“存在しない”人々の暮らす空港
年の暮れの12月30日。カナダからパリへ到着したばかりのアルチュロは、空港の入国管理局窓口で足止めを食っていた。
パスポートなど貴重品一式と履いていた靴まで盗まれてしまい、身分の証明ができないのだ。
日曜の夜だから、もう役場に問い合わせはできないという。どうすればいいのか。必死で訴えても、通せないの一点張り。迎えに来ているはずの妻と連絡をとることすらできない。
そうして彼は、「トランジット(一時寄港者)」となって、空港での不思議な体験をすることになる。
1993年のフランス映画、『パリ空港の人々』は、フィリップ・リオレ監督が実際に空港で遭遇した出来事が元になったという。
その空港の中にはさまざまな事情から入国が許されず、処遇が決まるまで空港内にある「トランジット用待合所」という場所に“待たされて”いる人々がいた。中には、数年にわたってそこにいる人さえも。
もうピンと来た方もいるだろうが、2004年のアメリカ映画『ターミナル』は、この映画とネタ元を同じくするものだ。しかし『パリ空港の人々』のリメイクというわけではなく、実在した「数年にわたってトランジットエリアから出られない人」に“出会う”のが『パリ空港の人々』で、その本人を参考にドラマチックに創作したのが『ターミナル』というわけ。

アルチュロ(ジャン・ロシュフォール)は、窓口担当者の融通のきかない役人ぶりに閉口しつつ、仕方なしに待合室の長いすに横になるが、寝付けるものじゃない。
時間は深夜。そこへ、どこからか黒人の少年があらわれ、彼に声をかける。
「新入りなの?」
新入りとは、なんのことか。いぶかしく思いつつも少年の消えた先へ歩いていくと、「トランジット用待合所」と書かれたドアがあった。

様々な事情から入国を許されていない人々(トランジット:一時寄港者)の住む、国と国との隙間……「どこの国でもない場所」がその場所だった。
この疲れた、要領の悪い不運な学者を演じているのはフランスの名優ジャン・ロシュフォール。
くたびれ加減がいかにもロシュフォールらしく、イタリア人妻との窓越しのやり取りのもどかしさも、彼が演ずればクスッとさせてくれる滑稽さがある。そしてどことなく上品な佇まいと今の境遇のギャップがまた、笑いを誘う。

ちなみにスピルバーグの『ターミナル』のモデルとなったのは、この人物にあたる。どこの国の出身か不明で、言葉も誰も理解できない。しかし器用で、いつも独学で覚えた機械いじりをしている。謎の人なのである。
これは映画だが、現実にこういう場所、こういう人々が存在するらしいこと自体が不思議で、複雑だ。彼らは確認できる書類がないから、存在が確認されないという。目の前でこうして生きているのに、「存在が確認できない」とはどういうことなのだろうか。社会的な存在証明ができないから目の前の存在を否定するなど、屁理屈でしかないように思うのだが。
しかしそれが今の人間社会というものなのだ。たかが紙一枚が、人間の処遇を左右する。

朝になり、もう大晦日で翌日は新年だというのに、靴を盗まれた男は靴下のまま空港内をうろつくしかなく、侘びしい。過剰な演出が一切ないことでいっそう自然と彼の身になって見てしまう。
そんなトホホな状況の男と父を待つ少年は、ほのかな友情で結ばれる。
少年の父は技師で、少年はパリで勉強してパイロットになるのが夢だという。

トランジットな彼らは、そんな状況にもかかわらず、意外にも生活力旺盛だ。
空港内は彼らの庭のようなもの。広い空港の敷地内で野性のウサギを狩って(!)厨房へ売りつけ(!)、免税店の倉庫から缶詰をいただいたり(!!)と、実にたくましく“生活”している。

どんなに頑張っても、彼らが「よそ者」「招かれざる客」であることに変わりはない。空港内の職員も特に彼らに同情的でなく、あくまでもドライ。ここがフランス的なところだ。
だから、トランジットたちも負けてはいられないわけだ。それらとうまく折り合いをつけ、彼らなりの自由を追求していかなくてはならない。
コロンビアから来た、今は国籍のないアンジェラが言う。

彼らの部屋に空港職員が現れ、少年は明日の便で国へ帰されるという。
アルチュロは、落胆する少年をなぐさめようと、皆で空港を抜け出しパリの夜景を見にセーヌ河まで出ようと計画する。見つかったら不法入国で刑務所行きは間違いない。しかしこのパリの夜景を見せずに少年を国へ帰せはしない。
そして、ささやかで、でも大胆な冒険を決行する……。
フランス映画らしいというのだろうか、押しつけがましい泣きの場面は一切ない。しかし、そんな状況にも関わらず人生を見据え生きている「人間たち」がいとおしい。最後にあるのは希望なのだろうか、無謀なのだろうか。しかしそれでも彼らは生きていくのだ、と思わせられる。
そして、お役所的な空港職員たちの対応も、それはそれで彼らなりの生き方だ。目の前にいたら必ずぶっとばしたくなるだろう所も、あそこまで徹底されると笑えてくるというものだ。
トランジットになることで、人生の別の面を見てしまったアルチュロに対して、外で待たされ苛立ちを募らせている妻には少し同情してしまうが……。
きっとフランス人なら、「C'est la vie (それもまた人生)」 ということだろう。

パスポートなど貴重品一式と履いていた靴まで盗まれてしまい、身分の証明ができないのだ。
日曜の夜だから、もう役場に問い合わせはできないという。どうすればいいのか。必死で訴えても、通せないの一点張り。迎えに来ているはずの妻と連絡をとることすらできない。
そうして彼は、「トランジット(一時寄港者)」となって、空港での不思議な体験をすることになる。
1993年のフランス映画、『パリ空港の人々』は、フィリップ・リオレ監督が実際に空港で遭遇した出来事が元になったという。
その空港の中にはさまざまな事情から入国が許されず、処遇が決まるまで空港内にある「トランジット用待合所」という場所に“待たされて”いる人々がいた。中には、数年にわたってそこにいる人さえも。
もうピンと来た方もいるだろうが、2004年のアメリカ映画『ターミナル』は、この映画とネタ元を同じくするものだ。しかし『パリ空港の人々』のリメイクというわけではなく、実在した「数年にわたってトランジットエリアから出られない人」に“出会う”のが『パリ空港の人々』で、その本人を参考にドラマチックに創作したのが『ターミナル』というわけ。

アルチュロ(ジャン・ロシュフォール)は、窓口担当者の融通のきかない役人ぶりに閉口しつつ、仕方なしに待合室の長いすに横になるが、寝付けるものじゃない。
時間は深夜。そこへ、どこからか黒人の少年があらわれ、彼に声をかける。
「新入りなの?」
新入りとは、なんのことか。いぶかしく思いつつも少年の消えた先へ歩いていくと、「トランジット用待合所」と書かれたドアがあった。

様々な事情から入国を許されていない人々(トランジット:一時寄港者)の住む、国と国との隙間……「どこの国でもない場所」がその場所だった。
この疲れた、要領の悪い不運な学者を演じているのはフランスの名優ジャン・ロシュフォール。
くたびれ加減がいかにもロシュフォールらしく、イタリア人妻との窓越しのやり取りのもどかしさも、彼が演ずればクスッとさせてくれる滑稽さがある。そしてどことなく上品な佇まいと今の境遇のギャップがまた、笑いを誘う。

ちなみにスピルバーグの『ターミナル』のモデルとなったのは、この人物にあたる。どこの国の出身か不明で、言葉も誰も理解できない。しかし器用で、いつも独学で覚えた機械いじりをしている。謎の人なのである。
これは映画だが、現実にこういう場所、こういう人々が存在するらしいこと自体が不思議で、複雑だ。彼らは確認できる書類がないから、存在が確認されないという。目の前でこうして生きているのに、「存在が確認できない」とはどういうことなのだろうか。社会的な存在証明ができないから目の前の存在を否定するなど、屁理屈でしかないように思うのだが。
しかしそれが今の人間社会というものなのだ。たかが紙一枚が、人間の処遇を左右する。

朝になり、もう大晦日で翌日は新年だというのに、靴を盗まれた男は靴下のまま空港内をうろつくしかなく、侘びしい。過剰な演出が一切ないことでいっそう自然と彼の身になって見てしまう。
そんなトホホな状況の男と父を待つ少年は、ほのかな友情で結ばれる。
少年の父は技師で、少年はパリで勉強してパイロットになるのが夢だという。

トランジットな彼らは、そんな状況にもかかわらず、意外にも生活力旺盛だ。
空港内は彼らの庭のようなもの。広い空港の敷地内で野性のウサギを狩って(!)厨房へ売りつけ(!)、免税店の倉庫から缶詰をいただいたり(!!)と、実にたくましく“生活”している。

どんなに頑張っても、彼らが「よそ者」「招かれざる客」であることに変わりはない。空港内の職員も特に彼らに同情的でなく、あくまでもドライ。ここがフランス的なところだ。
だから、トランジットたちも負けてはいられないわけだ。それらとうまく折り合いをつけ、彼らなりの自由を追求していかなくてはならない。
コロンビアから来た、今は国籍のないアンジェラが言う。
私には合法的な身分がない もぐりの人間よずっとここに居るつもりなのかと問うアルチュロに、
幽霊みたいなものよ 何の権利もないわ
来年は冥王星の年なの 私の年よと明るくこたえる彼女がいじらしい。
冥王星はさそり座の守護星だから
250年に一度、地球の上を通る それが来年なの

彼らの部屋に空港職員が現れ、少年は明日の便で国へ帰されるという。
アルチュロは、落胆する少年をなぐさめようと、皆で空港を抜け出しパリの夜景を見にセーヌ河まで出ようと計画する。見つかったら不法入国で刑務所行きは間違いない。しかしこのパリの夜景を見せずに少年を国へ帰せはしない。
そして、ささやかで、でも大胆な冒険を決行する……。
フランス映画らしいというのだろうか、押しつけがましい泣きの場面は一切ない。しかし、そんな状況にも関わらず人生を見据え生きている「人間たち」がいとおしい。最後にあるのは希望なのだろうか、無謀なのだろうか。しかしそれでも彼らは生きていくのだ、と思わせられる。
そして、お役所的な空港職員たちの対応も、それはそれで彼らなりの生き方だ。目の前にいたら必ずぶっとばしたくなるだろう所も、あそこまで徹底されると笑えてくるというものだ。
トランジットになることで、人生の別の面を見てしまったアルチュロに対して、外で待たされ苛立ちを募らせている妻には少し同情してしまうが……。
きっとフランス人なら、「C'est la vie (それもまた人生)」 ということだろう。
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俺のハレンチ学園
以前、知り合いの開いた居酒屋の手伝いをしたことがある。店主と私の二人だけで、厨房からフロアから全部やれるくらいの、小さな居酒屋だった。
来る客といえば、顔見知りばかり。しかもこれが、類は友を呼ぶの言葉どおり、変わり者揃いなのであった。
ある日、自分も近くで店をやっている常連のKさんが、突然こう言った。
「俺の学校ってさあ、ハレンチ学園だったんだよ」
またヘンなことを言い出す人である。
ハレンチ学園ってこれだよね。

「俺の学校がハレンチ学園」って、なんのことですか?
「小学校の時さ、スカートめくり流行ったじゃん」
ああ、ありましたね。流行ったっていうか、子供だからそういうのやりますよね。
「俺のクラスって、めくったり触ったりとか、他のクラスよりももっと過激だったんだよ。まあ仲がよかったんだな、他のクラスより。」
なるほど。仲がいいからエスカレートしたわけですね。
「俺さ、好きな子がいてさあ、その子を泣かせちゃってさあ」
突然恋の思い出ですか。
「俺ってシャイじゃん…好きな子だとスカートめくれないわけよ。他の女子はなんでもないからバンバンめくっちゃう」
シャイっていうか、ゆがんでるっていうか。
「そいで、その子がさ、女子のボスみたいなやつにいいつけて」
女子のボスですか。なんて言ったんですか。
「Kくんが、私だけめくってくれないって」
……はあ……。
「おかげで女子からつるし上げだよ。
なんでOちゃんだけめくってあげないんだって」
なるほど、そりゃハレンチ学園ですわ。
なぜそんな話になったのかといえば、よかれと思って女の子にした行為がことごとく裏目に出て嫌われてしまうという、そういう自分のルーツを辿っていった結果だったらしい。
その体験をベースにして女の子に接していたら、正しくセクハラおやじまっしぐらなのも致し方ない。という、回りくどい自己弁護だったか。
Kさんが帰ったあと、マスター(独身)がつぶやいた。
「うらやましい」
ちょっと泣けた。

来る客といえば、顔見知りばかり。しかもこれが、類は友を呼ぶの言葉どおり、変わり者揃いなのであった。
ある日、自分も近くで店をやっている常連のKさんが、突然こう言った。
「俺の学校ってさあ、ハレンチ学園だったんだよ」
またヘンなことを言い出す人である。
ハレンチ学園ってこれだよね。

「俺の学校がハレンチ学園」って、なんのことですか?
「小学校の時さ、スカートめくり流行ったじゃん」
ああ、ありましたね。流行ったっていうか、子供だからそういうのやりますよね。
「俺のクラスって、めくったり触ったりとか、他のクラスよりももっと過激だったんだよ。まあ仲がよかったんだな、他のクラスより。」
なるほど。仲がいいからエスカレートしたわけですね。
「俺さ、好きな子がいてさあ、その子を泣かせちゃってさあ」
突然恋の思い出ですか。
「俺ってシャイじゃん…好きな子だとスカートめくれないわけよ。他の女子はなんでもないからバンバンめくっちゃう」
シャイっていうか、ゆがんでるっていうか。
「そいで、その子がさ、女子のボスみたいなやつにいいつけて」
女子のボスですか。なんて言ったんですか。
「Kくんが、私だけめくってくれないって」
……はあ……。
「おかげで女子からつるし上げだよ。
なんでOちゃんだけめくってあげないんだって」
なるほど、そりゃハレンチ学園ですわ。
なぜそんな話になったのかといえば、よかれと思って女の子にした行為がことごとく裏目に出て嫌われてしまうという、そういう自分のルーツを辿っていった結果だったらしい。
その体験をベースにして女の子に接していたら、正しくセクハラおやじまっしぐらなのも致し方ない。という、回りくどい自己弁護だったか。
Kさんが帰ったあと、マスター(独身)がつぶやいた。
「うらやましい」
ちょっと泣けた。
ラゾーナ港より。
一昨年の秋、川崎の東芝工場跡地に「ラゾーナ川崎」という大型ショッピングモールが出来た。
映画館やショップ、家電量販店、スーパーマーケットも揃っていて、ここへ来れば大抵の用事は済ませられるようになったので、わりに頻繁に足を運んでいる。

ここは中央に広場があり、それを囲むようにすり鉢型にテナントが並んでいて、上から見下ろすとなかなかの解放感。行き交う人を見てるだけでも楽しい。
この広場はタレントのイベントなどでよく使われるので、朝のニュースバラエティなどで取り上げられることも多い。川崎の新しいトレンドスポットというわけだ。
最近こういう大型ショッピングモールが増えているが、正直いってテナントの種類も全体のイメージもどこか似たり寄ったりで、面白みに欠けるのも事実だ。
しかし、このラゾーナには、他のモールにはない、特別な場所がある。
私が一番気に入っているその場所からは、
船が、見える。
もちろん、これは幻の船。
2つのビルが重なって、入港してくる大きな船が、その場所から見た時にだけ姿をあらわす。
夕暮れ、船が見えるデッキスペースのベンチにすわると、まるでここが港に思えてくる。
幻だからこその美しさを楽しみ、しばしの間、この港に佇もう。

映画館やショップ、家電量販店、スーパーマーケットも揃っていて、ここへ来れば大抵の用事は済ませられるようになったので、わりに頻繁に足を運んでいる。

ここは中央に広場があり、それを囲むようにすり鉢型にテナントが並んでいて、上から見下ろすとなかなかの解放感。行き交う人を見てるだけでも楽しい。
この広場はタレントのイベントなどでよく使われるので、朝のニュースバラエティなどで取り上げられることも多い。川崎の新しいトレンドスポットというわけだ。
最近こういう大型ショッピングモールが増えているが、正直いってテナントの種類も全体のイメージもどこか似たり寄ったりで、面白みに欠けるのも事実だ。
しかし、このラゾーナには、他のモールにはない、特別な場所がある。
私が一番気に入っているその場所からは、
船が、見える。
もちろん、これは幻の船。
2つのビルが重なって、入港してくる大きな船が、その場所から見た時にだけ姿をあらわす。
夕暮れ、船が見えるデッキスペースのベンチにすわると、まるでここが港に思えてくる。
幻だからこその美しさを楽しみ、しばしの間、この港に佇もう。
テーブル下の袋猫
毎度お馴染み、お間抜けな我が家の王子。
居間のテーブルの下で、ガサガサ音がするので、覗いてみると……

こんなことになっていた。
頭すっぽり。
なんのイキモノですか?

何もみえないよ?
ココはどこ!?
ズリズリよたよた後ずさり。

ズリズリズリ。
見えないとどんどん後ろにいくらしい。
おおっ。お尻が行き止まりだよ。

そのままぐるっと回って、またココに戻ってきた。
世界はどこに行ってしまったの~。

ふーーーっ
酷い目にあったヨ!!
※誰も酷い目にあわせてマセンヨ。
袋の口が頭にジャストフィットだったのが、王子の敗因らしい。
しかし、何故自らこんな面白いことになりたがるのか。
面白猫の星の下に生まれてきた、我が家の王子の今後にご期待下さい(嘘)
居間のテーブルの下で、ガサガサ音がするので、覗いてみると……

こんなことになっていた。
頭すっぽり。
なんのイキモノですか?

何もみえないよ?
ココはどこ!?
ズリズリよたよた後ずさり。

ズリズリズリ。
見えないとどんどん後ろにいくらしい。
おおっ。お尻が行き止まりだよ。

そのままぐるっと回って、またココに戻ってきた。
世界はどこに行ってしまったの~。

ふーーーっ
酷い目にあったヨ!!
※誰も酷い目にあわせてマセンヨ。
袋の口が頭にジャストフィットだったのが、王子の敗因らしい。
しかし、何故自らこんな面白いことになりたがるのか。
面白猫の星の下に生まれてきた、我が家の王子の今後にご期待下さい(嘘)



