ミラー! (694)室長
転属の日の朝。いつもの時間に出勤。ほんと僕が住んでいるところは今度転属した駐屯地の裏側なので結構ゆっくりできる。いつもなら自前の診察セットをカバンへ入れているけれど、今日は自宅の机の引き出しへしまい込んだ。今日から駐屯地での医官の仕事はない。あくまでも師団司令部広報室長。
今日はロッカーへ入れるものを持参してきているので、荷物が多い。机の私物は事務所へ送ってあるけどね。更衣室の場所と位置を教えてもらって荷物を詰め、常装制服から作業服へ着替える。一応名目は後方支援連隊衛生隊から司令部へ派遣という形になっている。司令部建物は今まで何かなければなかなか入ることはなかったけれど、これからはここで仕事をする。他の建物とは違って、一部廊下には赤い敷物が敷いてあって、ちょっと違うんだよね。
「おはようございます。」
と、事務所の隊員へ声をかける。もちろんみんな立って敬礼する。広報幹部とある女性陸曹が近づいてきて、この僕の机へ案内する。広報室でも一番奥。机のそばには「師団司令部広報室長3等陸佐遠藤春希」という札が置いてあった。机には送った私物の荷物。ひとまず一息ついて課業前に揃っている隊員へあいさつ。
「方面隊衛生隊から来ました遠藤春希と申します。本日より、こちらの室長をさせていただきます。今まで広報的なことは一切しておりませんが、よろしくお願いします。」
もちろん歓迎されるわけ。そして准尉が今日の予定を教えてくれた。
今日同じ日に、師団長が入れ替わり、そのセレモニーがあるらしい。その後、各幹部があいさつ。広報的なことは部下がしてくれるからまあいいけれど…。
何事もなく淡々とスケジュールが過ぎる。そして今日は残業なしで帰らせてもらえた。今日だけね。広報室だけあって、来客が多い。電話も多い。ほんと部下たちは大変そうだった。とりあえず早目に休みの申請をすることができたので、東京へ戻ることができそうだ。
ミラー! (693)女難?
転属前の週末、芦屋の弐條家へ。朝早くからお祖母ちゃんからの呼び出しだ。なんか知らないけれど、お祖母ちゃんの機嫌が悪い。どうしてだろう…。
弐條家へ到着すると、見慣れた車が止まっている。品川ナンバーの黒のレクサス。ナンバーをみるとお父さんのものだった。案の定リビングにはお父さんが父さんとともに座って難しそうな顔をしていた。二人は僕に気付くと、早くこっちへ来いとジェスチャーをして座らせる。
「なんで父さんたちがここにいるわけ?」
すると父さんが僕にこそっと…。
「昨日、深夜にな。お義母さんから電話があって…今スグ来いって…。仕方なく、遠藤と一緒に車飛ばして今朝着いた。」
と、二人交代で運転をして東京から芦屋までやってきたみたいだ。二人とも忙しいのにさ…。
「仕事は?」
「ま、俺も遠藤もキャンセルできるようなものだからよかったけれど…。たくっ、何したんだ?春希…。」
「え?何って…?」
「お義母さんは、お前のことでたいそうご立腹でね…。」
身に覚えないんだけど…。
少し経つと、お祖母ちゃんがリビングへ入ってきた。やはり機嫌がよくないらしい。手に持った茶封筒をお父さんへ手渡す。
「遠藤君、これ見てみなさい。」
「はい…。」
中身はというと、なんか見慣れた風景の写真。それは僕の家の前。それも夜。僕と女性が写っている。もちろんその女性は例のグラドルだ。
「うちの事務所に出入りしている政治記者が、系列スポーツ新聞記者から弐條家がらみだからって取り上げてきたものよ。どういうことなの?春希。それでなくてもあなたの奥さんはタレントなのよ。この如月っていう女性は何者?浮気しているの?それとも何?これは弐條と遠藤の汚点材料よ。美里さんがタレントというだけでいろいろあったのだから…。」
誤解。
ま、この日家に上げたのは確かだけど、それはタクシーが来るまで寒いからってだけ。告白されたけど、もちろん断ったし。
きちんと経緯はお祖母ちゃんに分かるように話した。家に上げてしまったのはよくないことだけど、でも…女性一人を放置するなんてできないし…。
「そう・・・。今回は春希を信じましょう。本当に気をつけなさいよ。とりあえず、この女性をこちらへ呼び出してあります。きちんとしておかないと。女性問題はもうやめなさいね、春希。」
「はい…。」
なんか…いつも僕が女性問題を引き起こしているみたいじゃないか?
女難?
勝手に女性の方から来るのにね。
ま、僕にとって、未来と美里のことが一番の汚点だったけれど、もう再婚しているし、未来もきちんと認知して父親欄に僕が載っているわけだし…。それだけだよ。
お昼前かな?如月あやなと事務所の社長が到着。美里と事務所が同じだからお祖母ちゃんと社長は面識がある。美里と僕が結婚前提で付き合っていると聞いた時も、社長を呼びだしているし…。お祖母ちゃんは社長と彼女へ事実関係をはっきりして謝罪とこれから僕へ関わらないことを約束させた。
「如月さん?あなたうちの大切な孫に近づかないでくださいね。あなたの気持ちはどうであれ、春希はあなたのことを何とも思っていないようですので。わかってくださらないようでしたら、あなたのような小娘を潰すくらい簡単です。おわかりよね?」
そういうとお祖母ちゃんは部屋を出て行った。
はあ…なんかね。やはりこの家柄…億劫…。
まあ、如月あやなの恋愛問題は、握りつぶされていつの間にか忘れられたけど…。ほんと嫌になるわ、この家系…。
ミラー! (692)送別会
民間病院の診察を済ませ一時帰宅。シャワーを浴びて着替えると、僕がいた中隊の飲み会。僕がメインらしいけれど、数人転属があるし、その飲み会も兼ねている。
美里がいたら、またダサい服着てって叱られそう。ほんと美里がいないとファッションセンスがない。ま、以前美里が選んでくれていたスタイルを思い出して着込んでみた。コートを着て、適当にマフラーを結んでしまうところは僕らしいね…。美里がいれば…キチンと結んでくれるんだけど…。
誰もいない部屋へ行ってきますと声をかけて、歩いてお店へ。お酒が入るわけだし、自転車でも飲酒運転になる。
西門前にある焼肉屋さん前には、当直以外のメンバーがそろっていた。
「遠藤3佐!お疲れ様です。どうでした?民間は?」
「ま、いつも通りの混みようだったよ。」
「お疲れでしょうから、さ、はじめましょう。」
と、部下たちが僕の背中を押す。そして始まる宴会。中隊の中でもムードメーカー的な陸曹が乾杯の音頭。乾杯の後、ぐいぐい飲み干す部下を見ながら、僕はちびちび飲む。僕の中隊以外にも、災害派遣部隊のメンバーもちらほら参加している。もうまったくその任務から外されちゃうんだ…僕。派遣要請が来ても行くことはない。
色々世間話とかをしている部下たちの話に耳を傾けながら、食べていると、ある陸士が同期の陸士と話しているのを耳にする。
「知ってる?如月あやな。公式ブログでえらい事告白したらしいで。」
如月あやなは例の美里の後輩グラドル。
「何々?」
「何でも片思いの人がいて、年上で医者なんだってよ。」
「どこの誰よ?」
「なんかさ…関西らしいで。あとはわからないけどなあ…。」
「如月あやなってむっちゃ可愛いグラドルやん。あんなかわいい子を振るやついるんか?」
「俺ならそっこーOKやし。」
って話している。
もしかして関西の医者って…。僕のことだよね。すると後輩医官が、この僕へ寄ってくる。
「遠藤3佐。あいつらが話しているのって…?」
「え?なんで?関係ないよ。」
「でも3佐。この前突然来てたじゃないですか?あやなちゃん。」
「あれは…うちの奥さんのお使いで…。」
「そうですかあ?3佐結構人気あるんですよね?」
「関係ないよ。第一、僕は既婚者だよ。きっとほかの医者でしょ?もし僕なら自衛官だとかそういうの出ると思うよ。」
といってごまかす。
宴会がお開きになり、ほろ酔い気分で帰宅。帰宅途中なんか視線を感じることがあったけれど、これは気のせいだよねぇと思いながら家へ戻った。僕は彼女を振ったし、関係ないよねぇと思いながら。
ミラー! (691)引き継ぎ
いつも金曜日に行われている民間病院勤務。今日で、午前の診療担当から外れる。もちろん午前中の外来で僕指名で予約してくれている患者さんには悪いけれど、仕事の都合上ってことで、別の先生へ予約を取ってもらう。これでも僕は人気があるらしい。いつも、予約で一杯で、飛び込みの患者さんが入れないくらいだ。
「先生どうなさったんですか?」
「あ、本業の転属です。」
「転勤されるんですか?どちらへ?」
「ははは…ここから一番近い駐屯地へ戻りますけどね・・・。上からの命令ですので、仕方がないです。午後の心臓外来は、顔を出しますが…。」
「心臓外来か…。ほんと残念です…。」
と、どの患者さんの保護者の方々も落胆する。僕が診察すると子供たちが落ち着いているとかなんかいろいろ理由があるみたい。ほんと仕方がない…。派遣を外されるよりはましかな?
昼休みに病院を抜け出して、今度お世話になる駐屯地へ。僕の本隊は、後方支援連隊衛生隊。そこから司令部広報室へ行くという形になる。なので、連隊長へあいさつへ行こうと思って…。あと衛生隊長ね。前もってアポイントメントを取ってあるから、門でIDを見せて、中へ入る。そして後方支援連隊の建物へ。一年前ここで働いていたんだよね。連隊長室で、連隊長、衛生隊長と昼食を摂りながら話すことになっている。厚生センターのコンビニで買ったお弁当片手に連隊長室へ入ると、他に誰かがいた。それも3等陸佐。
「遠藤君、久しぶりだね。どう?」
「まずまずですね…はい…。来週からお世話になります。あの…こちらは?」
というと連隊長は、その3佐を紹介する。
「あ、現広報室長の澤田3佐。今日は簡単な引き継ぎも兼ねてと思ってね同席してもらったんだよ。」
といって連隊長は紹介して下った。この3佐は、もともと偵察隊にいた方らしい。衛生隊でそれも医官であるこの僕が室長になるなんてと驚いていらしたけれど…。
食事をしながら、現状とこれからのことを話しあった。もちろんこの僕の配属に、不思議がっておられたのは確かな話。簡単に業務についての話を聞いて、頑張れよとエールを送ってくださった。
「ま、ここの駐屯地は、遠藤君が長い間いたところだし、のんびりやっていたらいいよ。」
「そうだよ。暇があれば衛生隊へ顔を出してくれてもかまわないよ。みんな喜ぶしね。何でも相談くらいは乗るし。」
「はい…。そうします。あ、午後の診察がありますので、これで…。」
と、時間が来てしまったので、切り上げて連隊長室を出た。そして急いで病院へ戻って、午後の診察開始。まあねえ…不安だらけだけど、医官になってから数年お世話になったところだし、何とかなるかなあと思った。何とかなるよね、きっと。
ミラー! (690)転属
転属の準備で忙しい日々。荷物の整理やら、引き継ぎの準備やらで毎日午前様が続いている。転属まであと1週間。本当に家には眠りに帰っているって感じで、朝定時には出勤している。中隊長付の准尉に次来る中隊長のための資料を手渡し、ま、準備完了。当分、民間派遣も午後のみだけど、そのまま続行みたいだ。あと地元医師会の依頼で、人出が足りない子供のための夜間、休日病院の診察も月に1,2度入るみたいだ。ま、こういうところは医者らしいことが残っていてうれしい。良しとしよう。
「中隊長。今度の金曜日、中隊長を見送る会を開くことになりました。」
と、部下の陸曹が声をかけてきた。ま、転属前にはよくある風景。特に僕の場合、ここへ来てまだ1年しかたっていないのに…ずっと一緒にいるように仲がいい。
「じゃあ、楽しみにしておくよ。」
といって僕は場所などがかかれた案内状を受け取り、机へしまった。僕の最終日は、木曜日。金曜日は民間病院が入っているからね。民間病院が終わった後、着替えて会場である西門前の焼き肉屋さんへ向かうことになる。
最終日、課業が終わりに近づいたころ、僕のデスク周りが騒がしくなった。もちろん部下たちが、花束やら何やらを抱えて僕を取り囲む。
「なんか大袈裟だね。まるで退官するみたいじゃないか?」
「遠藤3佐は、向こうへ行かれたら医官とは全く違うお仕事をされるわけですから…。」
「ま、そうだけど…でも民間派遣はあるよ。」
と笑って見せた。部下の代表から様々な物を受け取る。そして僕は、部下たちへ、最後に一言告げる。部下たちは今までないくらいに真剣な表情でこの僕の話を聞いていた。今まで若い僕に良くしたがってくれた。そして思う通りに動いてくれ、結果を出せた。評価もとてもよかった。最後に僕はみんなへありがとうと告げて、職場を後にした。
たくさんの荷物を自転車の前かごへ積み、家路へ急ぐ。急いだって誰が待っているわけではないけれどね。でも早く帰って家へ電話をしたかった。だっていつも午前様で、休みの日くらいしか電話ができないからね。とにかく、家へ戻りたかった。子供の声、妻の声を聞きたかった。帰り道なぜか涙があふれた。それはなにを示しているのか僕にもわからない。医官としての仕事ができないからなのか?どうなんだろう。ほんと僕はわからない…。
ミラー! (689)訪問者
転属まであと半月という頃、僕の自宅に医官仲間が集まった。みんなこの僕が意に沿わない転属内示を受けているからだと知っているからだと思う。同じ駐屯地の医官だけではなく、以前勤めていた駐屯地(といっても今度転属するところだけど…)の医官も集まる。ま、仲のいい者たち5名ほどなんだけど。みんなでいろんなもの持ち寄って飲み会。専門的な話もするし、世間話もする。僕よりも上の人もいれば、部隊研修中のものもいる。
「てっきり遠藤君は、希望通り病院勤務になると思ったんだけどな…。なんだかんだいってずっと希望通りやったよね?」
と先輩医官。
そういえばそうだね。ここの方面隊はもともと希望していたところだし、災害派遣海外派遣ができるところへ行きたいと希望していたもの。
「遠藤先輩。上はなに考えてるんでしょうかね?腕の良くない医官を広報に行かせるならまだしも、先輩は常にトップを取っていた優秀な医官じゃないですか。昇任も早いですし…。」
「ほんとほんと。病院に来てほしかったんだけどな。優秀な小児科医だし…。」
みんな僕を励ますために来てくれたんだけど…なんだか落ち込んでくる。
もうそろそろ日が変わりお開きになりそうなころ、ドアフォンがなる。
「先輩、俺でてきます。もしかしたら衛生隊隊長かも。だって結構心配されてましたし。」
と、同じ部隊にいる後輩医官が玄関へ。ドアを開けた時、声をあげる。
「あ、グラドルのあやなちゃん!」
グラドルのあやなちゃんて…?確か美里の後輩?こんな遅くなんだろ。僕は玄関先へ急ぐ。まさしく美里の後輩。もちろん若い男性医官たちは驚くよね。最近よく雑誌のグラビア飾っている子なんだから。
「こんばんは。」
「こんばんは。今奥さん東京だけど?」
「わかってます。ちょうど実家へ帰るので…。お客様ですか?」
「んん。同僚たち。何か用かな?」
「先輩にお届けものを頼まれちゃって…。」
「美里から?聞いてないけど?」
美里の後輩はカバンをがさごそ漁って、忘れてきたかもって一言。変なの。
「忘れてきちゃった…。」
何のために来たのやら…。
「タクシー呼ぼうか?もう遅いし…。」
「いえ、いいです。拾いますから。」
「でもね、このへんタクシーこの時間走ってないよ。ちょっと待ってて呼んであげるから。」
といって僕は携帯を探してタクシー会社へ電話をする。その間に同僚たちは帰って行っちゃったよ。ちょうどキリがいいからって。
タクシーが来るまでの間、外は寒いからと家に上がってもらう。僕は温かいお茶を出した。タクシーが来るまでの沈黙の時間。ほんと長かった。
「ほんとは…先輩からお使いなんて頼まれてません。」
「だろうと思った。美里ならちゃんと報告するし…。何しに来たの?」
「あの…遠藤さんに会いたかったからです。ずっと…私。」
ちょうどその時、ドアフォンがなる。タクシーが到着したみたいだ。
「あの…私、あなたが好きなんです。」
「困るよ。僕は妻も子供もいるし、気持ちは嬉しいけれど、君には全く興味はない。さ、早く家から出て行ってよ。勘違いされたら困るから。あと、もう妻のいない時には来ないでくれる?君の為でもあるし…。」
僕はしょんぼりしている彼女をタクシーの後部座席へ押し込んで見送る。なんでこんな僕がいいんだろう。わけわからないよ。
ミラー! (688)転属の黒幕
転属内示のことを黙っていたのだけれども、どこからともなく知られたみたいで、なんか部下たちはこの僕に気を使っている。
ある日の週末、久しぶりにゆっくり休みが取れたので、芦屋のお祖母ちゃんちへ遊びに行く。ほんと年明けのことがあってから行ってない。そろそろ行かないときっと機嫌を悪くするし…。
お祖母ちゃんの大好きなお菓子を買いこんで、お祖母ちゃんちへ。相変わらず大きなお屋敷に住んでいる。玄関前には大きな車寄せがあって、僕が車を停めると使用人がドアを開けてくれて、車を移動させてくれた。待ってましたのように、お祖母ちゃんがニコニコしながら、僕を出迎える。
「久しぶりね春希。」
僕は手土産を渡して中へ入る。結構いい年なのに、元気なお祖母ちゃん。一時期元気じゃなかったけれど、今年行われる衆議院選挙に春斗が出馬することになっているからか、若返った。さすが元総理大臣。政治家血筋というものだろうか。あと、春斗に五体満足な男の子が生まれたからね。そのことも喜んでいる。
リビングへ招かれると、いつものように弐條家御用達のお菓子とお茶が出てくる。甘いものが好きな僕もちょっと苦手だったりするけれど。苦笑しながら食べてしまうのはいつものこと。
雅美がニコニコしながら息子の瑞貴君を抱いて僕のそばへ。はあ…診察ですか?もちろん順調に首も座って、寝返りもしている。元気そのもの。
「だから、瑞貴君はほんと順調。心配いらないって。」
ま、心配なのはわかるよ。玲奈ちゃんが障害持っているしね。玲奈ちゃんも順調にリハビリをしているので、普通の生活に支障はない。軽い自閉症ってこと。字を書くことはできないけれど少しずつなら読むことができるみたいでほっとした。
「遠藤、お婆様から聞いたわよ。」
「何を?」
「転属なんですって?それも医官らしくないところへ。」
「え?」
なんで雅美が知っているんだろう。それもお祖母ちゃん経由で。関係者ならまだしも、お祖母ちゃんは関係ないだろ?
「まだ内示状態だよ。」
「でも遠藤は佐官だから決定みたいなものでしょ。師団広報ってどういうこと?遠藤にとって栄転じゃないよね?」
「ま、与えられた仕事には従うよ。広報関係って楽しそうだよね。子供も絡んでくるかもしれないし。」
「ほんとあんたは楽天的よね。ま、いいけど…。頑張ってみたら?」
と瑞貴君をあやしながら言った。お茶を飲みながら、色々考えてみた。
そういやお祖母ちゃんは僕の今の仕事、超反対してたっけ…。災害派遣なんて!って…。マジ勝手…。何のために自衛隊にいるかわからないよね。あ…もしかして。黒幕はお祖母ちゃんかも。たぶんそうだ。今の防衛大臣は弐條派の人間だし、前統幕の大叔父さんは、お祖母ちゃんの義弟だし…政界裏ルートか?ったく。それでなくても医官の仕事を減らさせているのも、お祖母ちゃんが黒幕だって噂だし。
お昼はお祖母ちゃんたちと久しぶりにランチ。お祖母ちゃんお気に入りのお店のデリバリーで。
「春希。あなた単身赴任中でしょ。きっといいもの食べてないだろうから、しっかり食べなさいよ。」
とどんどんこの僕へ料理を勧める。
「ところでお祖母ちゃん。なんでこの僕が転属すること知ってるの?まだ内示状態で公表されてないんだけど?」
もちろんお祖母ちゃんはあっけらかんとした表情で答える。
「だって大切な春希を危ないところへ行かせたくないじゃない?広報なら、色々な人に顔を売ることができるし、将来のためにもいいと思うけど?だから色々頼んでおいたのよ。新谷君に。」
やはりか。新谷君って、弐條派の防衛大臣。そういや副大臣も弐條派。重要ポストは最大派閥弐條派で占められている。
新谷防衛大臣は、駆け出しの頃、お祖母ちゃんに大変お世話になったらしくて、お祖母ちゃんに頭が上がらないらしい。
「ちょっと、特別扱いはやめてくれないかな。何のために自衛官しているかわからないよ。ほんとお祖母ちゃんって勝手だよね。自衛隊をなんだと思っているわけ?といっても身内が可愛い頑固なお祖母ちゃんにはわからないか…。僕はね、医者であり自衛官なの。今の仕事に誇りがあるんだから。」
お祖母ちゃんは僕の話をたぶん聞いてない。にこにこしながら食事をしている。ほんと自分に不都合な話は聞かないんだから。
ま、こういう人事になった訳がわかった。ああまた裏で政治家のお坊ちゃんだからって陰口言われるんだろうなあ…。