第百五話 俺の爪と牙 その4(35歳 男 拝み屋) | ねこバナ。

第百五話 俺の爪と牙 その4(35歳 男 拝み屋)

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もどうぞ。

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「駄目だッ」

朝日が辺りを明るく照らし始めた。俺は大声を上げて、卓に突っ伏した。

「判らねえ」

俺のぼんくら頭じゃ、これが限界だ。
ミドリ、いやナターシャは、本棚に寄り掛かって船をこいでいる。しょうがねえ。ついさっきまで茶を淹れてくれてたんだからな。
猫達...もう二匹になってしまったが、ゲンタとナターシャは、俺の横の座布団ででとぐろを巻いている。

俺がじいさんの帳面から読み取れたことといえば、

ひとつ、大昔、大和朝廷の成立以前に畿内に住み着いた渡来人の家系が、脈々と現在まで続いているらしいこと。
ふたつ、その家系は、この国のさまざまな階級・職業の中に潜り込み、生産・流通・教育・情報、そして政治などを陰で思い通りに操る力を持っていること。
みっつ、その家系は近親間の婚姻を繰り返したために遺伝病があり、それを治療するための薬が定期的に必要になること。
よっつ、その治療薬の製造法やら配合やらは、日本各地の神社が受け継ぐご神体の中に巧妙に隠されていること。
いつつ、じいさんは、その製造法か配合か、あるいはそれに類することの何かを、意図的に隠してしまったということ。

このくらいだ。
だが、肝心の対処法が判らねえ。どうすればそれが見つかるのか、どうすれば奴らの弱みを押さえて、こっちが優位に立つことが出来るのか。
そして、そもそも、何故じいさんがそんなことをしなければならなかったのか。

「ぐぬぬぬぬぬ」

俺は突っ伏したまま唸った。いや唸ったところで何がどうなるわけでもない。

「先生...大丈夫ですか?」

ナターシャが目を覚ましたらしい。

「大丈夫じゃねえよ。おい、また茶を淹れてくれ、濃いやつな」
「先生...胃がおかしくなりますよ。ミルクティーにしましょうか」
「ああもう何でもいい。とにかく目が覚めて元気が出ればな」
「はいはい」

ナターシャが茶を淹れている間、俺はもう一度帳面の最初の方を繰ってみた。
神社の名前がずらずらと書いてある。ただそれだけなのだが、何故これが帳面の最初に書いてあるのかが判らない。
そして、その末尾の方、小さく書かれた神社の名前に朱で丸が付いている。
「夕立神社」とある。ユウダチか、ユダテか。どう読むかは判らない。
脇にこれまた小さく書込みがある。
「明治三十九年 ○○神社ニ合祀」
要するに、強制的に一緒くたにされちまったってことだな。こういうことが明治の終わり頃にあったと、物の本に書いてあった。
この神社に、何かじいさんの秘密があるのだろうか。しかし今から行ってみるわけにもいかない。

「はいどうぞ」
「おうサンキュ」

俺はナターシャの淹れたミルクティーを啜った。こいつはいいや、胃に優しいうえに、身体もあったまる。

「あれ、その字...」

突然ナターシャが、帳面の「夕立神社」の字を指して言った。

「なんだ何かあるのか」
「いえ、その字だけ、すごく思い入れが深そうな」
「なに?」
「おじいさまのご実家でしょうかね、そこ」

俺は呆気にとられた。そんなことも。

「見えるのか」
「あ、いいえ、見えるというか、こう、親しみが込められてるのが判るというか、ううん...」
「何だよはっきりしねえな」
「手書きの字って、その時にどんな気持ちで書いたか、私なんとなく判るんです。その字だけ他のと違ってたもので」

なるほど。案外馬鹿に出来ねえな。

「じいさんの実家ねえ...。おい、この神社、ネットで調べてみてくれや」
「あ、はい」

ナターシャは自室へと向かった。俺はまた考え込んだ。
もしじいさんの実家とやらが、この神社だったとしてだ。そこが例のあいつらの、秘薬とやらの製法に何かしら関わりがあるのだとしたら、じいさんはそれを受け継ぐ立場だったと考えてもいいだろう。そしてそれを敢えてあいつらに渡さなかったとしたら...。
俺は首を横に振った。待て待てそんなことはないだろう。第一神社はとっくの昔に合祀されてるし、ご神体とやらも大きな神社に持ってかれちまったに違いない。もしじいさんがご神体とやらを持ち出していたとしてもだ。そんなもの奪ってしまえばそれで終いじゃねえか。
だとしたら何だ。何が奴らにとって大事なのだ。
モノじゃないのか。何か口伝とか、秘術とかそんなものが...。しかしそれなら、じいさんを殺しちゃ何にもならねえだろう。親父も俺も、そんなものを受け継じゃいねえんだからな。
考えれば考えるほど、判らねえ。

「先生、判りましたよ」

ナターシャがノートを持って入って来た。

「○○神社に合祀された夕立神社は、京都の北東部にある、その地で最も古い神社のひとつだったそうです。正しくはユタチと読むそうで、湯立ての神事からその名前が付いたと言われているそうです」
「湯立ての神事、ねえ」
「なんだか、釜でお湯を沸かしてお祈りをするらしいですよ。出雲系の神事とか何とか」

だからどうした、って感じだな...ああ、もう訳が判らねえ。

「ああ駄目だ駄目だ」
「先生、しっかりしてください」
「ちょっと、すまんが、そこの戸棚の上から、煙草取ってくれ煙草」
「えー、先生、ずっと前に止めたって言ってなかったでしたっけ」
「うるせえな、昨日から復活したんだよ! 灰皿もそれ、そこにある」
「まったくもう...」

ナターシャは渋々煙草と灰皿を持って俺の脇に置いた。
俺は煙草に火を点け...

「あ、先生マッチ...」

煙を一気に吐き出した。

「ぶはあああああ」
「あの、先生....」
「ん? 何だ」

「火、どうやって点けたんですか?」
「火? そりゃあお前、普通にだよ」
「普通にって、ライターもマッチもないじゃないですか」
「そんなもんいるのか?」
「いるのかって...」

ナターシャは怪訝そうな目で俺を見ている。
おかしな奴だな。

「だってお前、火はこうやって」

俺は人差し指を立て、爪の先に小さな火を点した。

「点けるに決まってんだろ」

「えッ」

ナターシャの奴、目を丸くして吃驚してやがる。一体何なんだ。
何かおかしいことしてるのか俺は。

「そ、そんなこと、どうやったら出来るんですか」
「どうもこうも、昔から...。お前は出来ねえのか」
「出来る訳ないじゃないですか! せ、先生、どうなってんですかここ」
「うわっ」

俺の指をつかまえて、ナターシャの奴しげしげと見てやがる。
そんなに驚くようなことだとは知らなかった。

「先生、すごいじゃないですかあ」
「すごいか?」
「すごいですよ! こんなすごい力があったなんて」
「って言われてもなあ。何の役にも立たねえぞ。放火魔とかならいいだろうけどな」
「そんなあ」
「しかし、そんなに珍しいことだとは...こんな小せえ火なんぞ、それこそライター代わりにしかならねえよ」
「おじいさんも出来たんですか、それ」
「ん? ああ、確かな。もっと大きな火を出してたぞ。親父は出来なかったみたいだけどな」
「へええええ」
「まあ...あまり人前でやるなとだけ言われていたが...まさかそんなに...」

そんなに、特別なのか。
ただのイカサマ拝み屋の俺の、こんな小せえ特技が、ねえ。
煙草を点ける以外で使ったことなんぞないが。って、そんなこと考えてる場合じゃねえな。

「先生、その力は、おじいさまの掴んだ秘密とかに、何か関係があるんでしょうか」
「...どういうことだ?」
「だから、おじいさまの血筋が、湯立て神事をする神社の神職だったとして、ですよ。その火を点ける力が、何かおじいさまの秘密と関係あるとしたら」
「...って言ってもなあ...」

火だけじゃどうしようもないだろう。
何か、燃やすもの、あるいは何かを燃やす方法とか、そういうものがないとな。
燃やすもの。じいさん何か遺してないか。
遺して。

「あ」
「猫だ!」

ナターシャは戸棚の上に置いてあった、ダンノウさんの猫を持って来た。

「この中に何か」
「中か...開くのか、これ?」

ぐるぐる回して見てみるが、さっぱり判らん。あちこち押しても引いても何も変わらない。

「どうなってんだこれ」
「うーん...判りませんねえ」
「これごと燃やしてしまうとか」
「お前なあ。これはただの寺の土産だっつの。これ自体に意味はねえんだよ」
「あ、そうですよね」
「ダンノウさんの猫...か。何か特別な仕掛けでもあるのか」
「だんのうさんの、ねこが、ないて、はりますぇー、でしたっけ」

そうだ。猫が、鳴くのだ。

「突如猫ノ鳴声聞ヘル」

これがヒントか。しかしどうやって、鳴かすんだ。
鳴き声が出るのは喉だ。喉...首、首か。
よく見ると、うっすら継ぎ目らしきものがある。
俺は猫の首を掴んで、ぐいと回してみた。かなり固い。

きゅる。

「あ、鳴った」
「これか」

更に力を入れる。

きゅる、きゅる、きゅる

段々首がゆるくなってくる。くるくると軽く回るようになって、ぽん、と首が抜けた。
何事も器用なじいさんだったが、こんな手の込んだ工作も出来たのか。
猫の胴体に空いた小さな穴を覗くと、一片の紙切れのようなものが、巻かれて納まっていた。

「おい、ピンセット取ってくれ」
「あ、はい」

ナターシャが工具箱からピンセットを取り出し、俺に渡す。
俺はそれで、紙切れをそろそろと、穴から引き出した。

「なんだこりゃ」

出て来たのは、厚みのある和紙の切れっ端のような、薄っぺらい物体だ。
その表面には、朱で模様が書いてある。
点と線が幾何学的に交叉し、不思議な形を作っている。俺の作るイカサマ護符とは違って、なかなか強烈な印象だ。

「これ...なんて書いてあるんですか」
「判る訳ねえだろ俺に」

俺は紙切れの臭いを嗅いでみた。黴のような臭いしかしない。
裏返してみたが、裏には何もないようだ。こんな小さな紙切れに、なんの秘密があるのか。

「もしかして、これを、燃やすとか」
「これをか?」

俺は試しに、紙切れの端をわずかにピンセットで千切った。そして右手の人差し指に火を点し、それに近づけた。

じゅっ。

小さな音を立てて、その紙の端はあっという間に燃え尽きてしまった。薄紫色の煙が立ち上る。
俺は無意識に、その煙を手前に仰ぎ、臭いを嗅いだ。
その途端。

ばたむ。

「せ、先生! どうしたんですか」

それきり、俺は気を失った。

  *   *   *   *   *

「...せい、先生、しっかりしてください」

ナターシャの声が遠くに聞こえる。
頭がぐらぐらし、視界がぐるぐる回っている。
この感覚、憶えているぞ。昔チンピラに貰った、錠剤のドラッグだ。

「ぐっ、な、何だってんだ畜生」
「先生、あ、やっと気が付いた」

身体を起こそうとするが、感覚がぼんやりして頼りない。

「先生、あたしも、何だか気分悪いです...」
「そうか、あの煙を少し吸っただろうからな。おい、窓を全部開けて、空気を入れ換えろ。猫達が吸ったら大変だ」
「は、はい...」

ナターシャはよろよろと窓を開けた。猫達は普通にとぐろを巻いている。幸い煙は高いところに上ったようで、こいつらに影響はない。

「先生、何なんですかあれ」
「判らねえよ。ただ、麻薬の成分を濃くしたような、そんな代物だな」
「これ全部燃やしたら...どうなっちゃうんでしょう」
「さて、試して見る気は起こらねえな俺は」
「ですよねえ」

こんな小さな紙切れみたいなもんが、怖ろしい代物だということは判った。
これが、奴らの秘薬作りとやらに、何か役に立つのだろうな、きっと。
詳しいことは判らないままだが。

ピンポーン

玄関の呼び鈴が鳴った。

「あ、はーい」

ナターシャがどたどたと駆けていく。俺は頭を振って、気色悪い感覚を振り払おうとした。
どちらにせよ、とんでもねえ奴らと、俺は相対しなきゃいけねえってことだな。
全くやってくれるぜ、じいさんよ。出来ることなら、じいさんの代で、カタを付けて貰いたかったな。
俺はゆっくり立ち上がり、固まってしまった足腰を伸ばした。

と、そこへナターシャが戻ってきた。

「先生、上町の親分さんがお見えです」
「お、親分か、どんな用だ」
「さあ...とにかく先生を呼べと。喪服着てますけど」
「喪服?」

嫌な予感がした。
急いで玄関に向かうと、上町の親分が若い衆を二人従えて立っていた。
杖をついて腰も曲がっているが、目つきだけはまだギラギラしている。

「おう親分。どうしたぃそんな不景気な格好しやがって」
「お前こそ、柄にも無く家に籠もってやがったな」
「ぬかせ。なんだ用ってのは」
「お前まだ知らねえのか。大光院のゲンポウ爺が、死んだぞ」

「な」

「今日の朝方、大光院で火事があってな。本堂が全焼しちまった。奴さん、お勤め中に火災に遭ったそうだが」
「お勤めだぁ? あの生臭坊主が朝のお勤めなんぞするもんかよ」
「そうだ。だから妙な臭いがするもんでな」

親分の声が重くなった。俺は唾を飲み込んだ。

奴らか。
これも、俺への脅しだってのか。

「お前、何か知ってるのか、ゲンポウ爺のことをよ」
「...いや」
「本当か」

親分は土足であがり込み、俺の胸ぐらを掴んだ。

「あのクソ坊主はどうしようもねえ奴だがな。お前のじいさん同様、俺にとっちゃ古い知合いだ。隠し立てするとただじゃおかねえぞ」

皺だらけの顔を俺に近づける。俺は小声で囁いた。

「...すまねえ、俺のじいさんの置き土産だ」
「...なに?」
「...ヤバい話だ。あんたらに手間はかけさせねえ。ただひとつ頼みがある」
「...何だ」

「...俺に何かあったら、あの小娘を、ミドリを、頼む」

「...そんなにヤバいのか」
「...万が一の時にはな。俺はおっ死んじまう積もりはねえ」
「...ふん、そうかい」

親分は手を離し、そのまま外へと向かった。
その背中に向かって、俺は悪態をついた。

「親分、悪どい商売で儲けてるんだろうからよ、俺の香典立て替えといてくれや」
「利子は高ぇぞ」
「はん、長生き出来るように拝んでやっからよ」
「ふん」

鼻を鳴らすと、親分は若い衆を連れて帰っていった。
丁度良かった。頼み事をしに行く手間が省けたってもんだ。
俺のじいさん、そしてゲンポウ爺。二匹の猫達。
奴らにとっちゃ、虫けらに過ぎねえんだろうがよ。
どうせ俺は逃げられねえ。逃げられねえなら。

「噛み付いてやるまでよ」

足が震えた。もう後戻りは出来ねえ。
全てが判った訳じゃねえし、俺はまだ優位には立ってねえ。だが、もう時間はねえんだ。
最後にでっかいイカサマを仕掛けてやる。
俺は、イカサマ尽くしの、拝み屋だ。

「あの、先生」

ナターシャが不安そうに俺を見る。
こんな小娘、道連れにしたとあっちゃ、じいさんに笑われちまう。

「ナターシャ、あの織物工場の社長んとこにな、今晩出かけて行くと電話しろ。その後、俺の仕込みを手伝え」
「はい、あの」
「何だ」
「これから、何が始まるんですか」

俺は笑って、言った。

「いつものとおりさ。イカサマを仕込むのよ」



つづく






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