皆様、こんばんわ。

本日から一日から2日に一度の記事更新ペース、必要あったり、面白そうなことがあった場合においては不定時更新で行きたいとおまいます。

要するに気ままってことですね?


さて、ここからは俺の趣味で。
ネットで見かける害悪を論理的に考察する、というのをやっていきます。

そうですね?単なる興味本位です。



不条理の代表格ってなんでしょう?
そうですね?DVやハラスメント、そしていじめですね?


ハラスメントの定義
※ドクタートラスト様より引用させていただいています。



職場でやりますと。
社会罰または法的な罰等、様々なペナルティを受けることになります。

俺の場合は経営する側にいますので、法的な責任を負いやすい。
ゆえに、この部分には大変に敏感です。

万愛の漫画のこの部分とか。実はハラスメントですからね。漫画だからいいですけど現実にはやったらアウト(笑)
いや、珠世のとか、真ん中の愈史郎のとかは、ハラスメント越えて、もはや殺人未遂ですよ。


俺も多数のセミナーや研修会などにはよく参加をしています。
ハラスメントを防止したり組織の中で起きにくいように構造を変えたりそういうための研修です。
主に商工会や、それ以外の機関でも開催されてます。

これは実は万愛も一緒に参加する場合は多いです、健康状態に問題がない時は、彼女自身が一族の会社の従業員等へのカウンセリングを行うという時もあります。

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いじめの判断基準

いじめの行動パターンには主に6つの行動があるとされています。

  1. 悪口や相手が困るような噂を流す、SNSなどによりターゲットを誹謗中傷する
  2. 脅したり暴力を振るったりして金銭などを強要する
  3. 道徳心よりも自分への損得勘定を基準に行う(ストレスなどのはけ口にする)
  4. 仲良しグループやクラスの中などで特定の子をターゲットにしても、「ふざけているだけ」と、いじめの意識がない
  5. 自分よりも弱い立場にある相手を探して攻撃する
  6. 昔から「あざ笑う」「いたぶる」などとされてきた行為・言葉
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ネットより引用をお借りしています。大学の研究ページより

SNSにおいても実は身体的な暴力を除けば全て存在しています。
例の1番目などはいわゆるネガキャンとなります。

2番目はゲームなのでアイテムやプレゼントを強要する、または恋慕などの理由からストーキング行為に至る。実生活における被害ということですね。

3番目と4番目は、集団によるいじめの心理で起こりやすい事柄です。
道徳心よりも自らの保身またはストレスのはけ口など様々な理由で対象者を阻害します。
皆さんも目にされましたね?
ふざけているんだ、冗談だ、そういう言い訳をする。
その手の人間の特徴は自覚がないということです。

強者である立場や集団を利用して、自らの行為をハラスメントやいじめではないと勝手に脳内変換を起こしてしまう。


そう中高年以降もいじめをしているような人間はその人自身が正常に発達を遂げてない状態にある。


本来であれば、きちんと自己アイデンティティの確立を経て、ある程度の年齢までに、分別や理性、常識を身に着けます。
規範意識も、遵法精神も当然ですが身に着けます

ぶっちゃけて言うなら俺や万愛だって若気の至りはありましたよ?


いじめとは自己アイデンティティが確立していないすなわち自分に自信がない人間が起こす行動。
というのは世の常識ですよね?

これはもちろん皆さん自分のお子さんに教えられているからご存知ですよね?
学校現場でも言われますね?


脳が発達し判断力が十二分についてくると自己と他者を比較する必要性がなくなってきます。
これはレゾン・デートルが確立するから。



周りから十二分に評価をされている、もしくは自分が満足できる程度の評価を得ている。

これが自己アイデンティティの確立や自己肯定感が形成されるということです。

◆自己アイデンティティ=自己同一性


通常の成人であれば中高年に至るまでに、この自己アイデンティティの確立は終わります。(レゾン・デートルもほぼ同義語ですね。)

努力した結果が出た。
自らを周りが認めてくれている。
そういう経験値を一つ一つ積んでいく。

失敗からの回復
これによっても、この自己アイデンティティは得られていく。
自己肯定感も培われていきます。

ところがこれが達成されていない人も一定数は存在する。


◆いじめなどで精神的な抑圧を経験した
◆失敗などにおいて回復ができない状態の状況に置かれた
◆両親や周な友人など周囲の人間から否定を強く与えられてきた。
◆過去に取り返しのつかないミスを犯してしまっている(犯罪や補導歴等)
◆強い競争にさらされ尚且つその中で劣等感に苛まれた。(受験や学力の失敗等)


これらは代表的な一例となりますが。
◆取り返しのつかない失敗
◆取り返しのつかない人間関係
そういうものにさらされると人間は自己アイデンティティや自己肯定感が阻害されることがあります。

それにより何が起きるのか。

①反動からいじめやハラスメントに至ることがある
②自己防御の強さによって、他人を疑ってしまい余計な行動を起こしてしまっている人もいる。


①の場合はオフェンス的なのではっきりと解ります、いわゆる鉄板のいじめです。

冗談だとか言いながら人に危害を加える質の悪いやつということになります。
自己の優位性を保つために人を犠牲にする。
これには、もちろんさまざまなタイプがあります。

◆マウントや指示魔などの支配型。
◆弱者に対して暴言などを吐く暴言厨。
◆障害者など社会的弱者を狙ってマウントをかける誹謗中傷垢。
これらが典型的なよく見る形。
ネットでもよくいます。

②にはネガキャンタイプがあります。

●敵にネガキャン
●味方にネガキャン
(そんなのいるの?と思う方いらっしゃるでしょうが。います。むしろこっちが激痛。怖い存在ですよ?)

自己アイデンティティの欠如があったとしても周りに被害を及ぼさないのであれば何ら問題はありません。
ちょっと自信がない程度。

ところがいじめやハラスメントにまで行動が至ってしまう人というのは周りに被害を及ぼす状態を形成しているわけです。

エナジーバンパイアのところで触れたように様々な方法を使って周りの人間を疲れさせてしまう、もしくは害してしまう。



それが具体的に問題にまで発展する状態の人、それが普通の人達に紛れて存在している、これが SNS の問題性と言われています。


   
ネガキャンとまではいかなくても下記のような行動に陥ってしまっている場合も、実は自己同一性や自己肯定感が低い人に起きがちなんです。

◆自分が攻撃されるのではないか?と不安になってしまい、必要もないのに、人に相談してしまうタイプ
◆リソースのない話(多くは話している本人が感じている不安や不満)をグループに持ち込むタイプ

ある一定までは問題がないですが。
ある一定を超えると周りを疲弊させてしまうことがあるので注意は必要です。

相談や情報のリークなどというものに関してはリソースが必須です。


◆そういった害悪行動から身を護るには?

皆さんは害悪に出会った時に説得を試みてしまうのではないかと思います、

理解を求めようとしてしまう。
実はこれは間違っています。

ハラスメントを起こしている人間の中には自覚がないという人も実は多く含まれています。

そう、悪い意味で確証バイアスや後知恵バイアスが働いてしまう。

最悪の場合善意でやっているという人もいます。

害悪行動をやっている本人を矯正するというのはかなり大変な作業になります。

幼い子供であるとか、若い人間であるという場合においては変化に対して柔軟ですが。

人間は加齢によって柔軟さが失われていく。

矯正は不可能であるがゆえに、周りがその問題行動を認識し、その人間に対して抑止の行動をとる。

これがいわゆるネットにおける炎上というものになります。

具体的に行動を停止させるための批判を浴びせることによって害悪を阻止するというやり方になります。

なぜこれが起きるのかと言うと人間は群れをなして生活するタイプの哺乳類だからです。

ダ・ヴィンチより引用

単体では非常に弱い脆弱性を持つ人間は集団になることによって外敵に対しての強靭性を上げてきたという過去があります。

ですので当然ながらフリーライダーは忌み嫌われます。

ここでフリーライダーって何と思った方のために解説しますね。

◆端的に言うなら、利益だけを得ようとするズルい奴。これをフリーライダーといいます。


こちらも、ダ・ヴィンチさんより引用。
絵師の世界で言うところのフリーライダーはもちろん下記のもの。

トレパク
無断転載
(二次加工含む)

これが会社などになると
人の手柄を横取りする
仕事をサボって給料を得る
などに変化します。

世界ごとによってフリーライダーの在り方は違う。
まあいわゆるタダ乗りしてるやつですね?

で、このフリーライダーというのは当然ですが社会学的に見た時の害悪なんですね。


絵師の世界ならいわゆる絵の上手い下手、漫画のストーリーの上手い下手で、下手とされるものが、ローパフォーマー。

フリーライダーは上手い人の絵やストーリーをパクるやつ。これがフリーライダーとなります。


わかりやすいですね?
ダ・ヴィンチさんの説明、誠に端的でわかりやすい。

フリーライダーもそうですし、ネガキャンをする人間などの害悪行動を起こす人間に対しては、人間は声を上げる行動を起こすのは、ある意味当然といえば当然の行動なわけです。

人類はそうやって集団を守る行動によって生き延びてきた種であるからです。

ここで注意しなくてはならないのは
害悪に対して声を上げる行動は正義と定義できるものとは限らないと自覚していることが大事です。

誰かを守ろうとする行動、これはもちろん正義です。
しかしあくまでも個人の正義である。
ということは自覚しておくべきです。

これはもちろん俺にも言えますよね?
俺は害悪にはNOを言いますから。


仮に正義からの行動であったとしても、それだけに捕らえられてしまうということは避けなくてはいけない、そう思います。


確かに脳科学的に見ると正義を遂行するというのは非常に強い快楽と結びついています。
すなわち害悪に対して害悪だと声をあげることは快楽であると脳科学的には捉えている。


害悪を排除する行動は、ある意味強い行動です。
毒をもって毒を制するような行動となります。

行動そのものは誰かの行動を強く阻害することになりますので、もちろん反対意見が起きたり、いじめてるんじゃないかと疑われたり、様々な反動も起きてきます。


そもそも正義とは一つではありません。
立場が変われば正義も変わります。


誰かを守る時に非常に重要なのは、害悪に該当する人を徹底排除することが重要なのではないと自覚することだと思います。


絶対に逃がさないだとか。
害悪は許さない。
等の履き違えた発言をしておられる方も見かけます。

そうではありません。
◆問題行動を停止させることが可能な場合は停止に追い込む。

それが不可能な場合においては

◆自分及び自分の周囲の人間からの引き離し
◆自分の周囲の人間への危険の告知

この二つが達成できれば何ら問題がありません。

その人間をわざわざコミュから追い出すことも必要がありませんし、その人間を改善してあげるようなおせっかいをする必要もありません。





害悪の中でも止まりやすい行動と止まりにくい行動これは存在します。

◆トレパクや無断転載などに見られるフリーライダー行動は社会からの批判が強く出た場合には停止することが多い

これに対して

◆自己アイデンティティの欠損や自己肯定感の欠損によって起こってくる、いじめやネガキャンなどの行動は止まりにくい。


フリーライダー行動というのはいわゆるズルさから出てくるものです。
社会的に批判を浴びる状態になると利得も失われます。
だから比較的容易に停止をします。


ところが自己アイデンティティの欠損、自己肯定感の欠損による行動は、脳の成長そのものの問題であるために改善されることは少ないと言えます。


よほどに本人が自覚し自らを律してその行動を正そうと意識しない限りは治ることはありません。


このような人はどのコミュに属しても、おおよそ似たような結果を繰り返しているという場合が非常に多い。


周りが受け入れていくのか、もしくは排除するのか、それはその害悪行動の程度によるのだと思います。


自分の周りにいる人間が、自分に荷重のストレスを与えてくる、そういう状況に陥った時

心理学的側面から冷静に考えるというのは有効な手段です。

修正が不可能な害悪、もうこれは向き合うことそのものが時間の無駄になることの方が多い。

いじめやネガキャン、こういったものは毅然とした切り離し態度を取ることで、ある程度は防ぐことが可能です。

◆嫌なことは嫌だとはっきり相手に伝える。
◆相手に好かれようとする努力を必要以上に行わない。
◆友人は保護者ではないのだから必要以上の責任を引き受けない

それでも害悪行動が止まらない場合は、きっぱりと縁を切る。



よく、万愛が、私は善人じゃない、という言葉を出します。
俺も正義を執行しているつもりは全くありません。


俺は誰かに対して怒ったり気を吐いている時は。
正義は執行していません。
自分の守りたいやつを守っている。
おそらくは万愛もそうです。

これは俺が自分のオリジナルの小説の中でキャラクターに言わせた台詞ですが。


もちろん、これは物語の中のみの極論といえば極論なんですが。
我々男性には、多少なりともこの感覚はあります。

◆自分の仲間や身内あるいは好きな異性、我が子
◆明らかに自分より弱いと思える弱者

これに対して我々男性は守らねばならないという庇護欲が強く出る傾向はあります。
これは前に話したオキシトシンこれの働きにも寄ります。

程度の差はあれ、外敵に対して攻撃行動をとるというのは哺乳類にとっては自然な行動なのです。

人間の場合はコミュの中にいて和を乱すものも実は外敵。
コミュの崩壊は、すなわち自らの生存を脅かすという定義で構成されているからです。

獅子身中の虫というやつですね。

外敵に対してもしくは社会が役に対して声をあげられる人間というのはCommune 全体の中から見ると5%以下というのは、はっきりしています。

残りの95%は
◆攻撃行動には出ない、しかし問題は感じている
◆問題そのものを感じていない

このどちらかに属していることが多いです。
これは欧米とアジア人などの社会の形成性が違う国においては割合が違ってきます。

SNS においては今までの考え方では危険の方が大きすぎます。

自らにストレスが与えられている事を自覚せず
◆やられっぱなしの状況を放置
◆自分が我慢しなくてはいけない
◆相手の害悪性を認識していながらそれでも自分が守ってあげなければいけないという間違った認識にすら陥ることがあるわけです。
いわゆる共依存。
自分がついていてあげなくてはという間違った認識ですね。

好かれる努力を捨ててみる
これは実に楽になる方法だと思います。

嫌われたとしても自分の言いたいことはきちんと伝え嫌だと思うことはきちんと伝える。

これについて、けだし名言を吐いてるやつを一人知っています。

「悪党はいいよぉ?いい人なんてやってたら疲れて死んじゃうよ?」

そうですね?
潰瘍性大腸炎でくたばってるやつですね。

嫌なものにNOを言う力。
それは自分の身を守るためでなく自分の周りを守る力でもあります。

そのためには害悪とはどんな種類があるのかをよく知っておく。
これは良いことではないのかそう思います。

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文責 大塚 あずる
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スパイファミリーのロイドフォージャー
模写だそうですが目とか完全に万愛のテイストやと思いますが。


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https://ameblo.jp/ootsukabros/entry-12756574426.html 

https://ameblo.jp/ootsukabros/entry-12757803169.html