勝手に時間が過ぎていく感じ
愛犬の死から3週間。まだ3週間、だしもう3週間、でもあります。時間薬は効いてるけど、弱い。喪失感が寄せては返す波のごとく和らいではグワッと襲ってくる、の繰り返し。6月は父の祥月命日と義父の祥月命日も、あった(元旦那さんのお父さん)梅雨時期は健康体の人たちもジメジメムシムシ雨ザーザーでどんより重たい空な日は、浮腫がひどくなったり身体が重たかったり頭痛がしたり食欲減退したりして体調とメンタルに不調を感じたりするから、病気と共存していたなら悪化しやすい時期なのだろう。父は末期がんだったし、義父は肺炎が悪化していくつかの強い抗生剤を打ったけど、最期は排尿ができなくなって旅立っていったっけ。父の祥月命日は29日。ちなみに、私の家は9がつく日に亡くなる人が多いのだ。愛犬は9はつかないけれど612を足すと9になる、はちょっとこじつけ過ぎかな。『9』は「破壊と再生」って聞いたことが、ある。破壊と再生終わりと始まりずっと前に気になってお気に入り登録した本。命日占いAmazon(アマゾン)1,336円命日占い〈未来編〉Amazon(アマゾン)853〜4,950円読んでみたいような、読みたくないような。読む気力も体力も、あるときと無いときとでマチマチ。まだまだ揺れます。昨日はうっかりアルバムを開いてしまい、写真の愛犬とご対面。息子のせいで送られてしまった安らかに横たわる写真が、一番はじめに目に入る。当たり前だけど死んでる写真だからイヤでも『死』を突きつけられる。そんなにイヤなら消せばいいのに、と思うかも知れないけど亡くなってしまったからもうこれ以降は絶対に無いから、これが最期だから消せない。だから、欲しくなかったのに。。。。って結局、私がまだ『死』を受け止めきれてないだけなのだと言う事もわかってる。夏越しの大祓へは行きませんでした。てか、神社へ行きたいという気が湧いてこないから神社そのものにも行ってません。氣が枯れる、が気枯れ?ケガレ?穢れ?だっけ。エネルギーが頂ける、とも聞くけど気が枯れてるときに行くのはやっぱりやめた方がいい。そういうときだから取り憑かれやすいだろうし。夏越しの大祓へは、行くのをやめて久しぶりに走った仁淀川の土手で気になる空が現れたから写真を撮った。夕刻の仁淀川。夕刻、と言っても18時を少し過ぎたくらい。雲で太陽が隠れてたから、暗いよ。今時期の18時なんて、いつもはまだまだ明るい。さっきの写真と正反対の空。右側の雲の塊が狛犬さんの顔に見えた。最初はブオーーーーーーッて何かを吐き出してるように見えたんだけど狛犬さん?金剛力士像の阿形?そういう系の←どんなよw表情に見えない?ああ逆かぁー吸い込んでるんか、に見えたら夏越しの大祓へ行かない私や家族たちの罪穢れを吸い取ってくれてるんだって受け取ったで、狛犬さんや阿形さんからだんだん龍に変わっていくのが見えた。周りが龍、龍、龍、龍、言うのを聞いてるうちに(伝える側として言ってた自分は棚に上げるけどw)ワタシ個人的に龍・ドラゴン疲れしたの。それから龍・ドラゴンを意識することそういう視点から捉えることをあえて止めて自分から距離を取ってみた。そうは言っても私の新車のナンバーは8並びだし助手席には龍ちゃんを乗せてるんだけどね。私には自然に生活してて感じる程度がちょうどよくて心地良い。今は愛犬ジュリーが白い蝶々やちっちゃなカニさんになってそばをヒラヒラ飛んだり目の前をウロチョロして🦀私の心を和ませてくれてます。けど、「なんで生きなきゃいけないんたろう」「なんで生きてるんだろう」そんな思いになることもしょっちゅうある。これが私の現在地で私の場合のペットロス症候群みたい。もう一つ、4歳娘のおちゃめな可愛らしさが私の心を和ませてくれてます。今のイチオシは「おっけーぐるぐる🌀 音楽をかけて😊」と娘が言うこと。そしてGoogleは音楽を流すから、娘もGoogleも、スゴイ!(笑)さて。そろそろ起きて動き出すかな。