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第三百六十四話 引揚船

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ごごごご、と船体の鳴る音が響き、私は目を覚ました。

大泊の港を出て、どのくらい経っただろう。さほど大きくない警備艇の船内は、女子供と傷病者でぎゅうぎゅう詰めだ。辺りに酷い臭いがたちこめていて、乗船して直ぐは吐き気が止まらなかったが、どうやらウトウトとする程には私も慣れてしまったらしい。

ソ連軍の急襲によって千島方面から陸軍の撤退が相次ぎ、樺太もそろそろ危ないぞ、と囁かれだした頃、ラジオから、日本が無条件降伏したと放送があった。島の人々は一刻も早く逃げなければと、まず女性と子供達を港へ送るよう、島中に知らせが走った。

大泊の女学校で教員をしていた私は、引揚船の第一便に、幾人かの生徒達とともに乗り込むことになった。

おんぼろの警備艇はのろのろと海峡を進む。稚内までは八時間程だろうと船長は言った。それまで飲まず食わず。じりじりと太陽が船を焦がすように照り、船内はますます湿気と臭気で満ち満ちた。私も女学生たちも、ひと固まりになって床に座り、悪い夢のような状況に堪えていた。

 

「先生、あたし気持ちが悪い」

 

身体の弱いサヨが、真っ青な顔で私に訴えた。

 

「少し外の風にあたってらっしゃいよ」

 

そう声を掛けたが、

 

「嫌。甲板だって人だらけだもん。病気の人もいるし」

「そんな事言うもんじゃありませんよ」

「だって先生、本当に気持ち悪いの」

 

サヨは倒れ込むように私にすがった。ふうふうと浅い息をするサヨの背中を、私はゆっくりとさすった。

 

「だらしのないこと。港までまだ暫くあるわよ。しっかりなさい」

 

気の強いナツコがサヨを咎める。サヨはそれには応えず、ふう、ふう、と息をついた。

私はナツコを眼で制し、またサヨの背中をさすり続けた。ナツコは少し悲しそうな顔をして、うつむいてしまった。

皆不安なのだ、無理もない。着の身着のままで飛び出して来た。稚内に着いたところで、その後何処へ行けばよいのやら判らない。親戚を頼って内地へ向かう子も居るだろうが、お金も切符もろくに持たない子も居る。私はそんな子達の面倒を、しばらくは看てやらねばならない。二年前に赴任したばかりの、ひよっこ同然の私に、何が出来るだろう。

思わずぎゅう、と右手を握る。

 

「先生、いたい」

 

サヨが声をあげる。私は無意識にサヨの腕を掴んでしまっていた。

 

「ああ、ごめんなさい」

「どうしたの先生」

「なんでもないのよ。大丈夫」

 

不安な気持ちを誤魔化すのは苦手だけれど、私がしっかりしなければ。

私は無理に笑顔をつくって、サヨの背中を軽く叩いた。

そのとき。

 

「こらっ、お前何を持っとるか」

 

しわがれた声が船内に響く。

見ると、松葉杖をついた傷病兵と思しき男が、人の塊をかき分けて歩いてゆくところだ。

男は何かを掴まえ、引き摺り上げた。

薄暗い船内に、ひときわ白いちいさな顔が、ひょっこりと現れたように見えた。

おかっぱ頭のちいさな女の子。風呂敷包みを抱えたまま、引きつった顔で、男を見ている。

 

「鳴き声がしたぞ。何を持ち込んだ。病人もおるっちゅうに獣を持ち込んだんか」

 

酷い剣幕でまくし立てる男に、女の子はすっかりちぢこまって、それでも男をじいと見ていた。

大きなおおきな眼を見開いて。

 

「こっちゃへ寄越せ」

 

男が風呂敷包みに手を伸ばす。すると女の子は。

 

「うわああああああああ」

 

物凄い声をあげ、男の手を振りほどき、こちらに向かって飛び跳ねて来る。

ぴょんぴょんと、人の間をすり抜けて。

 

「こら待てやあ」

 

男は人につかえながらも、女の子を追って来る。

女の子は、サヨと私の間に、ずぼっ、とはまり込んだ。

 

「こらその包み出せえ」

 

男は声を荒げる。女の子は顔を私の脇に埋めたまま動かない。

私は堪らずに、男に言った。

 

「大きな声を出さないでください。この子、おびえているでしょう」

「うるせえ、こいつが獣を持ち込んどるんだ。海に放り投げてやる」

 

男の手が、にゅう、と伸びる。

 

「ぴゃあう」

 

女の子の中から、いや包みの中から、声がした。

 

「猫だ」

 

サヨが驚いて、身体を起こす。

女の子の包みの隙間から、ちいさなちいさな頭が、ひょっこり飛び出した。

それは手のひらにおさまってしまいそうな、真っ白な仔猫だった。

 

「猫」

「猫だってさ」

 

女学生たちが、私とサヨと女の子の周りに、がさがさと集まって来る。

 

「うわあ、かわいい」

 

トモが満面の笑みで言う。

 

「こんなに小さいの。大丈夫かな」

 

ナツコが心配そうに言う。

 

「真っ白よ真っ白。お目々は青いの。きれいねえ」

 

トシが眼を細めて、ほう、と溜息をつく。

サチコもハナエもカツエも、みんな女の子の、猫の周りを取り囲んでしまった。

 

「おう、こらお前ら、そこをどかんか」

 

女学生たちにすっかり押しのけられてしまった男は、声を張り上げたが、猫に夢中になったこの子たちに届くはずもない。

男はしばらく、もごもごと口の中で何か呟いていたが、やがて船の奥へと行ってしまった。

 

「ぴゃあ」

 

仔猫はサヨの顔を向いて、ひときわ高く鳴いた。

サヨはおそるおそる、細い細い指で、仔猫の額をこりこりと掻く。

仔猫は気持ちよさそうに眼を細め、ぐるぐる、と喉を鳴らしたあと、もぞもぞと包みの中へ入ってしまった。

 

「はああ」

 

溜息とも感嘆とも言いがたい声を、サヨは吐き出した。

女の子がサヨをじいと見つめる。サヨはにっこりと笑った。まるで気分の悪いのなど忘れてしまったように。

 

「どこから来たの」

 

サヨが女の子に尋ねる。女の子は、包みに目を落とし、何も話さない。

女の子の臙脂色の着物には、名札がなかった。モンペにも風呂敷包みにも、身元の判りそうな札はついていない。

 

「どうしたのかしらねえ」

「大泊の子じゃないみたい」

「昨晩、落合からトラックが来てたよ。そこに乗ってたのかな」

「敷香から来た貨車にいたんじゃない」

「名札のない子は乗せてくれないでしょ」

 

女学生たちはあれこれと、女の子の身元について詮索をはじめた。

確かに、こんな小さな女の子...せいぜい5、6歳といったところか...を、名札もないまま船に乗せるだろうか。

親か親戚が船の中に居るのかもしれない。そう思った私は、女の子に

 

「ねえあなた、お母さんはどこ。おじさんかおばさんは、お兄さんかお姉さんは、船にいるの」

 

と声を掛けた。女の子は押し黙ったまま動かない。ひろきわ白い肌に、ほんのりと赤みを帯びたほっぺが、熟れかかった桃のようで、私はすっかり見とれてしまった。

 

「こんな人混みの中じゃ、この子の身内を探してあげるのも大変ね」

 

ナツコがもっともらしく言う。

 

「じゃあ、港に着くまでここにいらっしゃいよ。こわいおじさんから守ってあげるから」

 

サヨが言う。私は少々驚いた。あの甘ったれのサヨが、そんなことを言うなんて。

女の子は、わずかにこっくりと頷いた。サヨはさもうれしそうに、女の子を包みごと膝の上に乗せた。

女の子は安心した様子で、やがてこっくり、こっくりとうたた寝を始めた。サヨは眼を細め、腕で女の子の頭を支えるように、優しく抱きかかえた。

そのうちサヨも眠くなったらしい。壁に寄りかかったまま、女の子と同じような格好で、こっくり、こっくりと船を漕ぎだした。

猫の青い眼が、時折包みの中からきらりと光って、サヨを、そして女の子を見ている。

 

「サヨちゃん、妹がいたんです」

 

ナツコが、私の隣で、ぼそっと言った。

 

「五年前に亡くなったんですって。4歳って言ってたかな。とっても可愛がってたんだけど、生まれつき身体が弱かったって」

「そうなの。知らなかったわ」

「妹が亡くなってから、あんなに甘ったれになっちゃったんです。食事もあんまり摂らなくなったみたい」

「気の毒に」

「サヨちゃんったら、いつも部屋で、妹の写真を見てたなあ。そうだ、猫と一緒の写真」

 

「ぴゃあ」

 

丁度仔猫の鳴き声が聞こえて、ナツコを私は思わず顔を見合わせて、笑った。

 

「なんでも、サヨちゃんの家で猫が子供を産んでしまって。冬の寒いときに、お布団の中で」

「お布団?」

「ええ。一匹しか育たなかったらしいんですけど、その仔猫が、妹にとてもなついていたって」

「へえ」

「いつも一緒のお布団で、サヨちゃんと妹と、その猫と、寝ていたんですって」

 

妹の面倒をよく看る、しっかり者のお姉さん。いまのサヨからは、そんな姿は思いもつかない。

 

「写真の猫も、真っ白だったなあ」

 

どうしてだろう、ナツコはとてもうらやましそうに、サヨを見つめた。

他の女学生たちも、サヨと女の子を取り囲み、うらやましそうにふたりを見ていた。

まるで姉妹のように眠るふたりの姿を。

 

「...ふるる、ふるる....」

 

仔猫の喉を鳴らす音が、かすかに包みの中から、聞こえてきた。

 

 *  *  *  *  *

 

稚内の港に着いたときは、もう日が落ちかかっていた。

これから船は取って返して、また引揚者を積んで来るのだという。

まるで羊のように追われて船を出た私たちは、港の片隅で、ひと息ついていた。

 

「あ、あの子がいない」

 

突然、サヨが叫んだ。

船を下りるときには、サヨがしっかり手をつないでいたはずの、あの女の子の姿が、ない。

 

「えっ、どこ、どこに行ったの」

「サヨちゃん、どうして手を離したのよ」

「あたし、ちゃんと、あたし...」

 

サヨは泣きそうな顔で辺りを見回す。私もうっかりしていた。女学生たち全員を下船させることに精一杯で、女の子のことを一瞬忘れていたのだ。

 

「とにかく、辺りを探しましょう。ただ、ここからあまり離れないでね」

「わかりました」

「ほらサヨちゃん、行くよ」

 

「どこ行ったのよーう」

 

サヨが大きな声をはりあげた。

らんらんと、目を輝かせて。

 

あれはまるで。

 

「にゃあーおう」

 

港の奥、古びた倉庫のほうから、声がした。

澄んだよく通る、猫の声。

そこには。

 

「ぴゃあーおう」

 

二匹の猫が。

透き通るように真っ白な、若い猫と、仔猫が。

私たちを、じっと見て。

 

「いや、行っちゃ嫌」

 

サヨがよろよろと手を伸ばして。

 

「行かないで」

「駄目よサヨちゃん」

 

ナツコがサヨを引き留めて。

 

「にゃあーーーおう」

 

猫はひときわ高く鳴いて。

二匹して、倉庫の奥へと、消えていった。

 

 *  *  *  *  *

 

あのあと、気を取り直した私たちは、随分あの女の子を探したけれど。

やっぱりあの子は見つからなかった。

サヨはしばらく放心していたけれど、三日の後、何かを吹っ切るように旅立った。

あのあと彼女たちには会っていない。彼女たちは、それぞれの人生をどう歩んだだろう。

 

七十五年も前のことだけれど。

まるで昨日のことのよう。

とても不思議な、あの日思い出。

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

いつも読んでくだすって、ありがとうございます
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