恋は二度目のアネモネ -13ページ目
霞がかったダム湖はどこまでも広く、
手すりからそっとのぞくと、
濃密な闇の中で、奈落の魔法にかかる。
遠くの方にゆらめく光で、
そこがやっと、水面だとわかる。
見えないというのは不安だ、ということを
東京に来て初めて思い出した。
2人の息づかいと、
獣の鳴き声。
くらくら、
目眩がする。
夜に。
きみに。
わたしは妄想する。
頭のてっぺんから足の先まで、
きみに全部食べつくされて、
残った白い骨だけが、
暗いダムの底できらきら光る。
それはとてもおそろしくて美しい。
だけどきみは知らないはずだ。
本当はあのとき、
わたしがきみを食べつくしたかった。
奈落の魔法で潤んだ肌を、
甘い舌を。
獣の鳴き声が増えて、
どんどん近くなる。
どこかでわたしたちを見ている。
なまぬるい空気がまとわりついて、
わたしは欲情する。
湿った肌と、真っ白の骨。
きみが欲しい。
獣たちが近づく。
あともう少しで、
頭も体もおかしくなる。
手を引かれてそこを離れたとき、
我にかえってほっとする。
妄想も欲情も、
水の底にゆっくり沈んで、
そんなものは
はじめからなかったのかもしれないとさえ思う。
目がさめると、
トンネルも集落も、
何だか現実感のない映画のようだ。
きみを好きになりながら、
じわじわと日常に帰っていく。
もしわたしの両親がきみを憎んでも、
もしわたしの親友がきみを蔑んでも、
もし世界中の人がきみを嫌いになっても、
そんなのわたしには関係ない。
わたしは、
好きな人は、ずっと好き。
自分が好きになったその人を信じてあげたい。
例えわたしの好きな人がきみを嫌いでも、
わたしはきみが好きだよ、と
それだけを素直に伝えたい。
恋とか愛の言葉などではなく、
それがわたしの、
人との付き合い方なの。
そんなふうに人を愛していたいし、
そんなふうに、
愛してほしいのよ。
今日見た中でもっとも美しかったもの。
それは、
あなたが出かける前に使ったお皿とお箸だった。
あなたが
好きなお団子を食べて、
きなこがそこに残されているのを見て、
胸がしめつけられる。
食べて、飲んで、
生きてる。
それだけで、
涙が出るほど嬉しい。
この慈愛はいったい何なんだ。
そして、
痕跡というものは、
どうしてこんなに愛おしいのだろう。
だからきっと
清潔は孤独なの。
午前5時の憤りなんてさらりと忘れて、
夜のわたしこそが真実だ。
ほんとはどうなのかわからないけれど、
そう思いたい。
いちばんきれいなわたしも、
いちばん醜いわたしも、
いつだってあなたのものだった。
ああ。
ゆらゆら。
月が。
胸が。
揺れるの。
駐輪場の一場面は、
まるで何かの映像作品みたいだった。
わたしはぼんやりしながらそんなことを思って、
何だかじんわりと嬉しくなる。
無機質な蛍光灯が、
2人の輪郭を際立たせる。
からだと、からだ。
ドラマチック。
どうあがいても、
どうせ現実を生きなければいけないんだから、
せめていつだって、
夢のようにしていたい。
正しいことは強いけど、
そんなのばっかりじゃ
色気がないじゃないか。
わたしは知ってた。
楽な、というか
自然なすすめかた。
流されるのではなく、
泳いでいくということ。
つまりは納得することが肝要だ。
今朝の午前5時に、
わたしは静かに憤っていた。
叫んでいるのは、
心なのか体なのか、
自分でもよくわからない。
奥のほうで、のろしが上がる気配がしている。
わたしを押したのは、
彼でもあるし彼女でもある。
この衝動が、
ルサンチマンによるものだと認めたら、
わたしは今とは別の感情で、
見たことのない精神の海を漂うことになるだろうか。
ねぇ見てみたいでしょ、
と言われたら、
答えはひとつしかない。
メッセージソングなんて大嫌いだったはずなのに。
竹原ピストル。
こういうのが、
才能のなせるわざというやつなの?
よくわからないけど、
なんかどん!とされる。
だけどやっぱり、
メッセージソングなんて好きじゃない。
だけど、きっと
竹原ピストルのことは好きなんだと思う。
しゃべってるとこが、かわいかった。
泣かされるのは気分がいい。
書いて書いて書いて書いて
わたしを書いて。
皮膚を脱ぎ捨てたわたしを。
きみのとなりで、
眠れないわたしを書きとめてほしいの。
ああ。
妄想はいつも、
とても甘美だ。
あなたは探さないと思っていた。
行方知れずのわたしを。
きらきら、コール音と
電子の呼びかけ。
あなたはわたしを、探す。
わたしは、
静かで穏やかな怒りを撫でながら、
可愛いあなたを愛する。
だけどきっと、
わたしはもう動揺したりはしないだろう。
あなたはわたしが書いてあげる。
特別の愛おしさで。
今が何時だろうと、
わたしは夜だ。
あなたにもきみにもおまえにもだれにも、
そんな機微などわかるまい。
でもかまわない。
わたしのことは、理解しないで。
心や言葉を通わせるのは、
素晴らしく刺激的だし愉しいけれど、
どこか濁ってしまう。
とてもとても、
ひとりでありたいとき、
濾過したくなる。
ぜんぶ。
透明になるまで。
茜色に染まる木々の葉や、
二度とない人生の1日について。
詩を詠む。
切り取られた一瞬は、
言葉によって永遠になる。
そんなのは
現代ではたいそう高尚な遊びのようだけど、
消えないものを残したいって、
みんなどこかでそう思っているはずだよ。
朝になると、
あらゆる出来事も、
感情も、
いったんリセットされて、
白々しい新しさが
カーテンの隙間から顔をのぞかせる。
おはようございます。
昨日を今日に変える台詞は
あっけらかんとしていて、
感傷などふくまれていない。
詠んだことばは忘れても、
永遠は永遠なの。
ずっとわからなかったことが、
すとんと腑に落ちる。
きみもきっとわかるはずだよ。
恋は、
コンパクトな生死だ。
命がきらきら
きらめくの。
新しい恋が次々訪れたらすてきなのに !

