4月1日に思うこと…。
エイプリルフールだとか、何だとか…というより、4月1日は『カルビ伝説』がオープンする時の集合教育をした日という印象が強い。
1998年…だから、もう9年前になるんだ…。
何故、印象が強いかと言うと…、大雪だったのだ。
新店のオープントレーニングの集合教育ということで、全員集合だったのだが、大雪で「行けません…」という連絡が次々と入ってきた…。
その都度、「このトレーニングに参加できないなら採用できません…」ということを繰り返し伝えていたのを思い出す。
とにかく半端じゃない大雪で、「帰りは責任を持って送りますから…」ということを保護者の方に伝えて参加してもらった高校生も多かった。
この『カルビ伝説』のオープン時は、自分が店長として店に張り付いてのスタートだったので、気合も入っていた。
集合教育は、後にいろいろお世話になるトレーナーの才田先生の初期の頃でかなり激しかった。
全員ができるまで絶対に許さない…というトレーニングで、何人かはホント泣いてた…。
帰りに何人かの学生を送って行ったが、車が雪に埋まって動けなくなったりした。
全員の帰宅を確認して、トレーナーの才田先生をホテルに送って、戻ってくるのに凍結した道路の坂が登れなくて、深夜に一人呆然としていたのも今となっては懐かしい…。
このトレーニングは一週間続いて、オープンになったのだが、今思うとこの時のオープントレーニングが一番ハードだった。
それでも、全員が一人も欠けることなくオープンを迎えて、感動したものだ。
この時のオープンメンバーで、今でも『カルビ伝説』で頑張っているのはキッチンの「こぐれさん」だけ…。
メンバーはほぼすべて入れ替わってしまったが、でもやっぱり4月になるとあのオープンのことを思い出す。
あの時のオープンメンバーは、今みんなどこで何をしているのだろう…?
3月終了!
何だかんだで、3月も終わりだ。
今日は午後から新入社員さんのオリエンテーション。
とにかく、明日からは4月なので、また気分一新で行きたい。
去年の暮れにカリスマ占い師「井の頭の兄」に自分を見てもらった時に、春になるといろいろスッキリして良くなる…と言われたことを覚えているのだが、どうなんだ…?
確かに4月の最初から、かなりヘビーな予定が続くのだが、どうなっていくやら…だ。
と、3月終わりになって、『イオン高崎SC店』の自社で借りてる駐車場の代金が3月までしか払ってなかったことに気付く。
去年の10月のオープン時、とりあえず6か月分として約束したので、次の代金を払わねば…ということで、夕方駐車場の地主さんのお宅を訪ねた。
また6ヶ月間分を支払ってきたが、いろいろ話をしてきて興味深い話があった。
高崎市が周辺住民のことを思って、道を車が通り抜けできないようにしているのだが、それが不便だ…と言う。
市は買い物に行く車が周辺住民の生活道路を通らないように決めているのだが、周辺住民はかえって通り抜けできた方が良いと言っている。
いつ、通り抜けができるようにするのか…?
住民のことを考えてやっていることが、逆効果になることはたくさんある。
早く方針を変えた方が良いと思うのだが…。
ついでに、『イオン高崎SC』の様子を見てきた。
館内の広場でミニライブをやっていた。
「navy&ivory(ネイビーアンドアイボリー)」という人たちだが、自分は知らない…。
でも、結構人が集まって拍手をしていた。
こうした集客イベントはどんどんやるべきだと思う。
何なら、自分もやりたいくらいだが…。
歌か?コントか?小芝居か…?
こういう場所で、マグロ解体ショーなんかを派手な演出でやっても良いかも…。
申請すれば使わせてもらえるだろうか…?
月末で、あれやこれや…。
世の中、年度末の企業さんも多いかと思うが、ウチの会社の決算月は7月なので特には関係ない。
が、しかし、いろいろ動いていく時なので、とにかくあれやこれや…で、頭がついていくのが大変…。
今日一日を振り返ってみても、出勤してすぐに電話連絡で来月月初めの予定確認をメインバンクさんと…。
で、午前中は『カルビ伝説』メニュー作成の件でデザイン会社さんとの打合せ。
最初に出来てきている原稿を自分のイメージに合わせて細かく修正していく。
午前中いっぱいはこの作業…。
昼過ぎには、採用支援会社さんと会う。
今年の採用に関しては世の中非常に苦戦している訳で、そんな情報収集。
それから、『カルビ伝説』のレジ設定変更に関して、レジメーカーさんに話を聞く。
2年前に設定変更ソフトの使い方を教えてもらって自分でやったのだが、もうすっかり忘れていて再度教えてもらった。
『事務所』のPCを使って教えてもらっていたが、途中強烈な睡魔に襲われながら聞いていたので実は自信がない。
実行は来月半ばだが、もう一回呼んで教えてもらわないとダメかも…。
続いて、店舗の電気の件で電気屋さんと話す。
店舗によって、立看板設置を検討しているので、その照明についてイメージを伝えて、提案をしてもらう…。
それから、来月いろいろ動いていくことについてメインバンクと、金融専門家さんと電話で相談。
途中で、来月スタートする受発注システムの導入準備に関して、システム会社や業者さんからの連絡を受けつつ、社員応募者の電話にも対応しつつ、月初めに必要な書類作成に入る。
夜、PCに向かいながらの作業で、途中気分転換に久しぶりにインターネットTV「ひかり荘」を覗いて見たら、友人の占い師「木下順介」くんの番組を配信中だった。
ちょっと覗いて見て、コメントの書き込みを入れたら番組内で取り上げてもらってしまって、またそれに視聴者からの反響もあったりで、しばらく見てしまった。
と、ふと気付くと夜に『カルビ伝説』でメニューの不足写真を撮る約束をしていたことを思い出して、閉店前の『カルビ伝説』に行ってメニュー写真の撮影。
結局、写真撮影はちょこちょことやっていったので3日間かかった…。
ということで、ドタバタと一日が終わるのだが、今月中にやっておかないといけないことがまだまだいろいろある。
しかし、明日は家族の用事で早起きして東京だ…。
ドタバタ、ドタバタ…の月末だ。
行ってらっしゃい!…うえの。
この春、退社していくメンバーの中で、『すし伝説前橋岩神店』で5年間を過ごした「うえの」…。
去年若くして他界した「むらかみ」と共に、高校1年生の時にアルバイトで入ってきた。
その後高校を中退してしまったが、店としていなくては困るメンバーになっていった。
とにかく、『すし伝説前橋岩神店』が、オープン当時の大苦戦の状況からすべてをやり直した過程を支えてきた。
『渋川入沢店』のオープン時にも献身的に手伝ってくれて、「むらかみ」が亡くなった時にも、ずっとそばにいた「うえの」…。
毎年、『岩神店』で行われる春に退社していくメンバーの「卒業式」の不動の幹事だった。
その「うえの」が、今年は送られて行った…。
東京に出て、本格的に料理の勉強をしたいのだという…。
自ら厳しい環境を選んで、旅立っていく…。
そんな彼が、昨日『事務所』に挨拶に来た。
塚越マネも一緒にあれこれ話した。
「最後の勤務で玉子焼きを焼いた時は胸が熱くなった…」というようなことを話していた。
自分の仕事部屋にある全メンバーのネームボードの「うえの」のプレートはそのまま残しておくことになった。
去年群馬を離れたが、今でも仕事を依頼している「Hey氏」のネームと並べてあるから…。
あれこれ話して、帰る「うえの」を駐車場まで送って行った。
新しく買ったというバイクを見せてもらって、なごりおしくいつまでも話をしていた。
「じゃあ、…」と言って、バイクを走らせて去って行った「うえの」を見送って、塚越マネが「ああ…、ついに行っちゃったか…」としみじみ口にしていた。
苦労を共に乗り越えてきたメンバーが去っていく時の寂しさは何とも言えない気分です…。
特に身近で過ごしていた人にとってはなおさらです…。
それぞれの人生の中で、いろいろなことがあると思うけど、つらいこと、苦しいこと…すべてが自分を成長させていくと受け止めよう…。
お互いに…。
行ってらっしゃい…。
別腹の満たされ方
昨日と今日で『カルビ伝説』のメニュー写真撮影をした。
来月、新メニューをスタートするが、そのメニューで写真を使いたい商品を撮影する。
昨日が料理関係で、今日は昨日撮影できなかった料理メニューと、デザート関係を撮影した。
営業中のアイドルタイムに撮影するので、どうしても時間に限りがあるのでバタバタと撮影する。
撮影用だけに商品を作るのだが、今日のデザートは自分自身普段ほとんど食べてないので、撮影後試食することにした。
デザート全品…。
みんなにも…と思ったが、自分自身が食べてないメニューばかりなので、申し訳ないが全部自分が手をつけた。
パフェ関係も、一度全部食べてみないと…ということで、全部自分のお腹に…。
何品食べたんだ…?
メニューにあるデザートで、自分が食べたことない商品全部…。
おかげで体が変な感じになっちゃった。
うらやましい…と思う方もいるかもしれないが、何事も過ぎればつらいです…。
デザートメニューって、どんどん新しいメニューが誕生したりしていて、その都度いちいち確認してないのでこういう機会に全部まとめて…という確認です。
スーダラ伝説
「スーダラ伝説」とは、1990年に発売されたヒット曲メドレーだ。
「スーダラ節」を始めとして、コメディアンとして一世を風靡したのは1960年代…。
そしてこの1990年に当時のヒット曲をメドレーにして発売し、大ヒットしたのが「スーダラ伝説」だ。
…一応、「伝説」と名の付くものは他人事じゃないので詳しいです。
…ということではなく、実はこの「スーダラ伝説」のカラオケビデオに出ていまして…。
当時よく出演していた劇団に来た仕事で、カラオケビデオの撮影があった。
1990年というのは、バブルの終わり頃でカラオケBOXがあちこちにできていた頃。
いろいろなメーカーが、それぞれ独自のカラオケ画像を撮っていて、「第一興商」とか「東芝EMI」系のカラオケビデオにはよく出ていた。
その中での「スーダラ伝説」…。
こうしたカラオケビデオは曲の雰囲気に合わせて作品を作る訳で、「スーダラ伝説」はまさに大人のいいかげんさを表現した内容だった。
スーツ姿の男女が、曲の雰囲気に合わせて街中を踊りながら歩き回る…なんていうシーンがあった。
場所は、六本木…。
時間は真昼間…。
「とにかく、ハチャメチャに踊りながら歩いてください…」なんて言われて、踊った記憶がある。
そんな訳で、自分が出ているカラオケビデオなので、以後何度かカラオケで歌わせてもらった。
自分が歌わなくても、一緒にいる人が確かめたくて入れるので…。
で、曲が流れれば、みんな知ってるので歌う…ということで、結構歌った思い出がある。
懐かしい思い出だ。
…しかも、タイトルが「伝説」だし…。
植木等さん…。
ショックだ…。
ショックと言えば、春のセンバツで優勝まで予感していた地元群馬の桐生第一が、そのまんま東知事の母校に軽く負けてしまった。
高校野球はわからないものだ…。
うえきひとし…、そのまんまひがし…。
……?
とにかく、ショックの2連発だ…。
肩書きとしての会社名は…?
午前中、社員メンバーの御父様の告別式に参列させて頂いた。
社員メンバーのご家族に不幸があった時、会社代表としての対応をさせて頂くが、この時に肩書きとして「栄進」「伝説」「うらしま」「各店舗名」…と、どの名称を使うと良いのか悩むことがある。
会社名としては「栄進」なのだが、「伝説」グループとして告知していることが多いので「伝説」を使った方が…という時がある。
また、地域によっては「うらしま」や、実際の「店舗名」を使った方がわかりやすい場合もある。
会社としてはたいしたことはできないのだが、社員であることが少しでも本人の支えになれるような対応ができる会社になりたいと思っている。
そうでなくても、身内に不幸があった時は本人は悲しくつらい訳で、「はやく元気になって…」という気持ちを伝えるのに、本人に一番伝わりやすい名称を使いたいということで、ちょっと悩むのだ。
人の死というものは、結局全ての人が避けては通れないことで、全ての人といずれは別れる時がくるのだ。
避けられないことであるならば、後は受け止め方だ。
すべては時間と共に変化していく。
悲しみという感情も時間が過ぎると変化していく…。
さて、能登半島の地震のニュースがいろいろ聞こえてくる。
亡くなった方は、本当に一瞬のことだ。
ほんの一瞬の何かの違いで、ギリギリ助かった方もいれば、命を落としてしまう方もいる。
こうした大きな出来事が起こるといつも思うのが、我々の身の回りでもいつ何が起こるかわからない。
常に全力で悔いのない時間を過ごしていくように意識しよう…。
4月の予定は…?
毎度毎度口にすることなのだが、はやすぎる…。
もう3月も終わりだ…。
ということで、今年も4分の1が終わってしまう…。
…と、この感じ方が、老いた証拠なのかもしれない。
日曜日の夜は、三澤部長と塚越マネジャーとのミーティング。
4月からの行動予定と考え方をいろいろ決めていく。
各店においてもちろんいろいろな出来事がある訳で、いろいろなことを想定しながら考えを固めていく。
それはそうと、『沼田店』限定でやった特別セットの反響が大きかった。
この状況を見て、ゴールデンウィーク前に北部地域の店舗で順次同様の販促を計画することにした。
この『沼田店』限定セットの発想は、月初めの店舗周りの中での雑談の中から出てきて、その日からほんの数日で動いた販促イベントだった。
とにかく、良いと思ったことはどんどん動いていかないとダメだ…。
スピード、スピード、スピード…だ。
春、スポーツだ!
高校野球が始まって、プロ野球も始まって…。
今日は亀田のボクシングと、オシムジャパンの試合と、世界フィギアが重なっていた…。
春高バレーとかもやってるようだし、大相撲も大詰めだ。
いやはや、春になってスポーツの世界が一気に活気付く時だ。
ということで、スポーツ好きの自分としてはいろいろ気になるスポーツも多い…。
昼間は車での移動時や『事務所』の仕事部屋では、高校野球を流している。
昨日の開会式の入場行進を見たが、地元群馬の桐生第一の行進は素晴らしかった。
全員が声を出しながら行進していたが、全員が声を出していたのは桐生第一だけ…だったように思う。
今大会は、かなり期待が持てると見ている…。
よく言うのだが、1999年の夏に桐生第一が全国優勝した時は、県大会の決勝を見に行った時から活躍の雰囲気を感じていて、当時の各店朝礼で話したくらいだったのだが、あの時のような感じがしているのだが、どうだろう…?
やはり、地元を応援する。
ウチのそのみ(9歳)が野球部に入って、週末は練習に行っている。
先日、練習用のユニフォーム一式を買ってきたが、揃える用具にどうしても自分のこだわりが入ってしまう。
出勤前に練習に送って行ったりしているが、見ていると自分もやりたくなってしまう。
とにかく、子供の意思でいろいろなことを選択していくように、自分はあまり口を出さないように気をつけようと思う。
給食なし、送迎なし…の幼稚園の感動。
ウチのしゅんすけ、だいすけが無事幼稚園を卒園した。
自分も卒園式に行ってきたが、いろいろ感じることも多かった。
しゅんすけ、だいすけは最初は別の幼稚園に入ったのだが、そこの園長先生が変わったり、園の方針がよくわからなくなったり…ということで、園と保護者の間での混乱が大きくなって、年中さんの春に幼稚園を替わったのだった。
結局、前の幼稚園はなくなってしまったが、子供たちには何の罪も無いのに保護者がドタバタ騒いで、幼稚園が替わったりしてかわいそうだった…と思っている。
替わった幼稚園は市の幼稚園で、自分が出た幼稚園…。
何と、園長先生が自分が幼稚園に入った時に新任で先生として勤務していたということで、当時の自分のことも覚えていてくれてなじみやすかった。
園舎も園庭も当時と変わらなくて、「パパは昔ここでこうした…」なんてことも話せて、子供たちも大きな混乱なく新しい幼稚園に慣れていったように感じた。
その幼稚園もいよいよ卒園…。
卒園式では、一人一人の子供たちが卒園証書をもらって、将来の夢と保護者席の保護者に一言お礼を言う…。
保護者席に座るのはみんなお母さんで、その言葉に一人一人答えていく…という卒園式。
ウチは双子なので、保護者席も二つ…。
必然的に一つには自分が座った。
他のお父さんは皆ビデオを撮っていて、保護者席のお父さんは自分一人だった。
卒園証書をもらった子供たちは、保護者席の自分のお母さんの前で止まって「いつも、○○○をしてくれて、ありがとう…」と言う。
お母さんはそれに答えるのだが、ほとんどのお母さんが泣いてしまっている…。
見ていても胸をうつものがあるのだが、子供たちのお礼を聞いていて気付いたのが、ほぼ全員の子が「お弁当を作ってくれたこと」と、「送り迎えしてくれたこと」にお礼を言っていた。
ウチの子供も、だいすけは「お弁当」で、しゅんすけは「送り迎え」のことを言っていた。
しゅんすけは、自分に対して言ったので「お仕事がお休みの時は、お迎えに来てくれて…」という条件が入ったが、とにかくほぼ全員の子供たちが、「お弁当」と「送り迎え」だった。
この幼稚園は、「毎日お弁当」で、「送迎がない」幼稚園だったのだが、もしこれが「給食」で、「送迎あり」の幼稚園だったら、子供たちは何に対してお礼を言うのだろうか…と思った。
ウチの子供たちが幼稚園を選ぶ時に、いろいろ幼稚園を調べたが、今は「給食」「送迎あり」は当たり前のような感じだった。
中にはこれがない幼稚園は選ばない方もいるだろうと思う。
自分も「給食」と「送迎あり」の幼稚園の方が世話がなくて良いと思っていた。
…でも、子供たちはこの「お弁当」と「送り迎え」に全員がお礼を言っているのだ。
その言葉を聞いて、ほとんどのお母さんが涙を流している…。
園長先生が「子供たちの心の中に、きっと残ること…」と言っていたが、ホントそうなのかも…と思った。
お母さん方は、毎日手をつないで幼稚園の門をくぐって、毎日早起きしてお弁当を作って…、そんな大変な思いが子供たちが幼稚園の最後に「ありがとう…」と言ってくれることで、涙、涙…になってしまう。
「給食なし」「送迎なし」の幼稚園には、そこならではの感動がある…。


