakistan to bring smiles on to the children’s faces. Pakistan is famous for manufacturing international standard soccer balls, and holds 70% of the global market share.
Schedule
1. Sep 5 Visit coastal areas of Miyagi prefecture and Iwate prefecture to present soccer balls.
2. Sep 6 Visit Board of Education of Iwate prefecture to present soccer balls.
Visit Sendai Nagamachi Junior High School to present soccer balls.
3. Sep 7 Visit Education Bureau of Fukushima prefecture to present soccer balls.
About the Organizations
NWA is a non-profit organization that has been conducting aid projects primarily in Gilgit and Machulu, Pakistan. NWA has created literacy and sewing schools for women empowerment, and continues to provide emergency humanitarian assistance in times of need. Following the Pakistan Earthquake of 2005 and the devastating floods of 2010, NWA held numerous medical camps, distributed relief goods, and provided temporary shelter for the victims of the earthquake and floods. For further information on NWA, please visit the following website. http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nippagrp/pakistan.htm
JMAS JMAS is an NGO that conducts demining projects in Asia, Middle East and Africa. For further information on JMAS please visit the following website. can be found on the http//www.jmas-ngo.jp
サッカーボール5500個を東北地震被災地の子供達に、パキスタンから
NPO/NWA 東北地震被災地支援、パキスタンから
2011年08月28日発信
報道関係者各位
サッカーボール5500個を東北地震被災地の子供たちに届けたい、パキスタンから |
【プレスリリース概要】
パキスタンでの支援活動を行っている特定非営利活動法人 日パ・ウェルフェアー・アソシエーション(代表 山下信二/所在地 東京都品川区、以下NWA)は、NPO日本地雷処理を支援する会(JMAS)(理事長 野中光男/新宿区)と連携し、2011年9月5日(月)~7日(水)の3日間、東北地震被災地である岩手県、宮城県、福島県を周り、パキスタンで手縫いされたサッカーボール(5号)5500個を被災地の子供たちへ届け、支援させていただきます。
【プレスリリース本文】
「パキスタンは今まで日本から多くの支援を受けてきたので、今度はパキスタン側から何かできないか?」
2011 年3月11日の東北地方太平洋沖地震発生直後、パキスタンの人々から声があがり、NWAはその声に背中を押され、3月27日パキスタンの首都イスラマバードで大企業、ホテルなどの協賛、また日本大使館、在住の日本人有志ボランティアの方々、各国外交官家族等々の協力を得て「がんばれ日本」と題するチャリティバザーを開催しました。その後も、NWAはパキスタン企業のJaffer Brothers (Pvt) Limited / Jaffer Groupの協力を得ながら、カラチなど他の地域でも募金活動を行って参りました。
パキスタンから日本の被災地向け緊急支援を行うのは時間が掛かりすぎると判断し、この度、世界のサッカーボールの約70%がパキスタンで生産され、またパキスタンの伝統産業でもある手縫いサッカーボール(5号)5500個を日本の被災地の子供たちへ届け、支援させていただくこととなりました。
【活動日程】
① 9月5日(月) 宮城県及び岩手県の沿岸部を訪問、ボール贈呈
② 9月6日(火) 午前 岩手県教育委
午後2時より 宮城県庁および学校施設を訪問し、ボール贈呈
午後15時30分 仙台市立長町中学校で贈呈式 練習視察
③ 9月7日(水) 午前 福島県教育庁
【NPO団体概要】
NWA は、パキスタンのギルギットとマチュルーで、支援プロジェクトを展開している団体です。女性自立に向けた縫製・刺繍教室や識字教室、初等母子保健と栄養指導教室、子供達の算数教室等の開催、2002 年ナンガパルバット地震、2005年パキスタン北部大地震、2010年パキスタン大洪水の災害時には、人道支援、救援物資配布、被災民キャンプの設置など幅広く支援プロジェクトを実施しました。
ホームページ:http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nippagrp/pakistan.htm
JMASは、アジア、中東、アフリカで地雷処理等を実施している団体で、他国際NGOと連携し、東日本大震災の緊急支援も実施しております。
ホームページ:http//www.jmas-ngo.jp
カレーの歴史
日本の国民食ともいえるカレーは、英印混血のイギリス海軍士官たちにより日本に紹介された。
彼らは日本人にとって、1853年ペリーの黒船来航以来の西洋人であった。
カレーは、日本人の嗜好に合うように改良され、やがて日本独特のスタイルになった。
1872年、日本の料理本にライスカリーのレシピが登場した。
それは、当時の英国の料理本「ビートン夫人の家政読本 」に掲載されたレシピと類似していた。
ルーを使うのではなく、お肉と野菜を煮出した出汁、小麦粉、林檎のみじん切りを使った。
1877年、ライスカリーは(*カリーは20世紀始めにカレーと発音されるようになった)、
東京にあるレストランのメニューに登場した。
当時のカレーは熟練の技を要するカレーソースとイギリスのカレー粉を使用したため、高級メニューだった。
1931年、「C&Bカレー事件」が発生した。
イギリスのクロス・アンド・ブラックウェル (C&B)社のカレー粉は、品質がよいとされていたが値段が高く、ある商人が国産品の安価なカレー粉をC&B社のカレー粉だと偽装販売した。
この事件は日英間の外交問題にまで発展し、偽造グループが逮捕された。
しかし、これがきっかけでS&B食品のカレー粉が売れ始め、
その後、カレーうどん、カレー南蛮、カレーパンなども登場した。
即席カレーミックスの登場により、日本にカレーが広まった。
1920年、ハウス食品やS&Bが粉末カレーミックスを発売し、
1954年、現在の主流である固形カレーミックスが登場した。
1963年、ハウス食品がバーモントカレーを発売した。
原材料にリンゴと蜂蜜を使用し、従来のカレーよりもまろやかで甘くなった。
子供たちにとってカレーは辛いというイメージを覆し、それ以来、カレーライスは子供たちの好物となり、30年以上学校給食で食べられている。
天皇陛下は地方訪問の際にご当地カレーを食べられるらしい。
また、タモリは自己流カレーレシピをテレビで紹介した。
海上自衛隊の船上では毎週金曜日の夕飯にカレーライスを食べるのが恒例である。
これは大日本帝国海軍の頃からの風習である。
1969年、レトルトカレーが発売された。
1997年、カレーは毛利衛宇宙飛行士によりNASA宇宙食へ取り入れられた。
2009年、イチロー選手が試合前は毎朝必ず奥様の作るカレーを食べるというのがNHKで放送され、日本では朝カレーが流行した。
そして、江崎グリコとハウス食品は温めずに食べられるカレーを発売した。
これは3月11日の震災以降需要が増えた。
また、最近では、日本国内にインド料理店、タイ料理店、南アジア料理店が増えている。
JAPAN TIMES より
青いカレー!?食欲減退ブルーカレー
東京・原宿のニコニコ本社 内のカフェで、科学実験料理を食べられる「サイエンス・キッチン~アリエナイ理科ノ料理~」が2011年9月4日まで開催されている。
8月20日には、その料理の一部がニコニコ生放送「サイエンス・キッチン~アリエナイ理科ノ料理~」で紹介された。なかでも視聴者の目を引いた青色のカレー「食欲減退ブルーカレー」を試食したニワンゴ取締役のひろゆき氏は、「カレーとして全然食える」と味に満足した様子だった。
続きは、ニコニコニュース