負けない投資(定年退職後の備忘録)

負けない投資(定年退職後の備忘録)

敢えて再雇用を選ばず行政書士開業、加えてミュージアムでの常勤職、大学非常勤講師(情報学)、起業準備、その他賃貸経営、株式投資など、今までできなかったことをやりたい。忙しくても充実した毎日を生きていこう。でも、ちょっと不安。

 3月17日(火)、つまり昨日、スマホをみるとGビズからメールがあった。「小規模事業者持続化補助金」のことは全く忘れていました。

 

 そういえば、昨年の秋ごろにネットで申請しておきました。行政書士の中には、自分の補助金の申請ではなく、業務としてこれを行っている人もいるみたいです。

 

 なぜ、これが業務になるのかわかりませんが、一般枠で最大50万円しかもらえないのに、そこから報酬料をいただくのでしょうか。パソコンは苦手の人向けに、代わりに申請するといったイメージでしょうか。ノウハウはあまり必要ないような?感じですが。

 

 まあ、採択結果を受けて、近日中に領収書を集めて交付申請をしないといけない。今回は教室経営の方で申請したので、これを機会に、生徒募集に力を入れたい。

 

 授業料を高くしたいが、周辺の進学塾も補習塾も厳しいらくし、ぎりぎりの価格設定の印象を受ける。こちらは、材料・部品や工作機械、高性能なPCを含むデジタル機器をズラリと揃えてやるので、生徒が来れば来るほど赤字が膨らむ。

 

 土地を買って店舗を建設したので、固定資産税だけはかかるがテナント料がない分、切迫感はない。一部のコマは人手が足りないので、妻に入ってもらっている。つまり、人件費を払ってはいない。

 

 ここ数年は不動産が活況だったので、行政書士業務も途切れることなく仕事が入った。ミュージアムの給料と年金もあるので、当面は教育事業にフルベットでいく。今日はここまで。

 業務用100%でガソリンのでディーラーの試乗車、軽自動車を購入したのも、もとはといえば、旧型リーフの充電がきつくなったからだ。特にこの冬場は常に充電を意識しないと動けない。

 

 行政書士の業務も途切れず入るようになったが、土地関連がメインなので、現場にいくことが多い。そのたびに充電が気になっていた。自宅から車で数分であるが、教室経営もしているので、その往復もある。

 

 今まで日産zeps3の充電カードとイオンの充電で何とかなっていたが、ここへきてイオンの料金が跳ね上がったので、限界となった。そこで、自宅にEVコンセントをつけることにした。

 

 20歳代の頃、電気工事士、第2種と第1種の試験に合格している。5年の実務経験がないので第1種の免許はないが、認定電気工事従事者は取得している。そのため、職場の電気工事も必要に応じて対応できている。

 

 でも、多少の工事費はかかっても、3つの仕事を回していて時間がないので、近隣の工事店に見積を依頼した。5、6年前にビルトインエアコンの工事をお願いしたとき、安価でいい仕事をしていただいたお店です。しかしながら、そのお店が悪いわけではありませんが、驚くほど料金が上がったいたのに驚きました。

 

 今は部材も人件費も上がったいるので仕方ないことです。自分がヤレと言われれば、それなりの代金が必要になる・・ まぁ、10万円以上なら自分でやることにした。

 

 漏電ブレーカーやVVFケーブル、EVコンセント、モールやPF管など揃えた。もちろん、Amazon、楽天、近所のホムセンで。2万円程度かかりったかな。床下配線にすればPF管も少なく、直線距離なのでケーブルも短くすんだ。

 

 ほふく前進で床下をはいずり回り敷設した。疲れけど充実感はあった。早速、今晩から充電している。今日はここまで。

 やっぱりこの時期は確定申告が心配だった。もし,間に合わなかった大変だと。一応,正月休みに必要書類は整理しておく習慣がある。ネットからダウンロードして印刷したり,ないもの請求したりして,A4サイズ1枚に1つ貼ってナンバーをつけておく。

 

 例年,そこからが遅い。安心してしまうのか,いつも気づくときは2月15日近くになっている。昨年はここから躓いて3月10日ごろに申告することなった。今年はミュージアムの勤務を週4にしているので,これまた時間を見余り,2月中に終わらず,3月3日の深夜となった。

 

 反省点としては,API連携で銀行,クレジット,会計ソフトがつながっていて,自動で処理されているものの,未だに現金払いも多く,個々の処理が必要だ。貯めてやるのではなく,月ごとにまとめておく習慣を身に着けたい。

 

 そもそも,売上が昨年より10倍以上になっているので,月ごと把握して経営に生かす努力をする段階になってきた。商品となるコンテンツも明確化したので,広告費に資金を投入する。今まで,行政書士業も教室経営も業務の質を気にしてばかりで,だいぶ資金を入れてきた。これからは,それをいかに広めて収益をあげるかの段階。

 

 それにしても,青色申告は定年後直ぐの60歳から取り組んできて正解だった。だいぶ悩むことが減ったと思う。でも,生成AIに聞ける手軽さには感謝。これが本当のところ。確かに間違っていることもあるが,数種類を選んで試せば,そう違うことはない。

 

 とりあえす,所得税,消費税の申告が終わって,開放された。やよい会計青色申告オンラインからe-taxはあっという間だった。便利な時代になった。今日はここまで。

 ちょうど65歳と70歳の間に入ってきたぐらいなので,まだまだ踏ん張れるときかな。業務はなんとか3つ回しているが,インフルとかに罹るとすべてが狂うので,マスクは手放さない。

 

 行政書士業務は土地関連に絞っているので,地元会社から紹介を受けたあと,あとはこちらで顧客対応している。毎月1~2件程度で推移しているので,平日3日対応で十分にこなせる量だ。単価が10~30万円なので,図面作成など難しい部分もあるが,CADが使えることや,行政に指摘されたところを直せばいいので本当に助かる。また,生成AIを駆使すれば,様々文章があっというまにできるので,効率も抜群にいい。

 

 とにかく,農転や開発は現場主義なので,移動が伴う!経営する教室への移動も含めて,軽自動車を1台購入した。私用車のEVは充電が面倒で,これほど業務が立て込んでくるとどうしょうもない。

 

 学習塾は少子化の影響やオンライン学習の浸透で倒産が増えてきている。そもそも,生成AIに聞いた方が分かりやすいのに,高いお金を出して,経験のないバイト学生に教えてもらう価値はあるのだろうか?こちらは同じ教室経営でも,実技メインの装置教育。今来てくれている子は試行カリキュラム試している段階ので破格で対応している。

 

 工作をすると算数数学ができるようになるというコンセプトで1年やってきたが,退塾者はいない。保護者の方も子供がやりたい,楽しいというから入塾させたかと思う。でも,1年たってみて,中学生は定期テストの結果が上がっていくのを感じてきている。そもそも学校のテストの点数あがっても,入試に役立つぐらいだ。子供の頃に身に着けて技能は一生もの。こっちが大事。

 

 スポーツや芸術と同じように,小さい時から経験を積んだ子にはかなわない。受験勉強だけして大学に入っても,輝けない,特に男社会は競争が前提だと思う。このロジックに気づいた子は伸びてくる。今はミニ四駆やプラモデルつくる子は少ない。当方としては子供を輝かせるチャンス到来である。

 

 ミュージアム勤務も充実しているが,長くなったので今日はここまで。

 

 

 

 

 新年あけましておめでとうございます。備忘録として抱負を残しておきます。

 基本、過去に拘らず、前に前に進むことを考えています。昨年が良くても、今年が良いとは限らない。常に1年1年を勝負の時と考え進みたい。

 

 定年退職後に分野を分散して業務をこなしてきたが、やっと自分のスタイルが確立しつつある。こうして年始年末も仕事の準備に追われているが、70歳手前の老人としてはやることがあるだけましといえる。

 

 事業が軌道に乗り始めているので、ミュージアム勤務の日数を減らし事業に注力する。3年くくりの1年が過ぎる今、2年目で当初の売り上げの3倍以上はとりたい。教室経営も行政書士もノウハウが肝だが、僕の場合は理系としてのスキルがとても重要である。それも最新の技術や流行は意識していきたい。

 

 年を取ると1年が早いというが、期限なく駄々やるから短く感じるそうだ。学生のころは学年単位で動いていたので、記憶を呼び起こしやすい。つまり、期限を切って何をやるかを決めておけばいいということになる。

 

 ただし、人生の終盤でのチャレンジであるので、人に喜んでもらい、感謝されるような仕事でなくてはいけない。売上を立てることはこの前提ができなければ意味がないと思う。あと2年は焦らず力まず休まずに働く。今日はここまで。

 60歳にて定年退職後に再雇用をせずに、行政書士を経験なくして開業した。看板だけは掲げたものの、営業方法も分からないので、とりあえず特定行政書士試験を受けた。今考えれば、宅建の方が業務としての相性がよかったかも。

 

 申請取次や著作権、丁種封印なども取ったが無駄な時間となった。自宅にいるのが3ケ月で飽きてしまったので、週2ぐらい大学で非常勤講師を始めた。留学生コースを担当すれば、申請取次の仕事に役立つかと思ったが関係なかった。そもそも学生ではなく、企業なり学校なりを相手にしなければ業務にならない。経験のない個人ではなく、実績豊富な法人の事務所が選ばれるのは当然である。

 

 その後、非常勤は続けたがそれでも時間が余り、ミュージアムにフルタイムで務めることにした。忙しい土日祝日に勤務すると喜ばれるので、平日休みに行政書士と非常勤講師の業務を入れた。これで一週間休まず働ける環境は整ったが、時々車庫証明や身障者の手続きが入る程度で行政書士の業務が成立していなかった。

 

 そこで、教室経営を考えて、県道沿いの土地を買い、3教室程度の木造2階建てを建築した。フランチャズには加盟せず、独自のノウハウでSTEM系の学習塾を経営している。教材作成が命であると思い、キット品は一切使わず、素材から加工し組上げる。算数・数学を駆使して製作するので、常に知識や計算技能を確認している。なぜが定期テストや実力テストは全員が上位である。確かに成績に余裕のない子は、テスト直前にテストと関係ないことをやっている塾には来ない・・ 平日休みの夕方から夜は塾が他の業務との相性がいい。

 

 平日休みの昼間は役所がやっているので、行政書士として動きやすい。とても業務がうまく回る。農地転用、開発許可、道路法関係など不動産業務に絞って業務をこなすことにした。スタートした時は集客に困ったが、徐々にHPや地元業者からの仕事がいい間隔でくる。太くはないが細く途切れない状況。そして業務単価は十分だ。今日も役所回りで、その後に塾。

 

 直に70歳になるかと思うと、仕事のスピードが遅く、収益が上がらない。生活資金は年金で十分賄っている。3つの仕事で得たお金は事業にフルベット。貯金はせず、株式の売買益や配当金を回しおけばいいのでないか。賃貸不動産は昨年、売却してしまったが、また景気が落ち込んだらまた仕入れる。

 

 どの業務もやっとのこと、定年退職後6年以上かかったが、ゼロイチのイチにはなったかなぁ? 今日はここまで。

 

 

 行政書士として補助金の申請業務は行っていない。わずかな補助金の一部を手数料としていただくのはどうかな。これは人それぞれ、批判も肯定もしないし、興味もない。ちょうど、行政書士を登録した時期がコロナ禍だったので、補助金業務を受任していた人が多かったかな。今はどうしているのか、わからない。そのころ、こっちは業務が来るかどうかわからないけど、必死でCADの習得を目指していた。

 

 今は不動産関係一本に絞ってやっているが、月に1件受任できるかどうかなので専業ではやっていけない。でも、1件やると20~30万円程度になるので、営業次第で専業でやっていける段階にきていると思う。個人から依頼されることもあるが、今は業者からの紹介がほとんど。それなりに件数をこなしてきたので、営業次第で拡大できる・・・でも、自分自身、ミュージアムや教室経営もあるので、制限をかけている感じがする。

 

 話は戻るが、小規模事業者持続化補助金を申請してみた。これは業務ではなく、自分の教室経営の広告費に充てるためだ。創業セミナーを以前受講したが、期限が過ぎているので創業枠は使えなかった。また、課税事業者であるがインボイスは申請していないのでインボイス枠も使えなかった。MAX50万円の一般枠での申請となった。

 

 補助金申請の入門というお話だったので、気軽に取り組むことができた。結果は2~3ケ月後というが全く合否の予想がつかない。ダメでも看板は発注しようと考えている。2/3の補助で最大50万円なので、ぎりぎりで支払い時は75万円となる。この手元資金を用意できない人は申請すらできない仕組みになっている。

 

 また、地元の商工会、商工会議所のチェックを受けて、様式4という書類を発行してもらう。自分は会員であるし、近くに店舗を建てた経緯があるので説明は簡単だった。でも、この申請を通して、自分の事業計画を考え直す、いい機会になったと思う。この程度の申請書は、経営者ならば自分で作成すべきだと思った。今日はここまで。

 定年後の夫が家にいると、不安に感じる妻の話をよく聞きます。僕に周りにいる男性も「定年まで仕事を頑張ったので、あとは自由に家で過ごしたい」という人が多いのも驚きます。

 

 夫が朝から家でゴロゴロして、妻が掃除洗濯、そして3食用意するなんて状況だと、不安に感じる妻の気持ちもわかります。長寿社会なので、これが20年、30年続くと思うとうんざりするのではないでしょうか。

 

 でも、この話は話としてはよく耳にする」しますが、僕の周りでは離婚まで至ったケースはありません。それよりも、何件かですが逆のパターンを見てきました。

 

 つまり、定年後に夫側から離婚を申し出るパターンです。知り合いが言っていたのは、とにかく「一人になりたい」とのことです。妻が嫌いだからというよりも、周りに人がいてほしくない、・・・一人になりたい。これだけなのです。定年まで苦手な人付き合いに耐えてきたのでしょう。妻を含めて誰にも干渉されない生き方を選んだわけです。

 

 一方、僕の生き方は全く別物です。ミュージアムでの勤務はサラリーマンですが、自営業も2つやっています。この自営業もやっとのことで、集客できるようになりました。仕事量からすると、無理すればワンオペもできますが、妻と仕事をするようにしました。

 

 考えてみれば、40年近く働いてきても、妻といっしょに働いたことがありませんでした。定年退職後のある時期から2人で仕事をすることにしました。定年起業で夫婦二人三脚で仕事をするのは良いと感じています。その理由は話題に事欠かない、ビジョンが共有できる、成果を分かち合える等々・・経済的にも効率よく、オススメです。

 

 行政書士なら妻を補助者として登録させることからスタートさせましょう。教室経営では授業の補助や教材作成で協力してもらうとうまくいきます。妻もパート勤務があるので、補助ができないときは僕のワンオペになります。これはこれで対応できる範囲で補助してもらえば十分です。夫婦で仕事、これはオススメです。今日はここまで。

 ブログやYouTubeなどを見ると、定年起業の失敗例がいっぱいでてきて、退職金をはたいて廃業なんてケースばかりでてくる。これはたぶん、読者、視聴者が喜ぶ内容だから取り上げるのだと思う。

 

 こんなに人手不足なのに失敗するケースなんて考えられない。退職金なら借入ではないので、返済もない。生活費は子育ても終わって持ち家なら、現役世代と比べれば全くかからない。増して厚生年金があるなら贅沢しなければ食べていける。

 

 僕のまわりで定年後に失敗する人より、お金を使わずに亡くなる方の方が圧倒的に多い。70歳どころではなく、80歳過ぎでも老後のためとして貯金しているぐらいだ。そもそも挑戦しようとする人が少なく、家に籠る男性の方が本当に多い。ちょっとネット証券で株を動かすことで満足しているのが一般的なのかと思う。

 

 定年起業は現役世代の起業スタイルや経営コンサルのお話、マニュアル本などを参考にする必要はないと思う。在庫を持つビジネスは別にして、ノウハウを売るような事業ならあきらめないで継続できれば成果はでるのではないか。現にそうしてきた。もちろん、何の事業でも手元資金は必要だが、定年後の年金生活者なら利益を全額、自分のビジネスに再投資できる。

 

 一番に健康、二番に目標達成(あと3年以内に株式会社化)で、休みなく働き結果を出します。今日はここまで。

 8月のミュージアムの混雑したが、仕事内容があっているので難なく乗り切った。定年退職後は「好きな事しかやらない」これが僕の方針だ。社保付きだけではなく、年齢を気にせずに働ける環境も楽しい。これはこれでいい。

 

 実験系の塾経営は退塾者はゼロだが、入塾者は「月1かゼロ」なので成長しているとはいえない。これも僕の理想が前面に出過ぎていること、全く広告宣伝はしていない等、課題を残す。

 

 実験系の塾とはいえ、保護者としては学校の成績は気になるものだ。40年以上も教育に携わってきたから、この世界の裏の裏まで知っている。そもそも、やる気の無い子を個別指導の塾に入れてもお金の無駄? 人に任せては成績は伸びない! 勉強を教えてやれば、「やる気スイッチ」が入るどころか逆効果。 子どもはやりたいことが見つかれば頑張る。でも、この手も子は見つからないことが多い。そこは教師のチカラで変る。

 

 こちらは私財を投入して土地建物、実験実習機材を整備した。あれもこれも欲しいものを買いすぎたが、自宅のリフォームや高級車、海外旅行などを諦めれば、他の老人と体して変らない。今まで好き勝手に生きてきたから、悔いは無い。

 

 「紙とペン」だけで学ぶからできない子は更にできない。教科書で習うことを実験なり、工作なり、体験で学べば分かることも多い。特に小学校低学年の算数や理科は顕著。本やデジタルコンテンツで学べるようなものは、一人でやればいい(小学校高学年以上)。分からなければ生成AIに聞けばいい、ただそれだけ。ただ、入塾してくる子には「やる気があるなら」という条件で、この勉強法と学習の進捗チェックは無料で行っている。

 

 行政書士はニッチな領域に絞っている。主に農転や開発行為許可の申請業務。土木CADが使えることが条件だが、大規模なものは除き、個人を対象とした小規模なものは存在感がある。特に新築はやりたい人が多いが、中古は何かと手間がかかり面倒だ。時間がかかり利益が出にくい。だからそこをつけばいい。営業などしなくても、昨年ごろから仕事が途切れることはない。高齢者が多いので、これから相続が減ることはない。相続全般の業務は他士業もいっぱいいてレッドオーシャンだが。その一部を切り取ればブルーオーシャン。相続で家を貰っても処分したい人も増える。何らかの属人性のある建物ならそう簡単にはいかない。この分野を定年退職後、6年かけて磨いてきた結果が生きている。やっと専門といえるかなぁ。今日はここまで。