プロローグ 3
ある時、カヲルが部屋で積み木で遊んでいた時だった。目には映らなくても、四角柱や三角錐などの積み木は手触りで知ることができる。
幼いカヲルの手には、まだ少し大きすぎる積み木を上手に触り、形を確認して手探りでタワーを作る。大好きな積み木遊びに夢中になっていたカヲルは、千秋が近づいてくるのもわからなかった。
目の前にある積み木を触ろうと手を伸ばすと、そこには千秋の手があった。
一瞬驚くカヲルだったが、それが同じくらいの子供の手だとわかると、一緒に遊ぼうと話しかけた。千秋は返事をしなかったが、カヲルが次にどんな形の積み木を欲しがっているのかすぐにわかった。
千秋は返事をしないまま、カヲルが欲しがっている積み木を手探りで探し当てると、カヲルの手をとって、それを手渡しする。
最初は偶然だと思った。
だが、カヲルに黙って手渡される積み木は、必ず欲しいと思う形のものばかりだった。
立方体、四角柱、三角柱……
「君はだれ?どうして僕が欲しいものがわかるの?」
自分の目の前に誰か子供がいる事は、気配でわかる。カヲルはなぜ自分が何も言わないのに、次にどんな形の積み木が欲しいかわかるのがとても不思議だった。問いかけてみても、目の前の子供は返事をしない。
カヲルは手渡された積み木を受け取り床に置くと、恐る恐る手を伸ばし、おそらく座っている子供なら、この辺りに顔があるだろうと思われるあたりに手を伸ばした。
頬に手先があたる。
ビクン。
目の前の子供が、一瞬萎縮するのがわかる。
「ご、ごめん……驚かすつもりはないんだ。僕は目が見えないんだ。少し君の顔を触ってもいい?」
返事はない。
返事がないのは、きっと自分の申し出に異存はないのだろうと解釈する。
もう一度カヲルがおそるおそる手を伸ばすと、子供の鼻先に手があたるのがわかったが、今度は驚いた様子はなかった。ゆっくりと両手を使ってカヲルは目の前の子供の顔を確かめる。
「あ、君は女の子?」
てっきり自分と同じ男の子だと思っていたのに。
「そうよ。私は千秋」
ほとんど口を利くことのなかった少女は、やっと自分の名前を名乗り出た。
「ごめん……僕はてっきり男の子だと思っていたから……」
「私も目が見えないの。貴方の顔を触ってもいい?」
カヲルは千秋の顔から手を放すと、手を取って自分の顔へと導いた。
「貴方……綺麗な顔をしているのね」
「そうなの?僕は自分の顔を見た事がないから、わからないんだ。僕の名前はカヲル。ねえ、君はどうして僕が何も言わないのに、次にどんな積み木を取って欲しいかわかったの?」
「……」
千秋は返事をしなかった。
「いいよ。返事をしたくないのなら、答えなくてもいいから、一緒にあそぼう」
カヲルは、積み木で続きの遊びをしようとすると、遅れて千秋が返事をした。
「私……触った人の心が読めるの」
「え?」
「でもこれは内緒にして。私に、こんな力があるからきっと親に捨てられたんだわ。もし、この事がばれたら、私はまたどこかに連れていかれるかもしれない。みんな最初は私のこの力に驚くし、私を大事に扱ってくれるけれど、段々気味悪がって私の事を遠ざけるようになるわ。私はただの目が見えない子供なのに。どうして私をそっとしておいてくれないのかしら」
少女はそう言うと、泣いているのか、すすり泣く声が聞こえる。
「千秋。泣かないで。誰でも一つぐらいは誰にも内緒にしたい事はあるよ。わかった。これは僕と千秋だけの秘密にしよう」
「カヲル……いいの?」
「うん」
お互い見えてはいないけれど。なんとなく気配で微笑みあっているのがわかる。
「僕にもそんな力があったらよかったのに。そうすれば、家族が僕をどう思っているか聞かずにわかっただろうし、迷惑はかけなかったのにな」
カヲルの言葉を聞いた千秋は、そっとカヲルの手を取ると、自分の胸の前に手を組んでじっとそれを額にあてる。
「……あなたも辛い事があったのね」
それ以来、千秋が千里眼を持つと言う事は、二人だけの秘密となり、歳も同い年だった二人は、すぐに友達になった。
あれからずっと二人は友達。それ以上、それ以下でもない。自分と同じ苦しみと秘密を分かち合うもの同士。
千秋は、遠い日の二人の出会いを思い出していた。
「どうしたの?ここに来るなり黙ったままだね。何かあった?」
いつも口数の少ない千秋だが、今日は更に少ない気がする。
「ええ……初めて貴方に私の秘密を教えた時の事を思い出していたの。あれから随分経つけれど、約束した通り貴方は私がお願いした通り、秘密にしてくれているわ。ありがとう」
「お礼を言われる程の事はないよ。僕も君も、目が見えない。頼るべき家族も居ない。もし僕がしゃべったら此所に居られなくなるかもしれないだろ?それがどんなに大変か予想はつくからね」
「カヲル……」
「僕も此所に居られなかったら、どうなったかわからない。きっと親戚中たらい回しに回されて、学校だって行けたかどうかわからない。目が見えない苦しみは、本人にしかわからないからね。でもここに居る事ができるのもあと一年……」
カヲルは言葉を濁した。
千秋は、手探りでカヲルの側まで来ると、肩にそっと手を触れた。
「貴方……不安なのね」
「不安?ああ……そうなのかもね。僕の心が見えた?僕は臆病だから」
「臆病ではないわ。私だって不安よ。でもきっと良い方に向くわ。私にはわかる。だから心配しないで」
「君の千里眼は、未来もわかるものなの?」
カヲルは自分の心を読み取られたのを、恥ずかしいのか、少しおどけて笑った。
「……ええ。そうかもしれないわよ」
千秋もまた肩を振るわせて、笑う。
「そうそう、先生から聞いたのだけど、明日から新しい介護福祉士の方が来るんですって。多分、貴方の担当よ」
「それも千秋の千里眼?」
ふふふ……
千秋の笑い声が聞こえる。
「さあ、どうかしら?でも、これは内緒」
少し嬉しそうだ。
「そうなの?……どんな人かな」
カヲルもまたそれを聞いて笑った。
この時はまだどんな介護福祉士が来ることになるのか、カヲルは知るよしもなかった。
to be continued……







