厚揚げでボリューム晩ご飯
連休はダイエットもひとやすみ……とばかり、ちょっといろいろ食べ過ぎたので、ここは和食でひとつシメよう。
とはいっても、やっぱり欲しい満腹感。今回は厚揚げに活躍してもらった。

豚の赤身挽肉を酒・醤油で下味を付け、生姜汁と長ネギのみじん切りを加えてよく混ぜる。
これを二つ切りにした厚揚げに詰めるのだけど、ただ切って挟むと、煮てる間に押されて飛び出しがちなので、厚揚げの中身を少し切り出すように取り出し、指で潰しながら挽肉に混ぜてしまう。
当然挽肉のたね量が増すので、入りきれない分は、肉団子にして一緒にだし汁で煮るのだ。
他に大根やざく切りの長ネギもいれて、静かに煮含める。ボリュームがあるので結構お腹いっぱい。
連れ合いの好物でもあるので、喜んで食べてしまった。
さて、残った煮汁は、翌日、糸蒟蒻と切り干し大根の炒め煮に使いきって、ヘルシー&経済でシメることができたと思う。まずまず満足。
とはいっても、やっぱり欲しい満腹感。今回は厚揚げに活躍してもらった。

豚の赤身挽肉を酒・醤油で下味を付け、生姜汁と長ネギのみじん切りを加えてよく混ぜる。
これを二つ切りにした厚揚げに詰めるのだけど、ただ切って挟むと、煮てる間に押されて飛び出しがちなので、厚揚げの中身を少し切り出すように取り出し、指で潰しながら挽肉に混ぜてしまう。
当然挽肉のたね量が増すので、入りきれない分は、肉団子にして一緒にだし汁で煮るのだ。
他に大根やざく切りの長ネギもいれて、静かに煮含める。ボリュームがあるので結構お腹いっぱい。
連れ合いの好物でもあるので、喜んで食べてしまった。
さて、残った煮汁は、翌日、糸蒟蒻と切り干し大根の炒め煮に使いきって、ヘルシー&経済でシメることができたと思う。まずまず満足。
『イシュタール』の楽しみ方
友人から、DVD化されてない映画のVHSを借りたので、鑑賞しながらDVDに焼き直した。
借りたのは『イシュタール』。1987年のアメリカ“超B級”映画。

でもただのB級じゃないぞ。出演者は無駄に豪華だし(ダスティン・ホフマン、ウォーレン・ビーティ、イザベル・アジャーニ)、プロモーションもそれなりにちゃんとしてる(公開当時、主演二人がLIFE誌の表紙を飾った)し。
にも関わらず、某サイトにて「3人のフィルモグラフィの汚点」
などといわれてしまう大ケッ作だぞ (°o°)\
みんなわかっちゃいないのである。
面白いと評判の映画をただそのまま鑑賞して、「ああ面白かった」では面白くないではないか! (°o°)\
つまらない映画というのは、ツッコミどころもない映画のことだ。その基準でいえばツッコミどころ満載で、へんてこで、実に楽しい映画だぞ。
売れないミュージシャンのホフマンが、同じくミュージシャンを目指すビーティと出会う。
やることなすこと間抜けでどっか似たもの同士の二人が、コンビを組んでイシュタールくんだりまで営業にでかける羽目になる。
ビーティがニョーボに逃げられて嘆き悲しむシーンで、デタラメな漢字が沢山プリントされたガウン(浴衣?)を着てるけど、それがまた「間抜け」なイメージぴったり。
同じくニョーボに逃げられたホフマンが自殺を図ろうとしてビーティに言う。
「ライル、僕に失望したろう?こんな男と思ってなかったろう?」
「思ってたよ」
「32まで親の家に居候してたような男だ。人生を無駄にした。」
「君の歳で人生がゼロなんて勇気がなきゃできない。普通なら恥と思うのに、君は勇敢に自殺しようとした」
などと、説得しようとしてるんだか背中から突き落とそうとしてるんだかわかんないやりとりで、自殺を思いとどまって泣いちゃうホフマンは、当時の実年齢50歳である(ぉぃ)
そしてビーティも同い年だ。(…)
可愛らしいバカの人たちは、人にカンタンに騙されたり丸め込まれたり、アホにされたりしても気がつかない。
メクラのラクダを売りつけられても、CIAや妖しい女に殺されそうになっても、騙されてることに気がつかない (°o°)\
「夜になると光る特別のビーズなの。落として歩けば夜には町に戻れる」とネックレスをかけ、砂漠へ行かせる女がイザベル・アジャーニ。
風が吹いたら隠れちゃうよ、とビーティがいうと「砂漠に風は吹かないわ」。
大嘘もいいとこだが、信じるところがアホウのいいとこである。
一方ホフマンも、「砂漠を2時間も歩くとオアシスがある」とCIAに騙されている。
女もCIAも、皆が探している「地図」に二人が関わりないと知って、砂漠でのたれ死にしてくれればやっかい払いできると思ってのこと(しくしく)
「砂漠での心得さ」
と、ビーズを落としながら歩くビーティ(涙)
同じく
「オアシスまであと少し」
と、水筒の水を飲み干すホフマン(涙)
砂漠で風が砂を巻き上げると
「氷河が溶け出すような天変地異かな?」(気づけよ!!
その後奮闘してウソ通訳などしながらなかなかうまく切り抜ける二人(←このシーンだけはなかなか見物だ)。
それでも女のウソには気づかないアホウの二人。
騒動のおおもとである「地図」が思いがけなく見つかって、女にこのことを教えなくちゃ!と喜ぶ。
「風のことも話そう きっと驚くぞ」
「あれは不思議だったな」
「そういえば……ビーズも光らなかった」
「ビーズは風に吹きとばされたんだよ」
「ネックレスに残ったビーズも光らなかった」
「そうだな ピカッとも光らなかった」
「……」
普通、お笑いはボケとツッコミだが、二人ともボケっぱなしで誰もツッコんでくれないから、スクリーンのこっち側から積極的にツッコんであげる必要がある。ツッコミ体質の人の為の映画だ (°o°)\
なんでDVD化されないのかなあ? (°o°)\バキバキ
※まかり間違ってこの映画を「面白そう」と思ったあなた、決して過剰な期待を持たずにご覧あれ。そしてご自分のツッコミ体質を冷静に見極めてくらさい。

それにしても、公開当時(21年前)の3人の写真がこれ

いまのダスティン・ホフマンとウォーレン・ビーティ
すっかりジジイになりました。

そしてイザベル・アジャーニ(3年前ですが)
げに恐ろしきは、女なり……。

借りたのは『イシュタール』。1987年のアメリカ“超B級”映画。

でもただのB級じゃないぞ。出演者は無駄に豪華だし(ダスティン・ホフマン、ウォーレン・ビーティ、イザベル・アジャーニ)、プロモーションもそれなりにちゃんとしてる(公開当時、主演二人がLIFE誌の表紙を飾った)し。
にも関わらず、某サイトにて「3人のフィルモグラフィの汚点」
などといわれてしまう大ケッ作だぞ (°o°)\
みんなわかっちゃいないのである。
面白いと評判の映画をただそのまま鑑賞して、「ああ面白かった」では面白くないではないか! (°o°)\
つまらない映画というのは、ツッコミどころもない映画のことだ。その基準でいえばツッコミどころ満載で、へんてこで、実に楽しい映画だぞ。
売れないミュージシャンのホフマンが、同じくミュージシャンを目指すビーティと出会う。
やることなすこと間抜けでどっか似たもの同士の二人が、コンビを組んでイシュタールくんだりまで営業にでかける羽目になる。
ビーティがニョーボに逃げられて嘆き悲しむシーンで、デタラメな漢字が沢山プリントされたガウン(浴衣?)を着てるけど、それがまた「間抜け」なイメージぴったり。
同じくニョーボに逃げられたホフマンが自殺を図ろうとしてビーティに言う。
「ライル、僕に失望したろう?こんな男と思ってなかったろう?」
「思ってたよ」
「32まで親の家に居候してたような男だ。人生を無駄にした。」
「君の歳で人生がゼロなんて勇気がなきゃできない。普通なら恥と思うのに、君は勇敢に自殺しようとした」
などと、説得しようとしてるんだか背中から突き落とそうとしてるんだかわかんないやりとりで、自殺を思いとどまって泣いちゃうホフマンは、当時の実年齢50歳である(ぉぃ)
そしてビーティも同い年だ。(…)
可愛らしいバカの人たちは、人にカンタンに騙されたり丸め込まれたり、アホにされたりしても気がつかない。
メクラのラクダを売りつけられても、CIAや妖しい女に殺されそうになっても、騙されてることに気がつかない (°o°)\
「夜になると光る特別のビーズなの。落として歩けば夜には町に戻れる」とネックレスをかけ、砂漠へ行かせる女がイザベル・アジャーニ。
風が吹いたら隠れちゃうよ、とビーティがいうと「砂漠に風は吹かないわ」。
大嘘もいいとこだが、信じるところがアホウのいいとこである。
一方ホフマンも、「砂漠を2時間も歩くとオアシスがある」とCIAに騙されている。
女もCIAも、皆が探している「地図」に二人が関わりないと知って、砂漠でのたれ死にしてくれればやっかい払いできると思ってのこと(しくしく)
「砂漠での心得さ」
と、ビーズを落としながら歩くビーティ(涙)
同じく
「オアシスまであと少し」
と、水筒の水を飲み干すホフマン(涙)
砂漠で風が砂を巻き上げると
「氷河が溶け出すような天変地異かな?」(気づけよ!!
その後奮闘してウソ通訳などしながらなかなかうまく切り抜ける二人(←このシーンだけはなかなか見物だ)。
それでも女のウソには気づかないアホウの二人。
騒動のおおもとである「地図」が思いがけなく見つかって、女にこのことを教えなくちゃ!と喜ぶ。
「風のことも話そう きっと驚くぞ」
「あれは不思議だったな」
「そういえば……ビーズも光らなかった」
「ビーズは風に吹きとばされたんだよ」
「ネックレスに残ったビーズも光らなかった」
「そうだな ピカッとも光らなかった」
「……」
普通、お笑いはボケとツッコミだが、二人ともボケっぱなしで誰もツッコんでくれないから、スクリーンのこっち側から積極的にツッコんであげる必要がある。ツッコミ体質の人の為の映画だ (°o°)\
なんでDVD化されないのかなあ? (°o°)\バキバキ
※まかり間違ってこの映画を「面白そう」と思ったあなた、決して過剰な期待を持たずにご覧あれ。そしてご自分のツッコミ体質を冷静に見極めてくらさい。

それにしても、公開当時(21年前)の3人の写真がこれ

いまのダスティン・ホフマンとウォーレン・ビーティ
すっかりジジイになりました。

そしてイザベル・アジャーニ(3年前ですが)
げに恐ろしきは、女なり……。
これで私も悪代官。
ヒミツの談合のため、横浜駅某所へ赴いた。
その折り受け取った由緒正しいワイロ、「山吹色のお菓子」を皆の者に披露しようぞ。
まずは上品な紫色の包み(なにやら風呂敷にも見え)をひらくと、漆塗りか?!と思わせる黒光りする立派な菓子箱。むむう、これはなにやら……

疑惑の香りではないか?!
箱をひらくと、そこには!

まばゆい山吹色の菓子!
きらきらきらーーん
菓子のしおりもふるっておるぞ。

「今、蘇る幻のお菓子 昔も今も喜ばれる お菓子といえば この一品…」
「このお菓子のお礼の言葉はもちろん…
お主も悪よのう…
で、ございます。」

英文の説明もあるぞ。
You are as bad as me, aren't you?
ハイカラなことだのう…。
さて、肝心のお菓子のこと……。
帯封もきりりと美しいこの姿。

帯封をとき、中から現れ出でたるは!

胡麻の風味も香ばしい、おいしいパイ菓子なのであった。

う~ん、食べる前にこんなに楽しめるこの一品、まさにワイロにもってこいではないか。
そして、この菓子の発売元のサイトがまたふるっておるぞ。
わざわざ、
「このサイトはネタではありません。販売サイトです。」
と強調しておる。
よっぽど疑われるようなことがあったのかのう…。
それもわからんではないが、たしかに立派に美味しい菓子であったぞ。
悪代官は大変満足である!
皆の者も充分楽しむがよいぞ。

その折り受け取った由緒正しいワイロ、「山吹色のお菓子」を皆の者に披露しようぞ。
まずは上品な紫色の包み(なにやら風呂敷にも見え)をひらくと、漆塗りか?!と思わせる黒光りする立派な菓子箱。むむう、これはなにやら……

疑惑の香りではないか?!
箱をひらくと、そこには!

まばゆい山吹色の菓子!
きらきらきらーーん
菓子のしおりもふるっておるぞ。

「今、蘇る幻のお菓子 昔も今も喜ばれる お菓子といえば この一品…」
「このお菓子のお礼の言葉はもちろん…
お主も悪よのう…
で、ございます。」

英文の説明もあるぞ。
You are as bad as me, aren't you?
ハイカラなことだのう…。
さて、肝心のお菓子のこと……。
帯封もきりりと美しいこの姿。

帯封をとき、中から現れ出でたるは!

胡麻の風味も香ばしい、おいしいパイ菓子なのであった。

う~ん、食べる前にこんなに楽しめるこの一品、まさにワイロにもってこいではないか。
そして、この菓子の発売元のサイトがまたふるっておるぞ。
わざわざ、
「このサイトはネタではありません。販売サイトです。」
と強調しておる。
よっぽど疑われるようなことがあったのかのう…。
それもわからんではないが、たしかに立派に美味しい菓子であったぞ。
悪代官は大変満足である!
皆の者も充分楽しむがよいぞ。
永島慎二という青春があった。
私の敬愛する永島慎二氏の代表作のひとつ、『黄色い涙(若者たち)』が映画化されると聞いたのは、他でもない永島邸でのことだった。一昨年6月、いつもの初夏の挨拶に、田舎から送られてきたさくらんぼを手土産に、お邪魔した時のことだ。
この習慣は私たち夫婦が永島御夫妻に「婚姻届の証人」となっていただいて(いわば、紙の上だけとはいえ、仲人をお願いしたのだ)以来毎年のことで、それは永島氏が亡くなられてからも、続いている。
その折に奥様が嬉しそうに見せてくださったのが、永島氏のお孫さんと奥様と、嵐のメンバー数人とが写った写真だった。
「来年の春ね、嵐のみなさんの主演で映画になるのよ! 犬童一心監督なの」
胸が熱くなった。映画になる。ことに嵐が主演となれば、より沢山の人が見てくれるだろう。きっと、本も復刻されるに違いない。亡くなって2年目に、永島慎二の名前がまた、人の心に甦るだろう、と。
そして、その年にマガジンハウスという大手出版社から、新しい装幀で、『黄色い涙』が復刻された。
既に持っている漫画であっても、装幀が変われば欲しくなるのはファンのサガ……なのだが、この本は、期待以上の「本当の復刻版」と言える仕上がりだった。
復刻というからには、原本があるのだが、この場合はかつて『若者たち』のタイトルで最初に出された本ではなく……青林堂から76年に出された、つまり『黄色い涙』のタイトルでNHK銀河テレビ小説で放映された2年あとに出版されたものが原本だ。

この本は巻頭にNHK銀河テレビ小説の画面と、タイトルロール用に永島氏が描き下ろした登場人物たちの絵があり、巻末には当時の関係者による文章が寄せられていて、映像化の記念というべきものだった。
さらにもう一冊、忘れてはならない『黄色い涙』がある。
銀河テレビ小説版の脚本が書籍化されたもので、青林堂の8年後に出版されている。
巻末、当時を振り返る市川森一のあとがきがまた、いい。
そして今回のこの本も……巻末に当時、そして今回の関係者が、それぞれの思いを連ねている。
犬堂一心監督は、思春期にこのTV作品に出会い、永島慎二作品にふれたという。
「俺は『黄色い涙』をずっと映画にしたかった」
「テレビ版でタイトルバックの絵を永島さんが描いてるんですよ。だから、僕が『黄色い涙』をやるんだったら、新しいバージョンのキャストを描いてもらいたかったんですよ」
熱く語る。この人が作るんだったら、安心して世界に入ってゆける、そう感じた。
そして、かつて主人公の「栄介」を演じた森本レオと、新しい「栄介」、二宮和也の対談がいい。
たしかに「嵐」はアイドルなんだけど、真剣に「アイドル」という位置で仕事をしていて、歌だったり、芝居だったり、真剣で淀みがないように感じる。
(それは『硫黄島からの手紙』のシーンからも伝わることなんだけど)
青林堂版の『黄色い涙』の巻末で、森本レオは永島作品にであった時の気持ちを語っている。
それは、かつて私が私なりの苦しい心で過ごしていた十代の頃に、永島作品に感じた親近感と、同じものではなかったろうか?
こころにうずく、青春という名の甘い痛みが、永島作品からは流れていたような気がする。
その、映画『黄色い涙』については、また別の項で書こうと思う。

この習慣は私たち夫婦が永島御夫妻に「婚姻届の証人」となっていただいて(いわば、紙の上だけとはいえ、仲人をお願いしたのだ)以来毎年のことで、それは永島氏が亡くなられてからも、続いている。
その折に奥様が嬉しそうに見せてくださったのが、永島氏のお孫さんと奥様と、嵐のメンバー数人とが写った写真だった。
「来年の春ね、嵐のみなさんの主演で映画になるのよ! 犬童一心監督なの」
胸が熱くなった。映画になる。ことに嵐が主演となれば、より沢山の人が見てくれるだろう。きっと、本も復刻されるに違いない。亡くなって2年目に、永島慎二の名前がまた、人の心に甦るだろう、と。
そして、その年にマガジンハウスという大手出版社から、新しい装幀で、『黄色い涙』が復刻された。既に持っている漫画であっても、装幀が変われば欲しくなるのはファンのサガ……なのだが、この本は、期待以上の「本当の復刻版」と言える仕上がりだった。
復刻というからには、原本があるのだが、この場合はかつて『若者たち』のタイトルで最初に出された本ではなく……青林堂から76年に出された、つまり『黄色い涙』のタイトルでNHK銀河テレビ小説で放映された2年あとに出版されたものが原本だ。

この本は巻頭にNHK銀河テレビ小説の画面と、タイトルロール用に永島氏が描き下ろした登場人物たちの絵があり、巻末には当時の関係者による文章が寄せられていて、映像化の記念というべきものだった。
さらにもう一冊、忘れてはならない『黄色い涙』がある。
銀河テレビ小説版の脚本が書籍化されたもので、青林堂の8年後に出版されている。
巻末、当時を振り返る市川森一のあとがきがまた、いい。
そして今回のこの本も……巻末に当時、そして今回の関係者が、それぞれの思いを連ねている。
犬堂一心監督は、思春期にこのTV作品に出会い、永島慎二作品にふれたという。
「俺は『黄色い涙』をずっと映画にしたかった」
「テレビ版でタイトルバックの絵を永島さんが描いてるんですよ。だから、僕が『黄色い涙』をやるんだったら、新しいバージョンのキャストを描いてもらいたかったんですよ」
熱く語る。この人が作るんだったら、安心して世界に入ってゆける、そう感じた。
そして、かつて主人公の「栄介」を演じた森本レオと、新しい「栄介」、二宮和也の対談がいい。
たしかに「嵐」はアイドルなんだけど、真剣に「アイドル」という位置で仕事をしていて、歌だったり、芝居だったり、真剣で淀みがないように感じる。
(それは『硫黄島からの手紙』のシーンからも伝わることなんだけど)
青林堂版の『黄色い涙』の巻末で、森本レオは永島作品にであった時の気持ちを語っている。
線路のそばの貸本屋で、永島さんのこんな意識の群れに出会った時、僕は困ってしまった。
「あ、おれがいる……」
それは、かつて私が私なりの苦しい心で過ごしていた十代の頃に、永島作品に感じた親近感と、同じものではなかったろうか?
こころにうずく、青春という名の甘い痛みが、永島作品からは流れていたような気がする。
その、映画『黄色い涙』については、また別の項で書こうと思う。



