リライト&スピリチュアルカウンセラーの Rieko です。








愛犬の死と、冷蔵庫の死。







愛犬は今日、荼毘に付します。







冷蔵庫は朝一番で、
無事に搬入を終えました。







もう、冷えなくなってた冷蔵庫に
「今まで頑張ってくれて、ありがとうね〜」
伝えながら拭き上げてからの、搬出。







東京⇒岡山⇒埼玉⇒高知 と
約12年間を共に移動しながら過ごした冷蔵庫に、
愛犬との過ごした日々を重ねてしまいました。







新しく届いた冷蔵庫は
電源を入れて、生き始めた感じ。







愛犬の名は“ジュリー”と言います。






私は「ジュッペ」と呼んでいました。
 








昨日は夕方に

大家さんの敷地に生えてる

美味しそうなビワを収穫したので、

おすそ分けで実家へも送ることに。








冷蔵庫が機能してないから、

早々にヤマト運輸へ持っていくことにしました。








子どもたちと旦那さんは

シャワーを浴びるというので、

私一人でヤマト運輸へ行くことに。








ズドーンとした心を抱え

ため息をつきながら運転席に座り、

ひとりドライブが始まったとたん

涙が溢れ、嗚咽が止まらなくなった。








私、おもいっきり泣き叫びたかったんだ。









夜には再びビデオ通話で

ジュッペとご対面をしました。








姉たちが準備してくれた棺の中で

たくさんの花に囲まれて寝てる姿は、

否が応でも死を突きつけられました。








亡くなったばかりの時は

まだ生きてるかのような寝姿だったけど、

夜の対面時は

明らかに魂が抜けた感じが見て取れてね。








だけど、

そんな姿であっても愛しくて

いつまでも眺めていたくて、

なかなか通話を切り上げられなかった。








そして『そろそろ切ろうか』という時になって

息子が

「写真、送って。今のこの姿の写真」

棺に寝ているジュッペの写真を

撮って送って欲しいと

姉にお願いしました。








私は欲しくなかったけど

「この写真、送ればいいの?わかった。」

姉は息子に返事をして

終話しました。








そして

『写真は要らないから』と

メッセージを返す間もなく

姉から写真が送られてきました。








それらを見て、

私は息子に怒ってしまった。








お母さんは

棺で寝ている写真なんて、欲しくなかった!




これを見るたびに

『あー 死んじゃったんだ』って

ジュッペが死んでしまったことを

突きつけられる




死んじゃったのは事実だけど

お母さんはまだ、

受け入れられずにいるの




お母さんは

ジュッペが生きてるときの写真だけで良かったのに。




あなたは棺の中で眠るジュッペを

この先、何度も見返したいのね?




これはお母さんの携帯だよ?




お母さんは見たくないのに

なんで勝手に“送って”なんて言うの?







言いながら涙がでてきて

泣きながら、

怒りながら、

息子に抗議しました。







息子は「気に触ったならごめんなさい」と謝り

「(写真は)消して」とも言ってきました。








私は「いいよ」とは言えず、

さらに今度は「(写真は)消して」と

あっさり簡単に言ってきたことに腹が立ってしまい、




「簡単に消せないよ!

もう、死んじゃったんだよ?

二度と会えないのに、

簡単に消せるわけないじゃん!」


※こうして書いてみると、

実に支離滅裂なことを言ってるなと思うし、

支離滅裂なことを言いながら

結局、息子に“八つ当たり”という形で

甘えさせてもらったんだとわかるから、恥ずかしい






と言って

お互いモヤモヤしたまんま

昨晩は就寝しました。



 






今朝は息子が謝ってきたので


「自分が本当に欲しいと思ったのなら

お母さんに謝る必要は無いよ。


写真を撮って送ってもらいたいほど、

棺の中で眠るジュッペを

何度も見返したいんだよね?


それがあなたのやりたいことなんでしょう?




お母さんとあなたは

親子であっても別々の人間なの。



身体は別々だし、心も別々なの。




感じること、

大切にしたいこと、

好きなもの、

好きなこと、

やりたいこと、

ぜーんぶ違っててもいい。




だから、

お母さんが感じてる悲しみと

あなたが感じてる悲しみは

同じじゃないの。




似てるようで、違う。





だから、

お母さんのことは

もう、ほっといて欲しい」



と、淡々と伝えて終わりにしました。









そして今日、仕事は休みました。








『仕事へ行けば、気が紛れる』と思って

行くことも考えたの。







だけど、

この悲しみや寂しさは

紛らわさなきゃならないもの?







紛らわすから、いつまでも引きずる。







ちゃんと感じきらないから、終われない。







けど

有給休暇の残りは少ないし…







そんな思考が入ってしまったら


私は仕事に行きたいの?

それとも、休みたいの?

どっち?


わからなくなってしまった。








そんなとき、

私は自分がカウンセラーで良かったと思うんだよね。







自分の気持ちがわからなくなったときの

質問方法を知ってるから。







『有給休暇の残りを気にしなくてよくて、

仕事は行っても行かなくても良いとしたら、

私はどうしたい?』







そしたら、

考えることなく即答で出た答えは『やすみたい』

でした。








会社へ休暇連絡を入れたとき

事情を伝えようとしたら、泣きそうになって

言葉に詰まって言えなくなってしまった。


(いちいち説明しなくても休めるんだけどね)








『とても大切なペットが死んでしまった』








この一言を口に出すのが、今はつらい。




 




悲しいし、寂しい。








MISIAの“逢いたくていま”を聞きながら

ちゃんと悲しんで泣いておこう。







もう一度、

生きてるジュッペに逢いたい。








寂しいよ、ジュッちゃん

ありがとうね、ジュッペ

















(泣)